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始皇帝が中国統一後、わずか15年で秦が滅亡した理由|始皇帝がブサメンだったから?

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キングダム 始皇帝

 

始皇帝(しこうてい)は紀元前221年、中国全土を統一して秦帝国を立てました。

しかし、王は居ても、皇帝という存在は知らない中国の人々に対し、

自分がいかに偉いかを誇示する必要があった始皇帝は、多額の費用を使い、

中国全土を巡幸して回り、その威厳を見せつけます。

 

ところが、始皇帝の巡幸は、逆に、秦に反逆する芽を育ててしまうのでした。

 

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大チョンボ、顔を曝して歩いた始皇帝

始皇帝 キングダム

 

始皇帝の巡幸の一番の失敗は、始皇帝が車の中から顔を見せて歩いた事です。

当時の中国の人々は、500年の戦乱を治め広い中国全土を統一した人間だから、

始皇帝とは、それは恐ろしい鬼のような顔をしているだろうと思っていました。

 

ですが、実際の始皇帝は、鬼でも悪魔でもない普通の40過ぎのオッサンでした。

史書には、狼のような声とか、鷹のような胸とか、色々の形容がされていますが、

それは当然、誇張と言うものでしょう。

 

始皇帝自身は、自分の顔を天下に知らしめるという自己PRだったのですが、

それは全くの裏目に出てしまいました。

 

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始皇帝の顔を見た人たちの反応

怒る村人 三国志

 

「何が始皇帝だ、ただの太った親父じゃないか、俺達と何も変わらん」

 

「あんなオッサンが皇帝なら、俺だってチャンスを掴めば皇帝になれる」

 

秦の圧政に苦しめられていた人々は、始皇帝の容姿を見るや、拍子抜けし、

これを内心ではバカにするようになったのです。

始皇帝の行列を見た項羽のセリフ

項羽 はじめての三国志002

 

その始皇帝の行列を少し離れている場所から眺めていた少年がいました。

名前を項籍(こうせき)といい、字は羽(う)そう後に漢の高祖、

劉邦(りゅうほう)と天下を争う項羽(こうう)です。

 

祖父に楚の名将、項燕(こうえん)大将軍を持つ項羽は度胸があり、

叔父の項梁(こうりょう)が、ひざまづくように促しても、中々ひれ伏しません。

そして、通りすぎる始皇帝の行列を見るなり言いました。

 

「今は好きなだけ威張っているがいい、、いつか、この項羽が

貴様に取って代わってやる」

 

項梁は慌てて項羽の口を抑えますが、内心、何者も恐れない甥に、

項梁は底知れない将来性を見ていました。

 

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同じ始皇帝の行列を見た劉邦のセリフ

劉邦

 

同じ頃、各地の任侠の徒の世話になっていた放蕩無頼の劉邦(りゅうほう)も、

始皇帝の巡幸の行列に遭遇していました。

 

物見高い劉邦は、行列が一望出来そうな小高い丘に上り、華麗な

始皇帝の大行列を見て言いました。

 

「くーーーーっ、かっこいいじゃねえか!男として生まれたら、

あんな風になりたいもんだなぁ」

 

何とも無邪気、項羽の咬み付くような気迫とは正反対のおおらかさです。

この全てを包みこむようなおおらかさこそが、劉邦の持ち味でした。

 

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巡幸はバカンスでは無かった、激務で体調を崩した始皇帝?

始皇帝 死ぬ

始皇帝は巡幸の最中も、ただノンキに車に乗っていた訳では無かったようです。

その間にも、沢山の木簡に目を通して命令を出し裁可を出していました。

 

王に即位した頃から、始皇帝の勤務の真面目ぶりは突出していて、

一日に一石(150キロ)の木簡を処理していたと伝わります。

しかも、自分で決めた予定の仕事が終わらないと休憩もしないという

徹底した完璧主義者だったようです。

 

咸陽の宮廷にいても大変な仕事を不自由な旅の途中でも行っていた

というのですから、巡幸中に激務から始皇帝が健康を害した

可能性も、大いにありうる話かも知れません。

 

実際に始皇帝の死は、その五回目の巡幸の途中の出来事だったのです。

 

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始皇帝以後の皇帝は巡幸をしなくなった

孫権 冠

 

始皇帝が巨万の富と威信を掛けて決行した大巡幸ですが、

後に続く皇帝も、それ以後の皇帝も真似をして行う事はありませんでした。

 

何よりお金が掛かるし、旅の途中は不自由だし、顔を曝すと庶民に

馬鹿にされるしで、メリットが無かったからでしょう。

 

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