東京国立博物館の特別展「始皇帝と大兵馬俑」を楽しむ!秦の時代の武器(兵器)を徹底紹介!

2015年11月16日


 

 

現在、東京国立博物館でも展示中の「始皇帝と大兵馬俑」

 

8000体という等身大の兵士や馬、それに160輌の戦車が埋められた

兵馬俑は圧巻の迫力を持っています。

 

兵馬俑 kawauso

 

もちろん、リアル志向の始皇帝は土で造った兵士達に丸腰ではなく

様々な武器を持たせて立っていました。

 

その武器の総数は4万とも言われますが、地下の兵士達の腕を飾った

秦の時代の武器とはどのようなものだったのでしょうか?

 

 

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監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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始皇帝の時代の武器 ① 鉾(ほこ)

 

鉾とは秦の時代にもっとも一般的だった武器で、突くという機能を持ちます。

突くという機能自体は槍にもありますが、鉾は中が中空でそこに木の柄を

差し込むようになっているのが槍とは違います。

 

※槍は反対に、金属の穂先を木製の柄に差し込む形になっています。

 



始皇帝の時代の武器 ② 鈹(ひ・ながほこ)

 

鈹とは剣に似ている長さ30センチの武器ですが

その根元に木の柄を差し込むのが剣とは違います。

武器の部分の長さばかりではなく、柄も長く4m近くありますから

全体では4m30センチという事になります。

 

誰が、こんな長い武器を振りまわしていたのでしょうか?

その剛力ぶりが偲ばれます。

 

始皇帝の時代の武器 ③戟(げき)

呂布 三国志

 

戟は方天画戟(ほうてんかげき)という呂布(りょふ)の得物としても

名前が残っています。

武器の形は、T字をしていて柄も長く遠心力を利用して敵に打ちおろします。

破壊力抜群ですが、柄が長く重く、扱うのは技術が必要です。

 

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始皇帝の時代の武器 ④殳 (しゅ・つえぼこ)

竹竿の先に8本のささらを束ねて造る武器とありますが具体的な形は不明

槍の一種のようで、先端の金属部分が発掘されています。

使い方としては、兵車の上から、下の敵兵をなぎ払うのに使用したようです。

 

始皇帝時代の武器 ⑤青銅剣

長さ90センチ程の真っ直ぐな青銅製の剣です。

青銅というとブロンズ色をイメージしてしまいますが青銅は混合する

錫(すず)の量が多いと茶色っぽい色から黄金色に変化します。

祭祀に使われた青銅は、恐らく荘厳な黄金色をしていたと思うので、

埋められた当初の青銅剣は、さぞかし輝いていた事でしょう。

 

始皇帝時代の武器 ⑥彎刀(わんとう)・金鈎(きんこう)・呉鈎(ごこう)

これは、切っ先が無い、両刃の剣で、湾曲しているのが大きな特徴です。

長さは62センチと剣としては短いですが、主に南方の呉の地方で、

製造されていたようで、呉鈎という名前があります。

 

始皇帝時代の武器 ⑦ 弩(ど)

弩 wiki

 

弩はトリガーを持っている自動発射式の弓の事を意味しています。

通常の弓は引くのが大変である上にぶれやすく、命中させるのは大変でした。

それに比べると弩は、弓をセットしてしまえば後は任意の時に発射できる上に

よく狙いをつける事が出来反動もありません。

故に戦になれていない兵にも扱えるので広く普及しました。

 

また、弩には、ウインチ式の巨大で強力な物もありました。

 

始皇帝時代の武器 ⑧ 戈(か)

青銅製の戈の穂先 wiki

 

戈は戦車戦がメインだった、春秋戦国時代でお馴染みの兵器と言えます。

基本構造は、鉾や剣と同じですが、平たく幅広で、柄の先から、斜めに刃が

伸びているのが特徴です。

この刃を上手く使い、交差する時に敵戦車の装甲を破懐したり馬を傷つけたり

乗り組み員を引っ掛けて馬車から落したりしました。

戦争を開始する事を干戈を交えるというなど、一時期は戦場を代表する武器でしたが

戦車が廃れるにつれて、戈も消滅していきました。

 

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三国志ライターkawausoの独り言

kawauso 三国志

 

これらの武器には、製造者の名前や、担当責任者、管轄まで刻まれていたようです。

それにより、これらの武器が誰によって造られたのか?

秦の時代から、漢字がどのように変遷していったのかが分かるようです。

それにしても、秦の時代に、湾曲した剣、呉鈎があったとは意外でした。

あまり漫画や小説では見ませんが、もしかしたら、キングダムでは、

呉鈎の使い手が登場したりするかも知れませんね。

 

 

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台湾より南、フィリピンよりは北の南の島出身、「はじめての三国志」の創業メンバーで古すぎる株。もう、葉っぱがボロボロなので抜く事は困難。本当は三国志より幕末が好きというのは公然のヒミツ。三国志は正史から入ったので、実は演義を書く方がずっと神経を使う天邪鬼。

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