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【週間まとめ】はじめての三国志ニュース43記事【3/13〜3/19】

この記事の所要時間: 1255




 

はじめての三国志では毎日コンテンツが掲載されています。

今週(3/13〜3/19)に掲載された記事をピックアップ!

はじめての三国志編集部が1週間分の情報をお届けします!

週末、時間が空いた時にゆっくり読んでみてはいかがでしょうか?

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら




今週(3/13~3/19)のまとめニュース

3/13のおすすめ記事


 

・司馬懿を追い落として魏の政権を握った者達はどんな国家を目指していたの?

 

魏の二代目皇帝・曹叡(そうえい)は亡くなる間際、曹爽(そうそう)と司馬懿(しばい)を呼んで、

「後継者である曹芳(そうほう)をしっかりと支えていくように」と命令を下します。

三代目皇帝として君臨した魏の皇帝曹芳を支えるべく、

曹爽と司馬懿は協力して行く事になります。

しかし曹爽は魏の政権の立て直しを図るために、

名士出身である司馬懿を高位でありながら何の権限もない太傅(たいふ)の地位に押し上げます。

そして自らが魏の政権を握ることになるのですが、どのような国家にしようと考えていたのでしょうか。

 

 

・キングダム 510話 ネタバレ予想:李牧が王翦に仕掛けた罠とは何なの?

 

今回のキングダムでは、ついに列尾が陥落、久しぶりに信の戦いが見られましたが

王騎(おうき)の矛が重すぎて、趙のモブ武将にも速さで遅れを取る始末で、

最期には、「このクソ矛重すぎるだろ」と暴言を吐いて、尾平(びへい)達に

総突っ込みを喰らっています。

予定より早く、半日で列尾を落した秦軍ですが、そこには李牧(りぼく)の罠が

張り巡らされていました。

 

 

・「豎子に名を成せり」とはどのような意味なの?龐涓(ほうけん)の名言

 

今回は孫子の兵法書の著者である孫武ではなくて、

「孫臏兵法(そんぴんへいほう)」で知られる

孫臏のライバル龐涓(ほうけん)の名言をご紹介したいと思います。

 

 

・関銀屏(かんぎんぺい)とはどんな人?まさに三国志界のジェダイの騎士

 

蜀の重臣・関羽は超有名ですが、その子らもやはり人気があります。

まずは長子の関平。三国志演義では養子という設定ですが、

関羽の最期まで付き従ったことで、関帝に祀られています。

そして次子の関興。三国志演義では父親の雪辱を晴らすために大活躍します。

関羽の跡を継いだのがこの関興です。

さらに三男の関索。このあたりから架空の人物だともいわれています。

京劇に登場することで有名です。早世したとも伝わっています。

また関羽には娘もいました。この娘が関銀屏(かんぎんぺい)です。

今回は関羽の娘について触れていきたいと思います。

 

 

・狼中年劉備、もっともらしい事を言って孫権を欺く

 

はじめての三国志では、タフな狼中年の評価が固まりそうな劉備(りゅうび)。

そんな彼が、蜀攻略を手伝おうと言ってきた孫権(そんけん)に嘘をつき、

援軍を断っていたという新しい事実が発覚しました。

その言い分たるや、極めて抜け抜けとしているので、ここで紹介しましょう。

 

 

・関羽はどうして神格化されてメジャーになったの?三国志で唯一、神になった武将

 

横浜中華街には関羽を祀った「関帝廟」なるものがあります。

中華街の観光スポットにひとつです。他にも神戸の中華街にある関帝廟も有名です。

基本的には華僑居住地にはこの関帝廟はあるのです。

道教ではそれだけメジャーな神様といえます。「協天大帝関聖帝君」と称されています。

果たして「斉天大聖孫悟空」とどちらが強いのでしょうか。

ちなみに仏教でも神格化されていて「関帝菩薩」と呼ぶそうです。

今回は関羽の神格化にもっと深く迫りたいと思います。

 

 

・ホウ徳の叩き上げ人生録!関羽に降伏せず忠義の人と讃えられた関中の名将

 

関中の武将と言えば、馬騰(ばとう)、韓遂(かんすい)辺章(へんしょう)など

一筋縄ではいかない曲者(くせもの)揃いです。

元より、力だけが正義の実力社会関中では、裏切りは日常茶飯事なんですが、

その中でも、例外にあたる人物がいました、それがホウ徳です。

 

3/14のおすすめ記事


 

・劉備が諸葛孔明に託した遺言には裏切りを防ぐための作戦だった?

 

劉備と孔明の間柄は水魚の交わりと言える程の親密な間柄であったとされております。

しかし彼らの間は果たして本当に水魚の交わりのような間柄であったのでしょうか。

孔明は劉備に仕えたときはまだ青年と言っていいほどの年齢でしたが、

長く荊州にいて荊州の名士と呼ばれる司馬徽(しばき)や

龐統(ほうとう)の一族で龐徳公(ほうとうくこう)らの名士らと面識があり、

非常に優秀な人物でした。

 

 

・信濃守護職就任と武田晴信の出家

 

武田晴信は自ら軍勢を率いて領土拡張を行っておりました。

彼が領土を拡張するべく出陣した先は甲斐(かい)の隣国である信濃(しなの)です。

この地に出陣した晴信は信濃の諸豪族を味方につけて攻略を行っていきます。

そして信濃で晴信に敵対を続けていた村上義清(むらかみよしきよ)を追い出すことに成功し、

信濃のほとんどを支配することに成功します。

晴信は村上氏を追い出すことに成功するのですが、永遠のライバルである越後の龍こと

長尾景虎が村上氏の救援要請を受けて信濃に乱入してくることになります。

晴信は長尾氏と対陣している最中、

信濃の支配の大義名分を手に入れるために画策を開始します。

 

 

・キングダムで活躍している名将・李牧は実は臆病者だった!?

 

キングダムで絶賛活躍中の趙の名将・李牧(りぼく)。

しかし彼が世に出る前は臆病者として罵られていたことを知っていましたか。

周りから臆病者と言われて、

趙王からも臆病者であることが原因で将軍の位を更迭させられています。

今回は世の中に出てくる前の李牧がどうして臆病者として

罵られていたのかをご紹介したいと思います。

 

 

・今まで有難う趙雲!劉禅や姜維の感謝の言葉に感涙

 

五虎将軍として活躍しながら、劉備(りゅうび)の主騎(旗本)という立場であった為

大きな手柄には恵まれなかった趙雲子龍(ちょううん・しりゅう)。

しかし、真面目に勤めていれば、きっと誰かが見ていてくれるという言葉通り

趙雲は死んで、数十年経過した西暦261年、順平侯として顕彰される事になります。

そこには、趙雲有難う!という感謝の念が満ちていたのです。

 

 

・夏侯惇は軍人としては優秀だったの?正史三国志から夏侯惇を分析

 

三国志の世界をいろいろな角度から掘り下げていく「ろひもと理穂」です。

ここまで100以上の三国志話を取り上げてきましたが、まだまだ三国志の世界は広い!

そして深い!!

ってことで、初心に戻って魏の名将・夏候惇(かこうとん)に注目していきます。

 

 

・張飛の娘はサラブレッド?夏侯月姫と張飛の恋愛事情

 

前回、関羽の娘の話をしましたが、義弟である張飛にも娘がいました。

ふたりの娘がいましたが、長女が張敬君という名前だったという説があります。

関羽の娘である関銀屏とは違い、武芸の腕を磨いたとは記されていません。

荒くれものの張飛の娘ながら、気立てが良く、美人で夫を支えたそうです。

今回はそんな張飛の娘の姿に迫りたいと思います。

 

3/15のおすすめ記事


 

・夏侯惇は本当に自分の目玉を食べたの?

 

三国志の世界をいろいろな角度から掘り下げていく「ろひもと理穂の三国志コーナー」です。

今回は、前回に引き続き、魏の名将・夏候惇(かこうとん)について触れていきます。

誤解がないように先にお伝えしておきますが、私は夏候惇が好きです。

魏の武将のなかでは張遼と同じくらい好きです。

ただ、張遼よりもツッコミどころが多いのが夏候惇です。

皆さんは、「夏候惇」と聞いて、まず何を連想しますか?

「隻眼」と答える方も多いのではないでしょうか。

そうです。夏候惇は片目を失っていたのです。

 

 

・三国志の時代に活躍した兵士の逸話

 

三国志は将軍や軍師達が活躍していた時代ですが、

兵士達もしっかりと活躍しているのはご存知であると思います。

今回は合肥(がっぴ)新城攻防戦の時に包囲を破って救援軍に合肥の情報を伝えようとして

呉軍に捕まってしまった兵士についてご紹介したいと思います。

この兵士は呉軍に捕まってしまいますが、将軍並の勇気を持っている偉大な兵士でした。

 

 

・【シミルボン】とっても面倒くさい!三国志の時代の髪の毛のお手入れ

 

三国志の時代の人々は、罪人以外は髪を切るという事をしませんでした。

頭髪は人間の生命力の源とされた他に、親からもらった体を傷つけてはならないという

儒教の教えが浸透していたからでした。

ですから、女性のみならず男も髪は産まれてから死ぬまで伸ばし放題で、伸びた髪は

頭のてっぺんで団子にして黒い布を当てて簪を挿し、さらに冠や巾(きれ)で覆いました。

しかし、そのような長い髪は維持するのが大変でした。

特に大変なのは髪を洗う時だったのです。

 

 

・呂不韋の成功哲学!自ら立てた計画とは?

 

キングダムに登場し、政の政治にことごとく関与して秦国の政権を握り続けてきた呂不韋(りょふい)。

彼は元々衛(えい)と言われる弱小国を出身地としていた商人ですが、

趙で人質となっていた秦の公族・異人(いじん)に肩入れしたことがきっかけで、

彼の運命は大きく変わっていくことになります。

今回は呂不韋が秦の宰相として君臨するまでの経緯をご紹介したいと思います。

 

 

・死刑か肉刑か?魏の宮廷を二分した刑罰論争

 

三国志の時代、刑罰としての肉刑は禁止されていました。

肉刑とは、足を切り落としたり、鼻や耳を削ぐような肉体を切り落とす残酷な刑罰です。

しかし、肉刑が減るかわりに、死刑が適用されるケースが増えるという問題点が生じます。

「生命を奪う死刑か?命は助ける肉刑を施すのか?」で魏では、それぞれの派に分れて

大きな刑罰論争が発生していたのです。

 

 

・ゾトアオとはどんな人?人間を超越している異民族の首領【前編】

 

三国志の話のなかで読んでいて痛快なのは、蜀の諸葛亮孔明の「南征」のところです。

いかに諸葛亮孔明が賢く優れているのかがわかりやすく記されています。

ここで諸葛亮孔明ファンは確実に増えたはずです。

今回はそんな諸葛亮孔明の南征について2回に渡り掘り下げてみましょう!!

 

3/16のおすすめ記事


 

・曹操の後継者問題で判断に迷ったのは儒教と文学に原因があった?

 

三国志の英雄・曹操(そうそう)。

彼も人の親であったのか曹丕(そうひ)と曹植(そうしょく)どちらを後継とするかで非常に悩みます。

結果的には後継者を曹丕にしたことで一件落着となるのですが、

なぜ曹操は曹丕と曹植どちらを後継者にするかで迷ったのでしょうか。

いつも果断に物事を判断する曹操なのにです。

その原因は儒教と文学に原因があったかもしれません。

 

 

・夏候惇の父親としての評価はどうだったの?

 

魏の名将・夏候惇(かこうとん)に注目し、

2回に渡り掘り下げてお伝えしてきましたが、今回はラストの3回目になります。

唐突ですが、皆さんは「2世タレント」ってご存知でしょうか。

有名タレントの御子息で、

親のコネを頼りに活動しているひとたちです。(私の偏見です)

私は個人的に「草刈正雄さんの娘で紅蘭さん」が好きですね。

彼女は親の七光りがなくても充分に芸能界を生きていける力を持っています。

物凄くパワフルなキャラです。

今回は2世タレントならぬ、三国志の「2世登場人物」を掘り下げていきましょう。

 

 

・曹爽討伐に成功後の司馬懿の対応が神ってる

 

司馬懿(しばい)は曹叡(そうえい)が亡くなると魏の三代目皇帝を支える人材として、

曹爽(そうそう)と一緒に魏の政権を盛り立てていくことになります。

しかし司馬懿は曹爽によって閉職へ追いやられることになります。

司馬懿を閉職へ追いやることに成功した曹爽は魏の政権を立て直すために名士を退けて、

中央集権制を確立するために何晏(かあん)達と協力して魏の政権の改革へ向けて動き始めます。

そんな中曹爽達が一族・側近達を連れて洛陽から出て行く情報を手にした事をチャンスと捕らえ、

司馬懿も動き始めます。

 

 

・武田勝頼の自信を信長・家康連合軍に打ち砕かれた長篠の戦い

 

武田勝頼は順調に領土を拡大していくことに成功し、父信玄の時代よりもはるかに広大な領土を

得ることに成功します。

また武田信玄が陥落することができなかった高天神城を陥落させることにも成功しており、

勝頼が武田信玄を超えたと自信を持っておりました。

この自信をもって勝頼は信長と徳川連合軍を打ち破ろうと考えておりました。

 

 

・ゾトアオとはどんな人?人間を超越している異民族の首領【後編】

 

前回は諸葛亮孔明の南征について話を進めてきました。

反乱の首謀者である建寧郡の豪族・雍闓(ようがい)は

すでに亡きものになっているのですが、異民族は収まりません。

首領である「ゾトアオ」を反乱軍のリーダーにして抵抗を続けます。

今回はそんなゾトアオと諸葛亮孔明について掘り下げていきましょう。

 

 

・曹操の求賢令が年々過激になっていて爆笑
曹操(そうそう)と言えば、唯才のみを挙げよという当時としては斬新な

求賢令(きゅうけんれい)で知られます。

しかし、この求賢令、実は、三度も出されている事は余り知られていません。

ついでに言うと、求賢令、年々内容が過激になっているのです。

今回は当時の固定観念と戦った、曹操の苦闘の歴史を紹介します。

 

3/17のおすすめ記事


 

・【シミルボン】三国志を産みだしたのは魯粛だった!クレイジーと言われた豪傑の人生

 

三国志演義は、意識的に後漢の後継者を名乗る劉備(りゅうび)とその後継者である

諸葛亮孔明(しょかつ・りょう・こうめい)を持ちあげる目的で描かれています。

一方で実質的なライバルである曹操(そうそう)は、実物より悪く姑息で矮小化されます。

簡単に言えば、勧善懲悪劇としてデフォルメされているのです。

その三国志演義の中で、同様に矮小化された人物こそが魯粛(ろしゅく)です。

 

 

・信玄の敵は謙信ではなかった?武田家を揺るがす最強の敵出現

 

武田信玄の最強的は対外的には上杉謙信で間違えありません。

じゃ上杉謙信が最大の敵じゃんと思いますが、

武田家内部に信玄の生涯において最大最強の敵が潜んでおりました。

その名を武田信玄の嫡男である武田義信(たけだよしのぶ)です。

なぜ嫡男が最大最強の敵として信玄の前に立ちはだかるのでしょうか。

 

 

・三国志にも麻薬常用者はいた?魏の何晏は中毒患者?

 

近年では覚せい剤などといった禁止薬物を使用・所持していて

逮捕される芸能人などをニュースで見かけます。

残念な話です。どうして薬物なんて……って不思議になりますよね。

禁止薬物は他にもいろいろな種類があります。

日本では所持していただけでも捕まる大麻。

これを営利目的で栽培したら懲役10年だそうです。

しかしアメリカ合衆国のワシントン州では合法です。

オランダも住民の半数が使用しているようですね。(オランダは合法ではないようですが)

今回は三国志の時代の薬物(麻薬)について掘り下げていきます。

 

 

・曹嵩(そうすう)はどこの誰なのか?徐州大虐殺の切っ掛けにもなった曹操の父親

 

曹操(そうそう)の父親として、徐州大虐殺の切っ掛けにもなった曹嵩(そうすう)

宦官曹騰(そうとう)の養子で大金持ちという事になっていますが、

実は彼の出自はハッキリしていないのです。

一体、曹嵩はどこから来たのでしょうか?それを考えてみましょう。

 

 

・呂玲綺(りょれいき)とはどんな人?史実でも実在したの?

 

今回はついに呂布(りょふ)について触れていきます。

まだ直接触れるのはもったいないので、近辺からです。

以前、関羽の娘や張飛の娘のお話をしてきましたが、実は呂布にも娘がいたのです。

ゲームの世界ではもう御馴染みですね。

今回はそんな最強の武将・「飛将」呂布の娘について掘り下げていきます。

 

 

・【意外な事実】劉備は孔明よりも法正を用いてた

 

三顧の礼を尽くして劉備は孔明を配下に加えます。

赤壁の戦い後益州の劉璋(りゅうしょう)政権を打倒して益州を手に入れることになりますが、

益州を取るきっかけを作ったのは法正(ほうせい)と張松(ちょうしょう)の誘いがあったからです。

そのため劉備は益州を統治するにあたって孔明よりも法正に重きを置いていたそうです。

なぜ劉備は孔明よりも法正に重きを置いていたのでしょうか。

 

 

3/18のおすすめ記事


 

・三國無双では女性が戦闘しているが本当に史実でも戦っていたの?

 

今回の疑問については、正直どうなんでしょうか。

本当にそう信じている方はいるのでしょうか。

いえ、三国志を最近知ったばかりの子供たちならば信じているかもしれません。

 

 

・【春秋戦国時代の名言】俺は卑怯な真似はしない by 宋襄の仁

 

春秋戦国時代の君主は器の大きい人や面白い人が結構多いです。

春秋五覇の一人である斉の桓公(かんこう)は、

自分の命を狙った管仲を自分の配下に加えたことによって斉は覇者へと突き進んでいきます。

それとは反対に宋の襄公(じょうこう)という人物は覇者の地位をつかもうとして、

意味不明な行動に出た後、亡くなってしまいます。

今回は意味不明な行動を取ったせいで、

覇者の地位を掴むどころか自らの命を失うことになってしまった

「宋襄の仁」と言われる故事をご紹介しましょう。

 

 

・三国志の結末(最後)ってどうなるの?

 

三国志のお話は諸葛亮孔明が亡くなると同時に急激に盛り下っていきます。

一般的には三国志の前半の主役は曹操、後半の主役は諸葛亮孔明といわれています。

主役がいなくなるわけですから盛り上がりに欠けるのは仕方のない話です。

ちなみに諸葛亮孔明が五丈原で亡くなるのが西暦234年8月、

晋の司馬炎(晋武帝)が呉を滅ぼして天下を統一するのが西暦280年3月。

この間の約半世紀の歴史が見事にはしょられるのが通常の三国志のお話です。

黄巾の乱が起こったのが西暦184年のことでしたから、

三国志の物語の前半50年と後半50年では扱われ方がまったく違うことになります。

 

 

・三国志演義の一騎打ちは爽快極まりない個人と個人のぶつかり合いだった!

 

三国志は現在色々な方が小説として出版されておりますが、

文章は結構硬めの文体で、

レンみたいに本を読んでいて眠くなってしまう方にはすぐに飽きてしまうのではないのでしょうか。

それに比べて漫画の三国志は絵があるおかげですぐに読むことができるので、

楽しく三国志を知ることができるのではないのでしょうか。

今回は正史三国志ではなく、読み物として普及され三国志の漫画では必ず取り入れられている

三国志演義の一騎打ちについてご紹介していきたいと思います。

 

 

・若き日の曹操の優れた危機察知能力と後漢王朝への忠義心

 

三国志の英雄である曹操(そうそう)。

彼は青年時代からしっかりと真面目に勉学に励んでいた時期もありましたが、

幼馴染であった袁紹と一緒に花嫁泥棒を行ったり、

おじさんを騙してみたりとあくどいことを幾度も行っておりました。

そんな彼ですが、後漢王朝に仕えると同僚や先輩から頼りにされたり、

群雄として挙兵した後にも各地の群雄から頼られておりましたが、

曹操が誘われた計画は全て危険をはらんでおり、

曹操は自らの危機察知能力で危ない橋を全て渡らずに回避しております。

 

 

・呆れた!油断も隙もない!孔明にもつばをつけていた曹操?

 

曹操(そうそう)と言えば、人材コレクターとして、少しでも「お?」と思う人材には、

惜しみなく労力を使い自陣にスカウトしてしまう事で知られています。

その節操の無さは、徐庶(じょしょ)のような劉備(りゅうび)に属していた人材まで

及びますが、実は曹操の毒牙は、あの孔明(こうめい)にまで延びていた事が分りました。

 

3/19のおすすめ記事


 

・織田信長の父・「尾張の虎」こと織田信秀の前半生に迫る

 

織田信長の父親って誰だかわかりますか。

そうなんです!!曹操は知っているけども息子の曹丕は知らないような状態です。

信長の父親は織田信秀(おだのぶひで)と言って戦場で知られる武将でありながら、

あるからくりで大国と張り合うほどの兵力を持っておりました。

今回は織田信秀の前半生についてご紹介しましょう。

 

 

・【ビジネス三国志】みんな真似で天下を取った!群雄に学ぶ生き残り戦術

 

私達は真似と言うと、猿真似、コピーのようにネガティブイメージを持ちます。

しかし、書道が名人の書を見て模倣して上達するように、すべて自己流よりも、

上手い人や才能がある人の真似をする方が成功の近道という事もあるのです。

三国志の時代でも、最期まで勝ち残る群雄達は、先の成功者を巧妙に真似しています。

今回は、そんな真似の実例を見てみましょう。

 

 

・【シミルボン】本当は凄い!黄巾賊を滅ぼし後漢を支えた三将軍とは?

 

黄巾の乱というと、劉備(りゅうび)三兄弟や曹操(そうそう)の活躍が

注目されてしまいますが、実際の彼等は、戦いの一部を担っただけで全体を統括して

戦ったというわけではありません。

本当に黄巾賊とぶつかり、それを打ち破ったのは、皇甫嵩(こうほすう)、

朱儁(しゅしゅん)、盧植(ろしょく)という後漢を延命させた三将軍だったのです。

 

 

・軍略にも才能を発揮した蒋済(しょうさい)の進言集

 

揚州の名士として曹操に召抱えられた蒋済(しょうせい)。

彼は文官として曹操の幕僚に加わるのですが、

文官としての能力以外にも軍略に優れた人物であることを知っていましたか。

今回は軍略面において彼がどれだけ優れていたのかをご紹介していきたいと思います。

 

 

・三国志では何故、最初に蜀が滅びたの?

 

三国「魏」「蜀」「呉」の中で最も早く滅んだのが蜀になります。

西暦263年のことです。劉備が建国して約40年の月日が過ぎていました。

ひとつの国が40年で滅ぶというのは何か不思議な感じがしますね。

日本の歴史と大きく違うのは、これが政権交代ではなく、国が変わるということです。

この感覚は日本人にはないかと思います。日本では天皇はずっと天皇です。

あくまでも替わるのは政治を司る幕府だったり政府です。

天皇制が廃止され、日本ではなくなるというのはイメージできないですね。

ここが日本と中華の全く異なる点ではないでしょうか。

 

 

・三国志ベストコンビネーション賞!感心・感動したコンビ10選

 

今回は三国志に登場するコンビに注目して、私の独断偏見のもと

「三国志ベストコンビネーション賞」(SBC)を決めたいと思います。

これは武将・軍師・文官・君主問わず、「おお!!」と感心・感動したコンビに送られます。

【こちらの受賞につきましては個人の見解になりますので、ご了承ください】

さてそれでは、ベスト10を発表していきましょう。




こちらのまとめ記事も合わせてどうぞ

尹夫人 曹操

 

関連記事:大奥も目じゃない?曹操の妻達の人生まとめ6選

 

2015年 感謝

 

関連記事:年末年始にまとめ読み!これを読めば三国志が丸わかり30選【総集編】

 

 

曹操 科学

 

関連記事:三国志や古代中国史を科学的視点から丸裸にする良記事まとめ7選

 

キングダム 40巻

 

関連記事:【キングダム好き必見】漫画をより面白く読める!始皇帝と秦帝国の秘密をまとめてみました




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