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【週間まとめ】はじめての三国志ニュース20記事【12/5〜12/11】

この記事の所要時間: 648




三国志まとめ

 

はじめての三国志では毎日コンテンツが掲載されています。

今週(12/5〜12/11)に掲載された記事をピックアップ!

はじめての三国志編集部が1週間分の情報をお届けします!

週末、時間が空いた時にゆっくり読んでみてはいかがでしょうか?

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら




今週(12/5~12/11)のまとめニュース

12/5のおすすめ記事


五禽戯 華佗

 

・【三国志の華佗を越える名医の名言】扁鵲が死人を生き返らせた時に用いた名言

 

三国志の時代の名医といえば皆さんは誰を思い浮かべますか。

現代医学にまでその名を轟かせて麻酔を使って切開した名医・華佗(かだ)ですか。

それとも「傷寒論」という書物を残して、

医療の発展に貢献した張仲景(ちょうちゅうけい)でしょうか。

二人共三国時代を代表する名医であることに代わりわないでしょう。

今回紹介するのは三国志の時代より前の春秋戦国時代に現れた名医・扁鵲(へんじゃく)の

残した名言をご紹介したいと思います。

 

豊臣秀頼 wiki

 

・豊臣秀頼(とよとみひでより)は本当に豊臣秀吉の息子なの?

 

三国志の曹叡(そうえい)は曹丕(そうひ)の実の息子なのか疑問視されているそうですが、

日本の歴史にもこの人いったい誰の子かしらと出生が不明な武将がおります。

今回紹介するのは真田丸で登場している豊臣秀頼(とよとみひでより)です。

豊臣って苗字なんだから豊臣秀吉の子供じゃんって思う人が大半だと思います。

しかし秀吉が産んだ子供にしては妙なことがいくつかあります。

今回はほんとに秀頼が秀吉の子供なのかを調査してみたいと思います。

 

怒る 献帝

 

・ええっ?こんなに大変だったの!献帝の東遷を地図で徹底解説

 

後漢最期の皇帝、献帝(けんてい)は生涯に二度死亡説が流れる大変な人生を歩みます。

皮肉にも曹操(そうそう)の庇護を受けてから身柄が安定した彼ですが、

その直前には、長安から洛陽まで直線距離376キロという決死の逃避行を経験し

何とか命拾いした壮絶な過去を持っています。

そんな献帝の東遷(とうせん)を地図で出来る限り詳細に解説します。

 

12/6のおすすめ記事


 

黒田 wiki

 

・黒田官兵衛は活躍したのになぜ領地はびっくりするくらい少ないの?

 

秀吉を支えてきた天才軍師・黒田官兵衛孝高(くろだかんべえよしたか)。

彼は中国で言うと高祖・劉邦(りゅうほう)を支えた陳平(ちんぺい)のような立ち位置でしょう。

ついでに張良(ちょうりょう)の立ち位置は竹中半兵衛重治(たけなかはんべえしげはる)です

秀吉は天下統一後、自らを支えてくれた家臣達へ大きな領地を与えて、

その功績に報いることにします。

しかし黒田官兵衛には大きな領土を与えることはしませんでした。

なぜ秀吉は官兵衛を信頼していたのに大きな領土を与えることをしなかったのでしょうか。

 

周瑜と孫策

 

・なんで孫策と周瑜が義兄弟の契りを結んだの?その驚くべき理由とは?

 

三国志におけるハイティーン主従と言えば、孫策(そんさく)と周瑜(しゅうゆ)です。

両者は同い年であり、家も近くて、後には大喬(だいきょう)・小喬(しょうきょう)の

姉妹を妻に貰い、義兄弟になったなど、仲良くなった逸話満載なんですが、

果たして両者の仲が良いのは、ただ意気投合しただけの偶然だったのでしょうか?

 

12/7のおすすめ記事


政

 

・原泰久スゲー!虚構の秦・斉秘密同盟に隠された意図とは?

 

死を間近にした蔡沢(さいたく)の尽力でついに実現した中原の二大強国、

秦王政(せい)と斉王建(けん)のツートップ会談。

ここで結ばれた秘密同盟により、斉は秦の天下統一まで他国には協力しない事を

約束し、秦は戦わずして斉を切り崩すのに成功したのですが、実はこの話は

キングダムのみの虚構で史実ではありません。

しかし、この虚構には、思わずうなる原泰久の意図が隠されていました。

 

毛利隆元 wiki

 

・超ネガティブな戦国武将・毛利隆元の偉大なる父を持ってしまった苦悩とは!

 

偉大なる父を持っていると二代目の息子は何かと窮屈です。

曹操(そうそう)の息子である曹丕(そうひ)も父と色々な面で家臣から比較されたことでしょう。

また織田信長の後継者である信忠(のぶただ)も信長の跡を継いでいればかなり

気苦労が絶えない毎日を過ごしていたことでしょう。

今回はそんな二代目武将である毛利元就(もうりもとなり)の嫡男である

毛利隆元(もうりたかもと)の苦悩について、ご紹介しましょう。

 

女 金

 

・後漢の時代のお金の常識に迫る!当時の金融はどんなモノだったの?

 

中国においての金融の発展は早く、前漢時代の「塩鉄論」という経済論争では、

この世は金が全てという嘆かわしい社会になったと儒学者が愚痴を言うような

金銭万能の社会が登場しています。

では、当時の社会における金融の常識とはどんなモノだったのでしょうか?

 

12/8のおすすめ記事


竹中半兵衛 wiki

 

・孤高の天才参謀・竹中半兵衛重治は知略で君主を追い出した!?

 

三国志の劉備には彼を支えた名参謀・諸葛亮孔明がいます。

また曹操にも荀彧(じゅんいく)や郭嘉(かくか)などの智謀の士が彼を支えてます。

さらに孫権にも周瑜(しゅうゆ)や呂蒙(りょうもう)らなど多くの参謀が彼を支えてきました。

このように三国志の英雄には必ずと言っていいほど名参謀が登場します。

日本の戦国時代にも名参謀と言われる人が数多く出現。

今回は豊臣秀吉に仕える前の名参謀・竹中半兵衛重治(たけなかはんべえしげはる)を

ご紹介していきたいと思います。

 

さらに孫権にも周瑜(しゅうゆ)呂蒙(りょうもう)らなど多くの参謀が彼を支えてきました。

このように三国志の英雄には必ずと言っていいほど名参謀が登場します。

日本の戦国時代にも名参謀と言われる人が数多く出現。

今回は豊臣秀吉に仕える前の名参謀・竹中半兵衛重治(たけなかはんべえしげはる)

ご紹介していきたいと思います。

 

司馬懿と魏延

・驚愕!実は名築城家でもあった魏延の意外な才能!

 

諸葛亮孔明(しょかつ・りょう・こうめい)と仲が悪かったが為に、

三国志演義では傲岸不遜な悪役とされる魏延(ぎえん)。

しかし、実際の魏延は、傲岸不遜ではありましたが、天才型の名将であり、

劉備(りゅうび)のような大将がいれば如何なく才能を発揮できた英雄でした。

彼の不幸は、劉備のような大将と年が離れすぎていた事でしょう。

さて、そんな魏延ですが、隠された才能がありました、それが築城技術です。

 

孔明

 

・【シミルボン】三国志の真実、劉備が孔明に飛び付いた理由はこれだ!

 

理想的な君臣の出会いと評される、劉備(りゅうび)と

諸葛亮孔明(しょかつ・りょう・こうめい)の三顧の礼の逸話。

天才的な才能を持つ、若い軍師と、知名度はあるけど、補佐に恵まれない

将軍の出会いは三国志の名シーンです。

しかし、孔明の神算鬼謀は、残念ながら三国志演義の演出でしかありません。

そうであれば、山奥に引きこもる、孔明のどこに劉備は惹かれたのでしょう?

 

12/9のおすすめ記事


関興と張苞

・張飛の死後、一族はどうなったの?蜀の滅亡の転換点に立ち会っていた一族たち

 

三国志演義では、愛すべき豪勇無双な酒好き、単細胞、

おっちょこちょいキャラの張飛(ちょうひ)ですが、

史実では、ベテラン張郃(ちょうこう)を翻弄して破る程に策士な一面もありました。

しかし、部下に対して酷薄で愛情がない性格が災いし、

西暦221年、関羽の弔い合戦を準備する途中、配下の張達(ちょうたつ)、

范彊(はんきょう)によって寝首をかかれて死にました。

では、彼の死後、一族はどうなってゆくのでしょうか?

 

孟達と孔明

 

・孟達に全てがかかっていた!諸葛孔明の北伐は成功したかも?

 

蜀の丞相である諸葛孔明は魏を倒そうと幾度も北伐を行います。

しかし三国志を知っている方ならご存知ですが、孔明の北伐はすべて失敗に終わり、

魏を打倒することができませんでした。

しかし孔明の北伐が成功した可能性があったかもしれない時があったのを皆さんご存知でしたか。

そのきっかけを作ったのが魏の武将である孟達(もうたつ)の内応です。

彼がしっかりとしれていれば孔明の北伐は成功していたかもしれません。

 

12/10のおすすめ記事


後藤又兵衛 wiki

 

・黒田家を支え続けた後藤又兵衛はなぜ出奔することになったの?

 

黒田家は官兵衛孝高(かんべえよしたか)の時に大いにその名を天下に轟かせて、

歴史に名を残すことになります。

官兵衛の智謀によって黒田家は飛躍することになるのですが、彼を支え続けた重臣達の活躍も

見逃してはならないでしょう。

今回は黒田官兵衛に引き取られてめきめきと頭角を表し、

嫡男長政を支えてきた後藤又兵衛(ごとうまたべえ)。

しかし彼は黒田家を退去することになってしまうのです。

その原因について探ってみたいと思います。

 

龐統

 

・意外!龐統は不細工では無かった?蜀志龐統伝には明かされていない龐統の容貌

 

三国志演義では、荊州の人物鑑定家の司馬徽(しばき)により、

天下の軍師、臥龍(ふくりゅう)と鳳雛(ほうすう)の一人として、

孔明と並ぶ軍師として劉備の配下になる、龐統士元(ほうとう・しげん)。

しかし、長身で色白の美形として描かれる諸葛亮孔明(しょかつ・りょう・こうめい)と

比較して、龐統は太った不細工な人間に描かれています。

では、実際の龐統は、不細工だったのでしょうか?

 

ひざまくら 三国志

 

・【シミルボン】ドキッ!全員男!三国志の時代にあった男同士のひざまくら

 

ひざまくらと言うと、大抵、男性が女性にしてもらうのが普通です。

そうでなければ、子供の頃に母親にしてもらった記憶がある人もいるでしょう。

しかし、時代と国が変われば、ひざまくらも変わるようで、中国では、

男同士のひざまくらが存在していました。

 

12/11のおすすめ記事


軍師

 

・播磨の豪族から出現した自信家・黒田孝高の誕生と初陣

 

豊臣秀吉が天下を取ることができた大きな要因は二人の軍師が居たからだと考えられます。

その二人の軍師とは竹中半兵衛と黒田孝高(くろだよしたか)でした。

このふたりの軍師は秀吉の「両兵衛」と言われ、

彼を支えて軍事・政治に対して進言を行ったことで、秀吉は天下を取ることができます。

今回は秀吉の天下を取ることに協力した両兵衛の内の独り黒田官兵衛孝高の前半生を

ご紹介していきたいと思います。

 

范増

 

・范増(はんぞう)とはどんな人?項羽軍の頭脳として活躍した老軍師

 

始皇帝は戦国七雄と言われた国々をキングダムの主人公・李信やヒロイン羌瘣(きょうかい)などの

将軍を投入して天下統一を果たします。

しかし始皇帝の死後、陳勝(ちんしょう)・呉広(ごこう)の反乱が勃発したことがきっかけで、

全国各地で反乱が勃発します。

この反乱で立ち上がった群雄の中に楚の名将・項燕の血を引いている

項梁(こうりょう)と項羽(こうう)も秦帝国に反旗を翻して独立。

後に項梁が亡くなってしまったことがきっかけで項羽が跡を継ぐことになります。

彼は戦いを行えばほとんど無敵といっていいほどの戦上手でした。

そんな彼に軍師がいたことを知っておりましたか。

その軍師こそ項羽のパパ兼軍師役を務めていた范増という人物です。

 

関羽

 

・またまた発見!劉備の黒歴史、なんと劉禅には生き別れの兄がいた?

 

調べれば調べる程、黒歴史が出てくる男、劉備玄徳(りゅうびげんとく)。

そんな劉備の履歴に新たに黒歴史になりそうな事実が浮かび上がってきました。

それは、西暦200年、劉備が曹操(そうそう)に攻められて妻子を捨てた際に、

生き別れになった子供がいたというものです。

 

はじめての三国志

 

・はじめての三国志開設2周年のご挨拶

 

いつも『はじめての三国志』を観覧して頂きましてありがとうございます。

お陰様で2016年今冬を持ちまして『はじめての三国志』は2周年を迎えました。

これもいつも『はじめての三国志』を楽しみにしてアクセスして下さる読者の皆様のおかげと、

スタッフ一同、本当に感謝の気持ちでいっぱいでございます。




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