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【週間まとめ】はじめての三国志ニュース38記事【1/23〜1/29】

はじめての三国志

 

はじめての三国志では毎日コンテンツが掲載されています。

今週(1/23〜1/29)に掲載された記事をピックアップ!

はじめての三国志編集部が1週間分の情報をお届けします!

週末、時間が空いた時にゆっくり読んでみてはいかがでしょうか?

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

 

今週(1/23~1/29)のまとめニュース

1/23のおすすめ記事


真田丸02(武田信玄)

 

武田晴信の領地経営と甲州法度をざっくりと分かりやすく紹介!

 

武田晴信は武田家の当主となり信濃攻略戦に勤しんでおりました。

彼は戦においては素晴らしい能力を発揮して信濃の豪族達を味方につけたり、

討伐したりしながら信濃攻略を進めていきます。

戦の才能においてはすごい能力を発揮した晴信ですが、

領地経営の才能にも能力を発揮しております。

今回は晴信の軍事面についてではなく領国経営についてご紹介していきます。

 

曹操 ヨイショ

 

曹操の人材登用法が魏国の安定をもたらす!能力主義者・曹操の二段構えの政策とは?

 

三国志の中で一番人材の登用に熱心だった曹操

彼は群雄割拠の時代から色々な熱心に人材を探し求めており、

品行方正でなくとも能力さえあれば敵でさえ用いておりました。

曹操が用いた品行方正じゃない優秀な人材達の一例として、

赤壁の戦いにいれば負けることがなかったと言わしめた郭嘉(かくか)。

 

大喬

 

・乱世の女は強かった!女城主直虎以外の女傑を紹介

 

2017年のNHK大河ドラマは、女城主直虎(なおとら)です。

近年は、大河ドラマも女性を主役に据えたものが多く、

例えば吉田松陰(よしだ・しょういん)の妹、杉文(すぎ・ふみ)を主役にした

「花燃ゆ」や幕末から明治の世の中を駆け抜け幕末のジャンヌ・ダルクと呼ばれた

会津女性、新島八重(にいじま・やえ)を主人公にした「八重の桜」、

また、幕末物では異例の高視聴率を記録して女性を主役にしたNHK大河ドラマの

先駆けになった「篤(あつ)姫」などがあります。

 

荀況

 

・荀況(じゅんきょう)とはどんな人?始皇帝の法治国家の形成や李斯韓非の先生

 

商鞅(しょうおう)は秦の国を法治国家として改革したことによって一気に国力は倍増し、

春秋戦国時代最大の勢力にまで発展させます。

だが商鞅が考えついた法治国家としての制度は秦の歴代国王が認めておりましたが、

彼の思想に賛同した人物はあまりいませんでした。

その後秦王政の出現によって六国は滅び天下は数百年ぶりに一つの国として、

統一されることになります。

統一した国家を経営するために秦王政は一つの書物を参考にしたそうです。

 

キングダム45

 

・【キングダム】春申君を殺った李園は本当にキレ者だったの?

 

キングダムにおいて、春申君(しゅんしんくん)を暗殺し媧燐(かりん)を

宰相に引き上げた男、李園(りえん)。

元々は春申君の食客でありながら、妹を巧みに春申君に献上して懐妊させ、

春申君と結託して、子供の無い孝烈王の後継ぎにするなど抜け目ない人物ですが、

史記の記述が乏しく伝も無いので、宰相に上っても長く権力を維持できず

後には、誅殺されたのではないか?と考えられています。

では、真実の李園は、キレ者だったのか?もしくは時流に乗った、

ただの小者だったのでしょうか?

 

夏侯淵

 

・今と変わらない?三国志の時代の勤務評価表を紹介

 

今回は、サラリーマンなら、誰でも一度は手にした事がある勤務評価について

当時の資料を元に解説してみます。

1800年前にも存在した勤務評価表には何が書かれていたのでしょうか?

 

1/24のおすすめ記事


孔明

 

・【シミルボン】衝撃!あの孔明にパシリの時代があった?

 

三国志演義、後半の主人公として問答無用の大活躍をする御存じ天才軍師

諸葛亮孔明(しょかつ・りょう・こうめい)登場の時から劉備(りゅうび)が

自ら尋ねる等、VIP待遇に見えるのですが、それは三国志演義だけのお話です。

史実では、彼が仕えた劉備軍はガチの年功序列組織であり若い頃の孔明は、

先輩達に抑え込まれ、パシリのような扱いだった時期があるのです。

 

孫策、陸遜、顧邵、他

 

・もう誰も信じられない?実は袁術と絶交していなかった孫策

 

やたらに袁術(えんじゅつ)を持ちあげている事で定評がある

はじめての三国志ですが、それには正当な理由があります。

それは、kawausoが公路(こうろ)さんを好きだから・・ではなく、

ライターろひもとが、袁術を主人公にした小説を書いているからです。

それはさておき、今回のはじさんは、実は袁術と絶交なんかしていなかった

小覇王、孫策(そんさく)について書いてみたいと思います。

 

曹操と魏軍と呉軍

 

・赤壁の戦いに曹操軍が敗北した原因って実は火計じゃなかった!?

 

三国志の運命を変えた戦いはいくつかありますが、

著しく変化が起きた戦いといえば宦渡の戦いや赤壁の戦いでしょう。

特に赤壁の戦いは曹操軍が勝利すれば天下はほぼ曹操軍のモノになるはずであった戦いです。

しかしこの戦いは孫呉・劉備連合軍に敗北してしまいます。

 

羌族

 

・キングダムで秦の天下統一の鍵を握っている斉の国って誰が建国したの?

 

秦が天下統一することができたのは秦王政の果断な決断と他国を圧する

国力・人材を持っていたことが原因であると黒田廉は考えます。

上記は秦国内において秦が統一できた理由ですが、外部的要因は一体何なのでしょうか。

色々あると思いますが、一つ挙げるとするならば黒田廉は東方の大国であった斉が沈黙していた

ことが要因に挙げられるのではないかと思います。

この斉の国は田氏が王として君臨している国ですが、元々は羌族(きょうぞく)が建国した国でした。

今回は斉の国はいったい誰が建国したのかをご紹介したいと思います。

 

真田昌幸 wiki

 

・真田昌幸の智謀がキラリと光る!徳川軍を打ち破った伝説の戦い上田城攻防戦

 

三国志の時代には少数が大軍を破った戦は多く存在します。

赤壁の戦いは少数が大軍を打ち破った代表的な例だと思います。

日本の戦国時代にも数は少ないですが少人数の兵が大軍を打ち負かした戦いは

いくつか存在しており、今回は真田家と徳川家の戦いである上田城の戦いをご紹介します。

 

五虎大将軍 趙雲

 

・もし荊州を趙雲に任せたらどうなったの?【ろひもと理穂if考察】

 

蜀の諸葛亮孔明(しょかつりょうこうめい)が提案した天下三分の計は、

西暦219年、劉備が漢中を制圧し、益州全土を手にしたことで現実のものとなりました。

劉備は「漢中王」の名乗りをします。曹操の「魏王」に対抗したもので、

劉備は高祖劉邦と同じようにこの漢中から天下統一を成そうと夢見たのです。

劉備絶頂の時でした。

 

1/25のおすすめ記事


黒田官兵衛

 

・黒田官兵衛は本当に息子の活躍を苦々しく思っていたの?

 

豊臣秀吉の軍師として活躍した黒田官兵衛(くろだかんべえ)。

彼は関ヶ原の戦いの時が終わった後、息子長政が領地に帰国した際に

「家康殿は私の手を三度握って感謝してくれました。」と自慢話をしてきます。

この時官兵衛は「どっちの手を握ってきたのか」と訪ねます。

すると「右手です」と長政は答えます。

官兵衛は長政の言葉を聞いた後「お前の左手は何をしていたのだ」と尋ねたそうです。

この言葉の真意はお前の左手はなんで家康を刺さなかったのかと言う意味をほのめかしているのですが、

この逸話は後に作られている創作のおはなしです。

しかし何もないところからこのような話が出るとは考えに国のですが、

本当に官兵衛は長政の活躍を苦々しく思っていたのでしょうか。

今回は官兵衛は果たして息子長政の活躍を苦々しく思っていたのかどうか

考えてみたいと思います。

 

龐統 ガチャポン

 

龐統の死後、その一族はどうなったの?魏に降った一族たちの数奇な運命

 

鳳雛(ほうすう)と呼ばれ、諸葛亮孔明(しょかつりょうこうめい)と並ぶ

天下の大軍師として知られる龐統士元(ほうとうしげん)。
劉備(りゅうび)の蜀獲りに多大な貢献をした彼ですが、

活躍を期待された最中、落鳳坡(らくほうは)で三十六歳の非業の最期を遂げます。

では、その後、龐統の一族は、どうなってしまったのでしょうか?

今回は知られざる龐統の死後の一族のドラマを紹介します。

 

王賁

 

・【キングダム】王翦王賁の血筋は楚漢戦争時代にも登場していた!?

 

キングダムで活躍している不気味な将軍・王翦(おうせん)。

彼が居たからこそ天下統一の最終決戦である楚に勝利することができたと言っても

過言ではないでしょう。

また王翦の息子である王賁(おうほん)もキングダムでは

蒙恬(もうてん)や信達と共に武功を稼いでおり、

史実では魏を攻略するほどの大活躍をしております。

このように王家一族も蒙一族に引けを取らない大活躍をしているのですが、

蒙一族は始皇帝の死後、蒙毅(もうき)・蒙恬、蒙一族はすべて殺害されてしまい、

始皇帝死後に起きた楚漢戦争には登場していません。

では王翦や王賁の血族達は楚漢戦争に参加していたのでしょうか。

結論から先に述べると楚漢戦争で秦の軍勢をひきいて参加しておりました。

今回は王翦・王賁の血族である王離(おうり)がどのように楚漢戦争にかかわり合いがあったのか、

ご紹介したいと思います。

 

曹操 機密保持

 

・曹操って孫子の兵法書を編集した人だけど兵法を使って戦ったことあるの?

 

三国志最大の兵法家といえば誰を思い浮かべますか。

諸葛亮孔明ですか。それとも司馬仲達でしょうか。

いやいや孫呉の周公瑾(しゅうこうきん)でしょう。

など色々な名前が出てくると思います。

しかしレンが三国志一の兵法家として名前を上げるのであれば曹操だと思います。

 

ろひもと理穂さん01

 

・もし趙雲が魏に仕えていたらどうなっていた?【ろひもと理穂if考察】

 

こんちゃす。どうも、ろひ理穂だよ♪

(最近、ねこてんさんがツボなんで真似してみました)

今回は引き続き「趙雲子龍」について考察していきたいと思います。

 

1/26のおすすめ記事


周瑜、孫策、程普

 

・呉の家臣団の組織関係が孫策時代と孫権時代が全く違い面白い

 

蜀の劉備の家臣団の関係性は任侠的な結びつきが強いものがありました。

そして魏の曹操と家臣団の関係性は劉備の家臣団のような任侠的な結び付きではなく、

しっかりとした主従関係で結ばれており組織的な運営をしておりました。

では呉の家臣団の孫策(そんさく)・孫権(そんけん)と

家臣団の関係性はどのような結び付きをしているのでしょうか。

今回は呉の孫策・孫権の家臣団達の関係性を調べてみました。

 

黒田廉さん02a

 

・戦国最強の同盟を成立させた名軍師・太原雪斎(たいげんせっさい)の活躍

 

戦国モノのゲームをやったことがある方なら今川義元(いまがわ よしもと)を知っていると思います。

ゲームをやっていなくても歴史の授業に必ず出現する人物です。

彼は織田信長に奇襲作戦で討ち取られてしまったためか、

だいたいポンコツ扱いされてしまいます。

しかし史実では信長に討ち取られるまでは名将といってもいいほどの活躍をする人物なのですが、

そんな彼を支え続けていたのが太原雪斎(たいげんせっさい)と言われる人物です。

彼は今川義元の軍師として活躍することになるのですが、今回は彼の外交官としての

活躍をご紹介したいと思います。

 

三国志

 

・三国志 Three Kingdomsのここがすごい!スリーキングダムズを楽しむ3つのポイント

 

三国志は近年映画やドラマ、漫画、アニメなどが題材にしていることがきっかけで、

中国史の中でも特に人気の高い時代ではないのでしょうか。

今回レンはお正月に休暇をとって、

以前から気になっていた三国志 Three Kingdomsを見てみたのですが、

これがすごいドラマだったので、三国志 Three Kingdomsをまだ見ていない読者の方へ

三国志 Three Kingdomsの見どころをピックアップしてみました。

 

朝まで三国志ラフ 陶謙

 

陶謙はどうして劉備を後継者にしたの?三国志の素朴な疑問に答える

 

徐州牧の陶謙(とうけん)には、陶商(とうしょう)、陶応(とうおう)という

二人の息子がいましたが、いずれもボンクラであるとして継がせず、

他所者の劉備(りゅうび)に徐州を継がせます。

それは、それで美談めいていますが、リアルな話、苦労して築きあげた地位を

あかの他人に譲るなんて、いくら大昔でも考えにくくないですか?

そこで、はじさんでは、陶謙が劉備を後継者にした理由を考えました。

 

顧夫人とはどんな人05 顧邵

 

・司馬家の皇帝殺害を正当化するための故事が存在した!?晋国を安定に導く文言

 

司馬昭(しばしょう)の時代、魏の王朝の皇帝として君臨していた曹髦(そうぼう)。

彼は皇帝として君臨するために魏王朝の権力を欲しいままにしている司馬家を討伐するために

挙兵します。

この知らせを聞いた司馬昭は皇帝の軍を迎撃するように命令を出しますが、

彼の参謀役として活躍していた賈充(かじゅう)の軍勢によって曹髦は殺害されてしまいます。

司馬昭曹髦が殺害されてしまったことに驚き、親友である陳泰(ちんたい)に相談しますが、

彼の気持ちにそうようなアドバイスをもらうことができませんでした。

しかし皇帝殺害事件は司馬家の勢力が没落する可能性があったため、

早急に解決する必要がありました。

この皇帝殺害事件を正当化するために荊州の都督で有り、

学者としても有名であった杜預(どよ)が活躍することになります。

 

1/27のおすすめ記事


司馬昭と司馬師

 

・司馬家の皇帝殺害を正当化するための故事が存在した!?晋国を安定に導く文言

 

司馬昭(しばしょう)の時代、魏の王朝の皇帝として君臨していた曹髦(そうぼう)。

彼は皇帝として君臨するために魏王朝の権力を欲しいままにしている司馬家を討伐するために

挙兵します。

この知らせを聞いた司馬昭は皇帝の軍を迎撃するように命令を出しますが、

彼の参謀役として活躍していた賈充(かじゅう)の軍勢によって曹髦は殺害されてしまいます。

司馬昭は曹髦が殺害されてしまったことに驚き、親友である陳泰(ちんたい)に相談しますが、

彼の気持ちにそうようなアドバイスをもらうことができませんでした。

しかし皇帝殺害事件は司馬家の勢力が没落する可能性があったため、

早急に解決する必要がありました。

この皇帝殺害事件を正当化するために荊州の都督で有り、

学者としても有名であった杜預(どよ)が活躍することになります。

 

関羽 関索

 

関羽の死後、その一族はどうなったの?龐会に一族を抹殺される悲運な一族

 

麦城で最後を迎えた、劉備(りゅうび)の義弟・関羽(かんう)は

壮繆(そうびょう)侯と追諡されます。

その後、劉備は怒り狂い、大敗戦、夷陵の戦いを引き起こすのですが、

それは兎も角として、関羽の死後、関羽の一族はどうなったのでしょうか?

正史を辿って追っていきたいと思います。

 

山中幸盛 wiki

 

・出雲の麒麟児・山中鹿之助の青年期に迫る

 

 

中国地方は尼子氏と大内氏の両巨頭がしのぎを削って戦っておりました。

しかし大内氏が陶晴賢(すえはるかた)に討ち取られ、陶氏が毛利元就(もうりもとなり)との戦で

壊滅すると毛利氏が勢力を拡大していくことになります。

出雲の大勢力であった尼子氏も毛利氏によって

本拠地月山富田城(がっさんとだじょう)を陥落させられてしまいます。

こうして尼子氏の勢力は消滅したかに見えましたが、一人の忠臣が尼子氏再興をするべく

奔走することになります。

その人物の名を山中鹿之助(やまなかしかのすけ)と言います。

 

曹萌

 

・【歴史を変えた名言】この名言によって歴史は変わった「断じて行えば鬼神もこれを避く」

 

宦官は善良な人物もいますが、

大体宦官は権力を握るために悪いことをいくつもしでかしております。

そのため後漢王朝の末期には悪いことをし続けた宦官を排除するため、

何進(かしん)が各地の群雄を呼び寄せております。

そしてこれから紹介する宦官も悪い人物です。

この悪い宦官の名前を趙高といいます。

彼が始皇帝の次男に向けて放った「断じて行えば鬼神もこれを避く」と言う言葉を発したことで、

歴史は大き変わることになるのです。

 

韓信

 

 

・【韓信の恩返し】受けた恩はしっかりと恩で返す器の大きい韓信

 

前漢の名将・韓信(かんしん)

いくつもの戦いを勝利に導き、

楚漢戦争の最終決戦では彼の軍勢が劉邦軍に加わったことで、

大勝利を収めます。

そんな彼ですが、若い頃はダメ人間でした。

 

1/28のおすすめ記事


徳川家康 f

 

・徳川家が豊臣を滅ぼすきっかけとなったのはどんな理由だったの?

 

敵方を滅ぼすのは三国志でも日本の戦国時代でも変わりません。

生かしておいては復讐される恐れがあるからです。

今回は関ヶ原の戦いで天下の覇権を握ることに成功した徳川家が

豊臣家を滅ぼすことになった原因をご紹介したいと思います。

 

キングダム45

 

・ええっ?蒙驁(もうごう)将軍は史実では秦の六大将軍に並ぶ超名将だった

 

キングダムで巨体に白髭で温和な将軍と言えば、

蒙驁(もうごう)将軍と言ってまあ間違いないでしょう。

kawausoは蒙驁をキングダムの安斎先生と呼んでいて、あの白髭の下の

二重アゴをタプタプしたいと思っています。

さて、漫画では、蒙恬(もうてん)、王賁(おうほん)、信(しん)の三人に

「一緒に高みに登れ」と言い残して大往生を遂げた蒙驁ですが、

史実の蒙驁は白起(はくき)も及ばない名将だったのです。

 

馬良、孔明

 

馬良(ばりょう)って何した人だっけ?意外な馬良の役割と任務に迫る!

 

馬氏の五常、白眉最も良しとされ、荊州の名士とされる馬良季常(ばりょう・きじょう)

しかし、そんな馬良が具体的に何をしたか?を即答出来る人はいるでしょうか?

「あれでしょ?ハイキング野郎の兄貴」もう!それは能力ではなく家柄です。

そこで今回は、知名度はあるのに、何をやった人かイマイチ分らない、

そんな馬良について解説してみましょう。

 

曹操 ほめ上手

 

・【シミルボン】元祖、褒めて伸ばす!曹操のヨイショ作戦が止まらない

 

誰だって、叱られるよりは褒められた方が嬉しいですよね?

それが見え透いたお世辞でも、言われた方は頬が緩んだりするもんです。

ところが世の中には、決して他人を褒めまい、褒めたら負けというような

厳しい人も何故か存在しています。

一方で、三国志の英雄、曹操(そうそう)は褒めの効用を充分に認識し

有能な部下を褒めて褒めまくり天下統一に邁進したのです。

 

曹仁 曹操

 

 

・兵力なし、金なし、でも奮闘して評価を上げた曹操がスゴイ

 

三国志最大の領土を築いた魏の曹操(そうそう)。

いくつもの戦いを誰とも同盟することなく戦い続けた彼ですが、

若かりし頃の曹操は辛くて苦しい場面がいくつもありました。

董卓連合軍に参加した頃は金なし、兵糧なし、兵力なしの状態でしたが、

なんとか苦心して兵力をかき集めて董卓討伐戦に参加しております。

今回は董卓討伐連合軍で奮闘していた曹操の姿をご紹介したいと思います。

 

1/29のおすすめ記事


おんな城主01 直虎

 

・【実録】今川義元にいじめられ続けた井伊家と松平家

 

2017年のNHK大河ドラマは、女城主直虎(なおとら)です。

1月8日のスタートから、子役陣の好演もあり視聴率は中々高いようですが同時に、

あまりにマイナーな戦国武将の話だけに事態の変化についていけない人も多いでしょう。

なぜ?井伊家は今川義元にいじめられるのか?どうして過酷な状況に置かれるのか?

その辺りを分かりやすく、松平家との関係も絡めて解説します。

 

始皇帝

 

・始皇帝死後、秦は滅亡せず三代目まで続いてたってホント?

 

秦の始皇帝は六国の国々を平定して天下を統一します。

彼は色々な政策を行っていきますが、砂丘で亡くなってしまいます。

その後、趙高(ちょうこう)の策略によって二代目皇帝として胡亥(こがい)が就任。

始皇帝の長男である扶蘇(ふそ)と始皇帝のお気に入りであった

蒙恬と蒙毅を殺害し、趙高が丞相として国政を握ります。

さらに彼は秦の元丞相であった李斯(りし)を殺害して、秦国最大の権力者として君臨。

 

河了貂と蒙毅

 

・蒙毅(もうき)ってどんな人?趙高に恨まれて悲劇の最期を迎える文官

 

昌平君(しょうへいくん)の軍師学校で、河了貂(かりょうてん)と学んでいた

蒙毅(もうき)は、祖父を蒙驁(もうごう)、父を蒙武(もうぶ)、そして兄を

蒙恬(もうてん)に持つ秦ではエリートに入る名門の出身です。

さらに、兄同様、ゴツイ祖父や父に似ずイケメンの優男で頭もキレます。

これなら、随分モテそうですが、兄と違い、そういう面には関心が薄く

もっぱら軍師として、父蒙武の役に立ちたいと精進しているようです。

しかし、蒙毅の末路は、あの趙高(ちょうこう)に睨まれた事で

悲劇性を帯びていくのでした。

 

曹操の三顧の礼03 曹操、荀

 

・述志の令をもとに曹操の若かりし頃の夢を考察してみる

 

三国志最大の領土を保有して他の二国を圧迫し続けた魏。

この魏を作り上げたのはみんな知っている天才・曹操(そうそう)です。

彼は戦に明け暮れて時に危機的状況に陥りながらも魏の国を作り上げることに成功します。

そんな彼、実は魏を作る事なるとは思っていなかったようだったのです。

では曹操はどの程度を望んでいたのかをご紹介したいと思います。

 

夏侯覇の妻は誰?

 

・【衝撃の事実】夏侯淵の一族にはなんと皇帝がいた!?

 

魏の忠臣として活躍した夏侯淵(かこうえん)。

彼は漢中の戦いで討ち取られてしまいますが、彼の一族は生き残ります。

彼の一族の中でも優秀であったのは夏侯覇(かこうは)でしょう。

彼は魏の夏侯一族の中でも軍事能力は特筆すべきものがあり、

蜀軍を相手に活躍しておりましたが、一族が司馬懿に殺害されてしまったため、

自らの命に危険があるかもしれないと考えて蜀へ寝返ります。

蜀でも魏軍相手に戦い続け蜀の将軍の中でも重宝され、車騎将軍を与えれれることになります。

 

黒田廉さん直虎レビュー02

 

・【おんな城主 直虎を見逃した方必見】第三話「おとわ危機一髪」の見どころ

 

今回も始まりましたはじさんが送るはじめての大河ドラマ。

先週おとわちゃんは今川家からの命令で、

小野和泉守(おのいずみのかみ)の嫡男である鶴と結婚しなくてはならなくなります。

しかしおとわちゃんは井伊谷から脱走した元許嫁である亀之丞との約束を守るために、

自ら髪を切り落として出家しようとします。

こうして鶴との婚約は無くなる事になるのですが、

今週はより厳しい事態がおとわちゃんや井伊家に襲いかかってくることになります。

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