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【週間まとめ】はじめての三国志ニュース17記事【10/24〜10/30】

この記事の所要時間: 538




週間まとめ

 

はじめての三国志では毎日コンテンツが掲載されています。

今週(10/24〜10/30)に掲載された記事をピックアップ!

はじめての三国志編集部が1週間分の情報をお届けします!

週末、時間が空いた時にゆっくり読んでみてはいかがでしょうか?

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら




今週(10/24~10/30)のまとめニュース

10/24のおすすめ記事


kawauso タイムスリップ

 

・【特別企画】kawausoがあなたの夢を叶えます!三国志にタイムスリップしたら何したい?

 

地球人類で唯一、タイムスリップが可能な

(三国志の時代限定)はじめての三国志の中の人ライターkawauso。

そのkawausoが読者の皆んなが三国志の時代にタイムスリップしたらやりたい事を

代わりに実行すべく三国志の世界にタイムスリップしたぞ!

あのkawausoが、まともに皆のアンケートを実行するつもりがあるやら

今から、わくわくどきどきだね。

 

 

・徐宣(じょせん)とはどんな人?魏の三代に仕えて歴代の君主に褒められた忠義心の塊

 

三国志の世界には忠義心厚い武将達が登場します。

蜀には劉備に長年仕えていた関羽(かんう)や趙雲(ちょううん)らの武将が代表的な人物です。

また呉においては孫家三代に仕えた程普(ていふ)や黄蓋(こうがい)などがいます。

もちろん魏にも曹操創業期から必死に支えてきた

夏侯惇(かこうとん)や曹仁(そうじん)などの武将がいます。

しかし上記は全て武官であり、

文官で歴代の君主に仕えて長生きした人はあまりいないのではないのでしょうか。

今回は魏の三代の君主に仕えて、三代の君主全て褒められたマイナー武将を紹介しましょう。

 

料理人

 

・これぞ重箱の隅!三国志の時代の調理具・食器特集!

 

三国志演義では、よく描かれる宴会の風景、しかし、そこで使用される

食器・調理用具の類までは、細かく説明される事はまずありません。

しかし、他所で説明されないなら、こちらで説明してみせようというのが

はじさん魂!というわけで周の時代から唐の時代まで使用された、

様々な食器についてイラスト付きで解説します。

 

曹叡

 

・【軍師連盟】魏の名君・曹叡が長生きしたら司馬一族の天下取りは不可能だった?

 

実は曹叡(そうえい)の病死した歳は36歳という説と34歳というふたつの説があります。

陳寿(ちんじゅ)の説が正しければ36歳ということになりますが、

これだと曹操(そうそう)の息子の曹丕(そうひ)が、

落城した鄴城にいた甄皇后を略奪する前ということにもなります。

つまり甄皇后は前夫である袁熙の子をその腹に宿していたことになるのです。

 

10/25のおすすめ記事


kawauso

 

・【シミルボン】人間の発想怖過ぎる!血も凍る三国志時代の処刑方法

 

王という文字は、元々鉞(まさかり)を意味していたそうです。
どうして、王が鉞かというと、この鉞で法に背いた人間の首を刎ねる権利が
与えられていたからだと言われています。
三国志のような戦乱の世界には、法を侵して、或いは無実の罪で処刑される
人間がいましたが、それにも細かい作法がありました。
今回は血も凍る、リアル三国志の処刑法をご紹介します。

 

劉備 黒歴史

 

・【三国志ミステリー】劉備はなぜ奥さんを何度も捨てて逃げたの?

 

三国志の一つの国を建国した劉備(りゅうび)。

しかし彼の前半生は苦難と困難の連続でした。

中々群雄として地位を手に入れることができずに公孫賛の武将として数年を過ごした後、

チャンスが訪れます。

 

源為朝

 

・歴史上の最強の弓の使い手は誰?太史慈?李広?源為朝?立花宗茂?

 

いかに矛や槍の腕前が凄くても、弓の腕前に優れた武将はやはり脅威です。

百歩離れた場所から、次々と敵を射落とす凄技は、どんな戦場でも脅威になります。

そこで、今回のはじ三では日中の歴史人物から弓に優れた人々を紹介したいと思います。

日本と中国、最も弓術にすぐれた人物は、どちらにいるのでしょうか?

 

司馬懿と公孫淵

 

・【軍師連盟】司馬懿は電光石火の行軍が得意だった?

 

日本の歴史上で有名な電光石火の行軍といえば、

豊臣秀吉の「中国大返し」でしょう。

悪天候のなかで一日に70㎞を踏破したと伝わっています。

これによって、時間さえあれば万全の準備ができたであろう

明智光秀は思惑が外れて敗戦することになります。

このように戦では「時間」が勝敗を決めることもあるのです。

ただしこのときの豊臣秀吉はただやみくもに駆けたわけではありません。

備中高松城から姫路城まではひたすら駆けに駆けていますが、

姫路から山崎までは斥候を放って慎重に行軍しています。

 

 

10/26のおすすめ記事


孫権と張昭

 

・134話:頑固な忠臣、張昭と孫権の対立がシュール

 

公孫淵(こうそんえん)の反乱は、呉にも微妙な混乱をもたらしました。

それが、呉の重臣、張昭(ちょうしょう)と主君、孫権(そんけん)の対立です。

呉の建国当初からの重臣と三代目君主の意見の食い違いは、

まるで子供のような大喧嘩に発展していきます。

 

梁興 馬騰

 

・【驚愕の事実】三国志ではなく五国志だった!士燮(ししょう)勢力の台頭

 

中華に魏・呉・蜀の三つの国ができたことがきっかけで三国志と呼ばれることになりますが、

実は魏・呉・蜀の三つの国以外にもう二つ国があったことをご存知でしたか。

その国は北の春秋戦国時代で言うところの燕と呼ばれる国に割拠していた公孫氏(こうそんし)と

孫呉の南に位置して越南地方や現在の広州と呼ばれる地域を支配していた士氏(しし)。

彼らを合わせて五国志と呼べるのではないのでしょうか。

今回は越南地方を支配していた士氏一族の棟梁であった

士燮(ししょう)をご紹介していきたいと思います。

 

10/27のおすすめ記事


photo credit: Zweiweit via photopin (license)

photo credit: Zweiweit via photopin (license)

 

・司馬攸(しばゆう)とはどんな人?司馬家の秀才として認められていた司馬炎の弟

 

司馬炎(しばえん)が司馬昭(しばしょう)の跡を継いで司馬家の棟梁となった後、

曹魏の皇帝から禅譲を受けて晋の皇帝となります。

しかし司馬昭は司馬炎を自らの後継者として初めから指名しておりませんでした。

本当は司馬師(しばし)の家に養子に出した司馬攸(しばゆう)を後継者にするつもりでした。

しかし周囲から反対意見が出たことによって司馬炎を自らの後継者に指名した後、

亡くなります。

司馬攸とは一体どのような人物であったのでしょうか。

 

王郎

 

・王郎(おうろう)とはどんな人?光武帝を苦しめた自称漢のプリンス

 

チートな英雄、光武帝(こうぶてい)、数多の強敵を打倒し漢の天下を回復した彼ですが、

この光武帝を絶対絶命状態に追いつめた人物こそ、元占い師の王郎(おうろう)です。

嘘に嘘を塗り固め、自身を漢のプリンスと詐称した王郎の人生を解説しましょう。

 

10/28のおすすめ記事


撃壌

 

・【シミルボン】忘年会の余興にいかが?三国志時代に流行したスポーツ撃壌

 

いつ果てるともしれない戦乱のイメージしかない三国志の時代ですが、
その傍らでは、とあるスポーツが大ブームになっていました。
今回は、忘年会の余興に使えるかもしれない?
超ホットでクールなスポーツ、撃壌(げきじょう)を紹介します。

 

光武帝

 

・あまりにも短命すぎた後漢の皇帝達14選

 

後漢は中盤に差し掛かると、前漢同様に外戚と宦官の権力抗争が激しくなります。

これは必ずしも歴代の皇帝が主導権を握れない程に無能だったというわけではなく、

むしろ歴代皇帝の寿命が短い事に問題があるようです。

そこで、はじさんでは、14名もいる歴代の後漢皇帝の寿命を調べてみました。

 

10/29のおすすめ記事


孔明

 

・孔明サンの真っ黒メモリー、讒言でライバルを叩き落とせ!

 

三国志演義では、魔術的な兵法ばかりでなく言葉アタックにより、

王朗(おうろう)や曹真(そうしん)、周瑜(しゅうゆ)を憤死に追い込んでいる

三国志のスーパーエスパー諸葛亮孔明(しょかつ・りょう・こうめい)。

しかし、それは演義だけではなく、時折、史実でも発揮されている事実を

はじめての三国志はキャッチしました。

自分が制御できなさそうな武将は、さり気なく左遷してしまう、

孔明の真っ黒な讒言メモリーを紹介致しましょう。

 

10/29のおすすめ記事


禰衡

 

・禰衡大喜び?刑罰はフンドシ一丁で受ける決まりだった魏

 

三国一の人材と国力を誇る、曹操(そうそう)が基礎を築いた魏王朝。

そんな魏王朝のショッキングな刑罰がはじめての三国志の調査で発覚しました。

魏では刑罰を犯した人間はフンドシ一丁で叩かれていたというのです。

禰衡(でいこう)が泣いて喜びそうな、このショッキングな記述は真実でしょうか?

 

呂不韋

 

・【キングダム】呂不韋の一字千金とはどんな名言なの?

 

秦の始皇帝を父親が趙の国で人質になっていた所を助け出し、

秦王につけるために奔走した大商人・呂不韋(りょふい)。

キングダムが出てから彼の名前は一気に知名度が増し、

今やキングダムの読者で知らない人はいないであろう有名人となりました。

そんな彼は秦の丞相となってから大人数の食客たちを使って、

20万言を収めた一冊の本を完成させます。

この本の名前を「呂氏春秋(りょししゅんじゅう)」といいます。

今回はこの本を作った時に発した呂不韋の名言をご紹介します。




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関連記事:大奥も目じゃない?曹操の妻達の人生まとめ6選

 

2015年 感謝

 

関連記事:年末年始にまとめ読み!これを読めば三国志が丸わかり30選【総集編】

 

 

曹操 科学

 

関連記事:三国志や古代中国史を科学的視点から丸裸にする良記事まとめ7選

 

キングダム 40巻

 

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