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【週間まとめ】はじめての三国志ニュース19記事【11/14〜11/20】




週間まとめ

 

はじめての三国志では毎日コンテンツが掲載されています。

今週(11/14〜11/20)に掲載された記事をピックアップ!

はじめての三国志編集部が1週間分の情報をお届けします!

週末、時間が空いた時にゆっくり読んでみてはいかがでしょうか?

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら




今週(11/14~11/20)のまとめニュース

11/14のおすすめ記事


真田丸

 

 ・真田丸の関ヶ原の戦いはすぐに終わったが、どうして西軍は負けたの?

 

明治時代の高官達は諸外国に負けない近代軍隊を創設するため、

ドイツから近代軍学を学ぼうと一人の教官を呼びます。

その名をクレメンス・ヴィルヘルム・ヤーコプ・メッケル

といいます(長いのでメッケルと略します)。

彼はドイツ陸軍の秀才で、日本に来て日本陸軍の近代化に成功します。

メッケルは日本の歴史上に残る戦いが書いてある教科書を見ます。

この時日本陸軍の将校から関ヶ原の戦いを教科書で見せられ

「どっちが勝ったと思います」と質問されます。

 

劉備と張松

 

張松(ちょうしょう)の裏切りがなければ劉備の蜀制圧は不可能だった?

 

西暦210年当時、荊州の南郡に本拠地を置いていた劉備(りゅうび)は八方塞がりの状況でした。

荊州の北、襄陽や樊城は曹操に押さえられていて、

拠点としている荊州の南も孫権(そんけん)から借りている状態です。

 

阿会喃(あかいなん)と孔明

 

阿会喃、死んだらあかいなん!!孔明に裏切られた良い蛮族

 

阿会喃(あかいなん)は、その個性的な名前によって、

三国志ファンに、よく覚えられているメジャーな南蛮武将です。

登場するのは三国志演義だけで実在する武将ではありません。

しかし、フィクションにしては、その扱いがシビアで、

良い人なのに、諸葛亮孔明(しょかつ・りょう・こうめい)の

不作為のせいで、あえなく生命を落してしまうのです。

 

11/15のおすすめ記事


郭嘉

 

曹操郭嘉を後継者として考えていたのは本当なの?

 

曹操(そうそう)がまだ河北の袁紹(えんしょう)との決戦を控えている頃に、

曹操は無名に近かった若者・郭嘉(かくか)に出会います。

袁紹の器を認めなかった郭嘉でしたが、曹操と謁見し、

自らの主君は曹操をおいて他にいないと判断します。

また、曹操も郭嘉の話を聞いて、

自らの大業を為すためには欠かせぬ人物として重用することになります。

曹操はその後、天下泰平の暁には後事を託すのは郭嘉であると指名しました。

あの曹操がここまで評価するとは、郭嘉はただものではありません。

 

 

孫権

 

・【5分で分かる】意外と知らない孫呉滅亡のきっかけ

 

江東に勢力を張った孫氏一族。

その始まりは孫策(そんさく)が父・孫堅(そんけん)の兵を引き継いだ後、揚州を統一。

しかし孫策は揚州の豪族の手によって暗殺されてしまいます。

孫策は死に際に弟・孫権(そんけん)へ「揚州の事は頼んだ」と残して亡くなります。

その後孫策の跡を継いだ孫権は、周瑜(しゅうゆ)や張昭(ちょうしょう)など、

皆さんが知っている優秀な家臣に支えられながら呉を成長させていく事になりますが、

どのように呉が最後を迎える事になったのか皆さんご存知でしょうか。

 

郭嘉

 

・【郭嘉伝】ファン大ショック!郭嘉の功積はだいぶ盛られていた?

 

曹操(そうそう)の誇る天才策略家、無頼の不良成年と言えば郭嘉(かくか)です。

その活躍は、まるで魔法のようで、郭嘉の早死により魏は天下を統一できなかった

とされる程に持ちあげられている郭嘉ですが、彼の伝には盛られた部分があります。

今回は、郭嘉ファン、大ショックの郭嘉の盛りについて解説します。

 

11/16のおすすめ記事


神話 f

 

・十日神話とは何?古の殷の時代の伝説では太陽が10個もあった!?

 

日本神話、ギリシャ神話、ケルト神話、歴史の古い国には、

神話はつきものですが、中国神話というと皆さんピンとこないと思います。

中国は単一民族ではなく、複数の民族の寄り集まりと混合であり、

それこそかつては無数の神話があったのですが、怪力乱神を語らずという

儒教の合理主義で、神話は非科学的と断じられ政権からはハブされました。

そこで、今回は殷(商)の人々が信じた十日神話を紹介しましょう。

 

韓信

 

・漢の名将韓信が敗北したことがあるってホント!?

 

背水の陣・国士無双など色々な逸話を残した韓信(かんしん)。

彼は劉邦(りゅうほう)から将軍の位を与えられると

劉邦と分かれて軍勢を率いて各地へ向かいます。

彼が劉邦から受けた命令は各地で独立している王を討伐することでした。

彼は各地の王を討伐する戦を開始して負けることはただの一度もありませんでした。

しかし一度だけ楚漢戦争時代に彼が負けたことがあるのをご存知でしたか。

彼を負かした人物は主人である劉邦からの奇襲でした。

 

11/17のおすすめ記事


photo credit: aquigabo! Abyss via photopin (license)

 

・【燕の名将・楽毅の名言】古の君子は交わりを断つとも悪声を出さず

 

小国燕国の王である昭王に仕えた楽毅(がくき)。

彼は昭王の積年の夢である斉へ復讐を叶えるため、色々と工作を行います。

その結果、彼は斉と楚を除いた国々と連合軍を結成することに成功。

この軍勢の総大将として楽毅は兵を率いて斉へ攻撃を仕掛け、

斉を滅亡寸前にまで追い込みます。

しかし楽毅の良き理解者であった昭王が亡くなると次の恵王(けいおう)のせいで、

楽毅は燕の地を離れて、趙へと向かい彼の地で仕官することになりますが、

趙へ仕えた時の楽毅の名言を今回はご紹介しましょう。

 

庶民、村人の家

 

三国志の時代の庶民の家はどんな建物をしていたの?

 

三国志の時代の遺物としては、武器、鎧、城郭、宮殿等は割に情報があります。

一方で名もなき庶民の生活については、記す価値がないとされ、

当時を生きた庶民も、当たり前の生活を記録に残そうという発想も無ければ

それを成す時間もありませんでした。

そこで、「無いなら断片情報を集めて作成してしまえ!」という視点から、

はじめての三国志では、文献や墳墓の磚画を参考に三国志の当時の庶民の住宅を

再現してみましたよ。

 

劉備と郭嘉

 

・もし郭嘉が劉備軍の軍師だったらどうなる?呂布袁術も討伐できた!?

 

郭嘉(かくか)、字は奉孝。

潁川郡の出身ですが、先祖についてはよくわかっていません。

西暦190年3月に献帝を擁護し政権を独占していた董卓長安遷都します。

このとき、潁川の名家・荀氏の一族を束ねる荀彧(じゅんいく)が

村人たちを集めて故郷を捨てて避難することを説きました。

ちょうど潁川出身の権力者である冀州の牧・韓馥からの使者が募兵している最中だったので、

荀氏の一族はもちろんのこと、隣県にいる辛評や辛毗郭図や郭嘉らが冀州に移り住みました。

 

11/18のおすすめ記事


孔明

 

・孔明の最期の晩餐は一体何を食べていたの?

 

諸葛亮孔明(しょかつ・りょう・こうめい)は、西暦234年の8月23日に

五丈原で没したとされます。

清廉で質素を貫いた孔明ですが、その最期の晩餐はどんなものだったのでしょうか?

様々な書籍からkawausoが推測してみたいと思います。

 

11/19のおすすめ記事


小早川隆景 wiki

 

・小早川隆景(こばやかわ たかかげ)とはどんな人?毛利を支えた三本の矢

 

戦国時代、日本の中国地方の領主として栄えた毛利家。

この毛利家をここまで強くさせたのは毛利元就のおかげです。

毛利家の当主である毛利元就を支えたのは3人の息子達や家老らのおかげです。

特に毛利家で特筆すべきはこの息子達三人で長男・毛利隆元(もうりたかもと)。

次男・吉川元春(きっかわもとはる)、三男・小早川隆景(こばやかわたかかげ)です。

この三兄弟が力を合わせて父を支えたことにより、

毛利家は広大な領土を手に入れることに成功するのです。

今回はこの兄弟の中から三男の小早川隆景についてご紹介したいと思います。

 

 

太鼓 村人 防犯

 

・三国志の時代の防犯はどんな方法があったの?三国志時代の犯罪防止法!

 

凶悪犯罪が近代だけのモノと思ったら、大間違いです。

すでに1800年前の三国志の時代にだって凶悪犯罪はありました。

当時の人々は、いつ起きるか分らない犯罪を警戒し、

それに備えて様々な防犯方法を考え出していたのです。

今回は、三国志時代の犯罪防止法を紹介していきます。

 

馬超フルボッコ02 関羽

 

関羽は本当に忠義の士だったの?三国志のタブーに挑む!

 

「許田打囲」とは?…

曹操(そうそう)が献帝(けんてい)とその臣下たちと狩りに出かけたとき、

自分に不満を持つ者たちをあぶり出すために、わざと献帝の弓を取り上げて獲物を射て、

献帝に向けられた臣下たちの万歳を遮って自分が受けたことを言います。

三国志演義』の創作部分です。

→これを見た関羽は、曹操の無礼さに激怒し、曹操を切り捨てようとしましたが、

劉備が止めたので実行されることはありませんでした(もちろん、この部分も『演義』の創作)

 

郭嘉

 

・もし郭嘉が長生きしてたら赤壁の戦いでは曹操軍はどうなっていたの?

 

西暦208年(建安十三年)10月の戦いは、

三国志において目まぐるしい変化があった年です。

6月に曹操(そうそう)が丞相となりました。

秋(とき)同じくして孫権(そんけん)が宿敵である黄祖(こうそ)を破ります。

8月には荊州の牧である皇族の劉表(りゅうひょう)が病死しました。

翌9月には南進してくる曹操に劉表の後継者たる劉琮(りゅうそう)が全面降伏。

そして10月に世にいう「赤壁の戦い」が起こるのです。

それは曹操と孫権・劉備同盟軍の最初の戦いでもありました。

荊州に住んでいた人たちにとっては次から次に襲ってくる変化に対応できなかったことでしょう。

正確な情報がわからず右往左往したことだと思います。

仮にネットが整備された情報社会であっても

この急激な変化には太刀打ちできなかったのではないでしょうか。

 

11/20のおすすめ記事


袁紹の妃07a 劉氏

 

賈南風(かなんぷう)とはどんな人?司馬衷の妃となって晋王朝を滅亡の淵に叩き込んだ悪女

 

三国時代を統一することになった司馬炎(しばえん)。

彼は魏から皇帝の位を譲り受けて晋王朝を樹立することになります。

彼が亡くなった後、司馬炎の嫡男である司馬衷(しばちゅう)が、

二代目皇帝として君臨することになるのですが、彼はどうしようもないボンクラ皇帝でした。

その為彼の妻であった賈南風(かなんふう)が晋王朝の実権を握って晋王朝を

動かしていくことになります。

しかし彼女の政治はひどく、晋王朝を滅亡させるきっかけを作ってしまうことになります。

 

郭嘉

 

・もし郭嘉が魏の建国まで長生きしていたら魏の内閣総理大臣になっていた?

 

曹操に信頼された軍師のひとり、郭嘉(かくか)。

彼の官位は「軍祭酒」だったと伝わっています。

あまり聞きなれない官位です。

古代より祭りで酒杯を掲げるのは上位のものだったことから、リーダー格を祭酒と呼んでいたようです。

 

夏侯惇

 

夏侯惇の死後、一族はどうなったの?忙しかった夏侯惇はイクメンではなかった?

 

覇王・曹操(そうそう)の分身として最も信頼された武将であった

夏侯惇元譲(かこうとん・げんじょう)

隻眼というフォルムから猛将だと思われがちですが、事実は武将としてではなく

政治家としての才能の方に秀でた人物でした。

さて、そんな夏侯惇の一族は、夏侯惇の死後、どうなったのでしょうか?




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尹夫人 曹操

 

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2015年 感謝

 

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