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【週間まとめ】はじめての三国志ニュース33記事【1/16〜1/22】

この記事の所要時間: 929




週間三国志

 

はじめての三国志では毎日コンテンツが掲載されています。

今週(1/16〜1/22)に掲載された記事をピックアップ!

はじめての三国志編集部が1週間分の情報をお届けします!

週末、時間が空いた時にゆっくり読んでみてはいかがでしょうか?

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら




今週(1/16~1/22)のまとめニュース

1/16のおすすめ記事


張良㈭ 広武山決戦編03 劉邦と項羽

 

・項羽に勝ったのはこれだ!項羽に勝つことができた劉邦自らの自己評価とは?

 

項羽(こうう)と劉邦(りゅうほう)。

彼らは秦の滅亡させたあと天下の覇権を賭けて長いあいだ戦いを繰り広げていきます。

劉邦は項羽に連戦連敗していしまいますが、最後の一戦で大勝利をおさめたことがきっかけで、

漢帝国を樹立することに成功します。

劉邦は漢帝国を樹立した後に諸将を招いて宴会を開きます。

この時に項羽に勝つことができた理由を諸将に自慢げに語り始めるのです。

 

文王 (周) wiki

 

・【曹操が慕った偉大な王様】天下の三分の二を所有するも王へ登らなかった周の文王ってどんな人?

 

三国志の英雄である曹操(そうそう)。

彼は中華の半分以上を領有しますが、

漢王朝を滅ぼして自ら帝の位に就任することはありませんでした。

彼が皇帝にならなかった理由は古代中国に存在した一人の王を慕っていたからです。

曹操が慕っていた王の名を西伯昌(せいはくしょう)といいます。

後に周王朝が成立すると文王と呼ばれることになる人物です。

今回はこの周の文王である西伯昌についてご紹介したいと思います。

 

真田丸 武田信玄

 

・武田信繁(たけだのぶしげ)とはどんな人?武田信玄の片腕と呼ばれた名将

 

劉備軍では張飛と関羽が劉備の片腕として活躍し、曹操軍では夏侯惇(かこうとん)らの

武将が片腕として活躍しておりました。

上記の人達は準親族的な扱いを受けており(張飛と関羽は義兄弟)、戦や君主の精神面で

大いに支えになっていた信頼できる家臣です。

日本の戦国時代でも親族が君主の支えとなって活躍している大名家は多くあります。

今回初めての戦国史では武田信玄の弟で信玄の片腕として活躍していた

武田信繁(たけだのぶしげ)をご紹介したいと思います。

 

キングダム45

 

・オルド将軍は実在するの?やっぱり最期は龐煖にバッサリ?

 

六国の中でも人材難が透けて見えるような燕の隠し玉こそがオルド将軍です。

何しろ、それ以外の燕の将軍といえば、最強の龐煖(ほうけん)咬ませ犬の

呼び声も高いあの劇辛(げきしん)将軍位ですからね。

合従軍編では王翦(おうせん)の陽動作戦に、まんまと引っ掛かり

媧燐(かりん)の策をぶち壊し厳しい言葉を掛けられていましたが、

何も気にしていない大物ぶりです。

さて、そんなオルド将軍は実在するのでしょうか?

 

顧夫人とはどんな人01 顧夫人、顧邵

 

・顧夫人とはどんな人?小覇王・孫策の娘の謎に満ちた生涯

 

小覇王、孫策(そんさく)、彼に息子がいた事は知られていますが、

娘がいた事は余り知られていません。

しかし現実に、孫策には、娘が二人~三人おり、その一人は呉の重臣

顧雍(こよう)の長男、顧邵(こしょう)に嫁いでいます。

では、そんな顧夫人の人生はどういうものだったのでしょうか?

 

1/17のおすすめ記事


馬場信春 wiki

 

・馬場信春(ばばのぶはる)とはどんな人?鬼と呼ばれた武田四名臣の一人

 

三国志の時代「鬼神の如き強さ」や「鬼神の如き働き」と呼ばれる呂布(りょふ)という人物がいました。

彼は本当にものすごい強さで敵兵をバッタバッタと打ち倒して行きます。

日本の戦国時代にも「鬼」と呼ばれる武将が各地でちらほら出てきます。

今回は武田家にいた「鬼」こと武田四名臣のひとりである鬼美濃(おにみの)

馬場信春(ばばのぶはる)をご紹介したいと思います。

 

媧燐

 

・【キングダム】昌平君と媧燐は生き別れの姉弟?そこから導かれる悲しい最後

 

合従軍編では見事な陽動戦術を見せて、函谷関(かんこくかん)の秦軍を

一時窮地に陥れ、また、楚の総大将汗明(かんめい)と一騎打ち中の蒙武(もうぶ)を

狙撃させて伯仲している戦況を覆そうとするなど、手段を選ばない戦術で活躍し、

今は李園(りえん)と共に楚の宰相になった媧燐(かりん)。

 

重耳

 

・なんで重耳は生まれた国から逃げなければならなくなったの?

 

晋の文公と言われることになった重耳(ちょうじ)。

彼は春秋の五覇のうちの一人に数えられる名君として歴史に名を残すことになるのですが、

生まれ故郷である晋の国から逃げ出して、長い年月各国を旅して回りながら晋へ帰国して

君主の座に着くことになります。

だが彼が晋の国へ帰る事ができたのは国を出てから19年後のことになります。

彼はなんで晋の公子でありながら国から逃げなければならなくなったのでしょうか。

 

趙雲と孫夫人

 

・趙雲子龍は何歳だったの?五虎大将軍の年齢に迫る!

 

三国志のお話のなかでの花形はやはり戦場で活躍する武将たちです。

武力自慢の猛者たちが数多く登場します。

養父すらも平気で裏切ることで異彩を放っている呂布(りょふ)は、

三国志史上最強の武将と云われています。

それに続くのは劉備(りゅうび)の義弟、関羽(かんう)と張飛(ちょうひ)。

 

曹洪と曹操

 

・ケチで有名だった曹洪の子孫はどうなったの?ケチが災いし処刑されかけた曹洪

 

曹操(そうそう)の従兄弟として三国志に登場する曹洪子廉(そうこうしれん)

曹操が董卓(とうたく)の配下の徐栄(じょえい)に撃破された時、

馬を失った曹操に自身の馬を貸して逃がすなど、自己犠牲に富んだ大活躍をして

曹操の絶大な信頼を得ていました。

後には、驃騎将軍にまで昇った曹洪ですが、金持ちでありながらケチで、

かつて曹丕(そうひ)の借金申し込みを断った為に命を取られそうになっています。

では、曹洪の死後、その一族はどうなったのでしょうか?

 

1/18のおすすめ記事


武田勝頼 wikipedia

 

・え?武田勝頼って武田家二代目代理なの!?

 

三国志でも初代が偉大な功績を残したりすると二代目苦労をすることになります。

これは三国志に限った事ではありません。

日本の戦国時代も同じです。

今回は偉大なる父・武田信玄から武田家の当主の座(仮)を引き継いだ

武田勝頼(たけだかつより)についてご紹介しましょう。

 

火を放つ班超

 

・「虎穴に入らずんば虎子を得ず」のことわざを作り出した班超って一体何者?

 

前漢の光武帝(こうぶてい)の息子である明帝(めいてい)・章帝(しょうてい)・和帝(わてい)の

三代の皇帝に仕えていた軍人・班超(はんちょう)。

彼の家系は全て文人を輩出していた家系で彼も青年期までは文の道を志しており、

勉学に励んいでいました。

しかしあることがきっかけで軍人への道を歩むことになります。

また彼は青年期に勉学を学んでいたことがきっかけで、

様々な故事を残しており現代人である私達も使ったことがある「虎穴にいらずんば虎子をえず」の

ことわざを作った人です。

 

暗殺計画自慢の董承04

 

・伏皇后問題が荀彧の死の原因か!我が子房・荀彧の死因に迫る!

 

「我が子房」と曹操は彼が来た時に呼んだそうです。

曹操に我が子房と言わしめた人物・荀彧(じゅんいく)。

彼は曹操に仕えると参謀して活躍していくことになり、

呂布討伐戦や官渡の戦いなど多くの戦でその智謀を発揮します。

彼の智謀は戦だけでなく内政面でも活躍し、

曹操に有能な人材を推挙したことでも知られております。

 

李儒と三国志

 

・キングダムファンなら絶対読むべき!三国志も面白い!

 

衰える事を知らないキングダムの人気、そのお陰もあって、

はじめての三国志もキングダムをリアルタイムで追っていたりするのですが、

いつも考えるのは「キングダムもいいけど、三国志も面白いよ」という事です。

そこで、今回は長い三国志演義の物語をポイントで紹介して、

その面白さをキングダムファンの皆さんに解説したいと思います。

 

荀攸と曹操

 

・荀攸(じゅんゆう)とはどんな人?地味だけど的確な献策を行った軍師

 

曹操軍の軍師には袁紹軍との戦いで曹操には十の勝因があり、

袁紹には十の敗因があると説いた郭嘉(かくか)や曹操の創業当時から彼を支え、

「王佐の才」と言われる程の才能を持った軍師荀彧など有名な軍師を上げればキリがないほど

曹操軍には智謀の士を多く有しておりました。

 

1/19のおすすめ記事


尼子晴久 wiki

 

・尼子晴久(あまごはるひさ)とはどんな人?毛利家最大の敵として立ちはだかった中国地方の戦国大名

 

毛利元就(もうりもとなり)は中国地方の覇者としてその名を歴史にとどめることになるのですが、

彼の中国地方攻略戦には幾多の群雄が立ちはだかっております。

今回はその中の一人である出雲の覇者として元就に立ちはだかった尼子晴久(あまこはるひさ)に

付いてご紹介したいと思います。

 

馬超と羊

 

・【シミルボン】残念、五虎将軍になった時にはピークを過ぎていた馬超

 

馬超孟起(ばちょう・もうき:176~222年)は、

三国志ファンには、言わずと知れた蜀の五虎大将軍として有名な武将です。

その武勇は張飛と五分、戦術でも曹操を後一歩まで追い詰めるなど抜群!

また、美しい容姿をしており錦の馬超と美称されていました。

ところが、史実の馬超を見ていると、劉備(りゅうび)の配下になった頃から

あまり活躍していない事が分ります。

 

司馬懿

 

・司馬尚(しばしょう)とはどんな人?趙の新三大天でもある最期の一人

 

キングダムは、いよいよ、秦王政が天下統一をスローガンに、

強敵である李牧が待つ趙へと大軍を送り込みました。

王翦(おうせん)、楊端和(ようたんわ)、桓騎(かんき)が大将軍扱い、

信(しん)、蒙恬(もうてん)、王賁(おうほん)が特別遊撃隊という

わくわくする布陣で、趙の都、邯鄲の真下鄴(ぎょう)を奪取する戦いです。

迎え撃つ李牧(りぼく)ですが、ここで秘密のベールに隠された

趙の新三大天の最期の一人が明かされそうです。

 

班超

 

・ガシュガル・ホータン連合軍を率いて戦い続けた後漢の武将・班超

 

「虎穴に入らずんば虎子を得ず」のことわざで有名な班超(はんちょう)は、

西域の国々を漢へ従属させることに成功します。

こうして漢と西域の国々は国交を持つことになるのですが、

帝が亡くなると再び西域は戦乱に巻き込まれることになり、新しい漢の帝は西域を放棄。

この決定を知った班超は西域諸国から泣きつかれた事がきっかけで、

少ない部下たちと共に西域に残って漢に従属した国々を守るべく、

戦い続けることになります。

 

孫権

 

・曹操の誕生日に孫権から贈られてきたとっても嬉しくない贈り物って何?

 

三国志の英雄の一人である曹操(そうそう)。

彼は亡くなる間際に誕生日を迎えることになります。

当時の誕生日は元旦を迎えたら一歳年を取ることになっており、

元旦を迎えたときに曹操は誕生日を迎える事になるのですが、

曹操の誕生日が過ぎてから数日後に呉の孫権(そんけん)から誕生日プレゼントとして

とんでもない贈り物と手紙をもらってしまうのです。

 

1/20のおすすめ記事


口論する韓非と李斯

 

・始皇帝の法治国家を助けた韓非と李斯って何でいがみ合ったの?

 

始皇帝は天下統一させ、秦帝国を法治国家として運営していくことにします。

始皇帝が法治国家形成をしようとしたきっかけは、

荀子の考えを学んだ韓非(かんぴ)が書いた書物である韓非子の影響と

荀子の法家思想の実行者・李斯(りし)のふたりの活躍によって成立していくことになります。

荀子を学んだ韓非と李斯。

彼等は一体秦帝国ではどのような役割を果たすのでしょうか。

 

キングダム22

 

・項燕(こうえん)とはどんな人?信と蒙恬を撃破する王騎レベルの名将!

 

キングダムのラスボス級と言えば、ファンは李牧(りぼく)の名前を出すでしょう。

しかし、それは半分正解で半分は間違っています。

何故かと言えば、そこに楚の項燕(こうえん)大将軍の名前が入っていないからです。

現在、名前が出ただけで特に動きが無い項燕ですが、じつは、

キングダムの最期のクライマックスを飾る名将なのです。

 

おんな城主03b 今川義元セリフあり

 

・今川家のポンコツではなかった今川義元の前半生に迫る!

 

みなさん突然ですが、今川義元のイメージはどのような印象を持っていますか。

戦国無双などで知られる公家の服をきて蹴鞠をけっている様子を想像している方が

多くいらっしゃるのではないのでしょうか。

しかし彼はそんな見た目をしていたわけではなく、かなりしっかりとした武将であったのを

知っていましたか。

今回はそんな義元の幼少期から家督相続までをご覧に入れたいと思います。

 

孫策

 

・【衝撃の事実】孫策の○○で孫呉が滅びる原因となった!

 

小覇王と名付けられ快進撃を続け江東を制覇した孫策(そんさく)。

彼はその驚異的な戦の才能によって江東のみならず荊州や徐州にまで、

勢力を拡大しようと考えておりました。

しかし急激な領土拡大によって孫家に従いたくないという江東の豪族達が数多く存在しており、

彼らをどのようにして孫家に従わせるのかによって今後の孫呉の命運を分けるものでした。

だが孫策はこうした状況に置かれていたにも関わらず、ある人物を殺害してしまいます。

その人物を殺害したことが孫家を滅ぼす原因になったかもしれないのをご存知でしょうか。

 

1/21のおすすめ記事


キングダム45

 

・これは凄い!司馬尚・龐煖のシバケンコンビがオルド将軍を撃ち砕く?

 

さあ!キングダム503話において、ついに謎に包まれていた

趙の三大天、最期の一人、司馬尚(しば・しょう)が姿を現しました。

この司馬尚、李牧(りぼく)が三大天に任命しようとしても中央が気に食わず、

病気と称して田舎に引っこんでいたといういわくつきの人物です。

しかし、運命が司馬尚を歴史の表舞台に引き出そうとしています。

それは、燕のオルド将軍が趙に進撃し、司馬尚の居城青歌(せいか)に

軍を向かわせる事から始まりました。

 

藏覇と孫権

 

・孫権は名君?それとも暴君だったの?5分で分かる君主の評価

 

三国志の君主の一人である孫権(そんけん)。

彼の父親は孫堅(そんけん)といい黄巾討伐戦や董卓討伐戦で大活躍した武将で、

名将といっても過言でない働きを示します。

孫堅の長男で小覇王と言われた孫策も名将であったと考えられます。

さて孫堅の次男であり孫策死後彼の跡をついで孫家の当主として君臨することになる孫権。

彼は青年期から名君足り得る人物としての噂が立っておりましたが、果たして本当だったのか。

しかし晩年気になると家臣を粛清したり、訳の分からん事を行ったせいで、

国力低下を招くことになります。

 

昭襄王

 

・秦の昭襄王(しょうじょうおう)って戦神と言われるほど本当に強かったの?

 

キングダムで何回か昭襄王(しょうじょうおう)の名前が出てきます。

劇中では戦神と言われるほど戦に出て、戦が好きな君主に描かれていますが、

史実ではそのように強い君主であったのか。

今回はキングダムによく出てくる秦の昭王(しょうおう)を史実面から見てみたいと思います。

 

陳平

 

・【危険】謀略の天才だった陳平の批判がエグすぎる

 

漢の高祖・劉邦(りゅうほう)を自らの

謀略の才を駆使して彼の天下統一事業を手助けした陳平(ちんぺい)。

彼は天下統一後領土と爵位をもらうことになり劉邦が亡くなった後、丞相として就任します。

彼は権力を握った呂雉(りょち)一派を粛清する作戦を立てて実行し、

漢の主権を劉氏へ取り戻すことに成功します。

彼は丞相でしたが呂雉一派粛清後、宰相は陳平一人ではなくもうひとりいました。

その人物は劉邦の挙兵時代から彼を支えてきた周勃(しゅうぼつ)です。

彼と二人で漢帝国を支えることになるのですが、

陳平が彼に向けて放った批判がエグすぎてびっくりします。

 

おんな城主02 直虎

 

・井伊直虎の許婚はどういう人?おんな城主 直虎をさらに楽しむ!

 

2017年のNHK大河ドラマ、女城主直虎(なおとら)はご覧になっていますか?

第一話から、直虎の許婚の亀之丞(かめのじょう)の父、井伊直満(いいなおみつ)が

謀反の疑いで今川義元(いまがわ・よしもと)に殺される、THE戦国時代の

非情な展開にビックリした人も多かったようです。

さて、井伊直虎の許婚の亀之丞は、どういう人だったのでしょうか?

 

おんな城主01 直虎

 

・【おんな城主 直虎を見逃した方必見】第二話「崖っぷちの姫」の見どころ

 

女城主・井伊直虎(いいなおとら)の第二話目も順調にスタートしております。

若き日の直虎=おとわちゃんは今週もハチャメチャな元気ぶりを見せております。

ここでは大河ドラマ・井伊直虎を見ようとしていたけど時間がなくて見逃してしまった人や

飲みに行ってて見れなかった人、

大河ドラマに興味持ち始めたけどなんか見る気がしない人など達を対象にして、

はじめての三国志では日本の戦国時代にも興味を持ってもらいたいと思い、

大河ドラマの見所をギュッとまとめてご紹介していきたいと思います。

 

宦官

 

・キングダムの史上最悪の宦官、趙高(ちょうこう)はどうやって浮き上がる?

 

史上最悪の宦官、趙高(ちょうこう)、現在は影も形もありませんが、

実はすでにキングダムに登場している事は御存じでしょうか?

そう、毐国(あいこく)の乱で太后の側に立っていた顔を布で隠した宦官が趙高です。

反乱の失敗により罪人になり蜀に流された趙高ですが、史実通りなら

李斯(りし)のように、再び登用される可能性が大であると言えます。

では、そんな趙高が復活するタイミングはいつなのでしょうか?

 

諸葛一族

 

・蜀は龍を。呉は虎を。魏は狗をで知られる諸葛誕の一族が一番優秀だった!?

 

蜀は龍を。呉は虎を。魏は狗を。

上記はそれぞれの国に仕えた諸葛一族の評価を表しております。

蜀は龍の如き孔明を得て、呉は君主に絶大な信頼を得ていた諸葛瑾(しょかつきん)を。

そして魏は反乱を起こした諸葛誕(しょかつたん)を。という評価を「世説新語」ではしています。

さて今回は狗(いぬ)と呼ばれた諸葛誕の孫についてご紹介したいと思います。

彼の孫は孔明や諸葛瑾の息子のような形で悲惨な結末を迎えたわけではなく、

活躍した人物であったそうです。

 

曹操の三顧の礼05 曹操、荀

 

・え?曹操が荀彧に三顧の礼?民間伝承の三国志が面白い!

 

陳寿(ちんじゅ)が記した三国志は、裴松之(はいしょうし)によって補強され、

その後、紆余曲折を経て、三国志演義として完成していきます。

しかし、その途中で三国志の英傑達は民間伝承の主人公として、

あるいは戯曲の演目として様々な作品の中で登場していきます。

今回は、そんな民話の中の三国志を紹介していきましょう。

その名も曹操(そうそう)の三顧の礼です。




こちらのまとめ記事も合わせてどうぞ

尹夫人 曹操

 

関連記事:大奥も目じゃない?曹操の妻達の人生まとめ6選

 

2015年 感謝

 

関連記事:年末年始にまとめ読み!これを読めば三国志が丸わかり30選【総集編】

 

 

曹操 科学

 

関連記事:三国志や古代中国史を科学的視点から丸裸にする良記事まとめ7選

 

キングダム 40巻

 

関連記事:【キングダム好き必見】漫画をより面白く読める!始皇帝と秦帝国の秘密をまとめてみました




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