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【週間まとめ】はじめての三国志ニュース37記事【3/20〜3/26】

この記事の所要時間: 104




 

はじめての三国志では毎日コンテンツが掲載されています。

今週(3/20〜3/26)に掲載された記事をピックアップ!

はじめての三国志編集部が1週間分の情報をお届けします!

週末、時間が空いた時にゆっくり読んでみてはいかがでしょうか?

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら




今週(3/20~3/26)のまとめニュース

3/20のおすすめ記事


 

・【シミルボン】あちこちにスローガンが一杯?賑やかな三国志時代の壁

 

人間は白い壁を見ると落書きしてしまうものなのか?

はたまた人の創作意欲に広々した壁は最適だとでも言うのでしょうか?

海岸の防波堤には低レベルな落書きからプロ顔負けのアートまでが並んでいますし

アーケード商店街だと、カラースプレーで描いた落書きなども見られます。

いかにも最近から始まったようなイメージの壁への落書きなのですが、

そのような壁に文字を書く行為は、実は、三国志の時代から存在していたのです。

 

 

・武神と恐れられていた関羽は結婚していたの?

 

これまで何度も関羽については取り上げてきましたので、今更、関羽に子供がいたの!?

って驚かれる方はほとんどおられないと思います。

(驚かれる方はこれまでのはじめての三国志の記事をお読みください)

しかし、結婚していたのかは別問題です。

シングルマザーって現代では珍しくもないですよね。

もしかしたら関羽はシングルファザーだったかもしれないのです。

今回は関羽が結婚していたのかについて掘り下げていきます。

 

 

・キングダム 511話 ネタバレ予想:王翦はどこへ消えたのか?

 

キングダム510話、新兵たちの夜は、前号の王翦のアップから一転して、

飛信隊の新兵達の初陣の後の宴会の様子になりました。

その中でもドラマは動いています、城内を巡回していた河了貂(かりょうてん)が

ある異変に気付き、その事を報告する為に王翦の本陣へ向かうと本陣は大混乱。

なんと、総大将の王翦(おうせん)の姿が忽然と消えていたのです。

 

 

・【劉備の初代軍師・徐庶】剣術家から学問の道へ変更したきっかけとは?

 

徐庶(じょしょ)。

劉備が荊州(けいしゅう)の劉表の元にいた時に軍師として活躍した人物です。

彼は軍師としての智謀も優れておりましたが元々剣術の使い手として有名でしたが、

あることがきっかけで剣術を捨てて学問の道へと進んでいくことになります。

なぜ彼は剣術を捨てて学問の道へ進むことになったのでしょうか。

 

 

・遼来来!よりも呉は彼を恐れていた?呉キラー曹休(そうきゅう)

 

魏には孫呉キラーと言われる将軍達がおります。

一人目は合肥(ごうひ)の戦いでわずか数千の軍勢で孫権軍10万を打ち破り、

その名を天下に轟かせた張遼(ちょうりょう)。

二人目は数年にわたって合肥や寿春など孫呉の国境を守り続け、

孫呉の軍勢が攻めてくれば必ず打ち破った孫呉キラー満寵(まんちょう)。

さて今回紹介する三人目の孫呉キラーは曹休(そうきゅう)です。

 

 

・2分で分かる合肥の戦い その1 はじまりの裏側

 

今回から数回に渡り、曹操と孫権の戦いについてお伝えしていきます。

有名な「合肥の戦い」です。

これは西暦208年の赤壁の戦いに次ぐ大きなぶつかり合いでした。

約10年間にも及ぶこの両者の激突はさまざまなドラマを生みました。

赤壁の戦いは知っているけど、合肥の戦い?という方はぜひ注目してください。

 

3/21のおすすめ記事


 

・2分で分かる合肥の戦い その2 孫権の度胸の良さとは!?

 

前回から曹操VS孫権の10年間に及ぶ戦い「合肥の戦い」についてお伝えしています。

始まりは西暦208年の「赤壁の戦い」があった直後のことです。

西暦209年までの出来事を前回のお話で触れていますので、

今回は西暦210年からの動きに目を向けてみましょう。

 

 

・【曹操を支えた賢才】卞氏がいたからこそ後ろを省みることなく曹操は戦い続けられた

 

三国志一の戦上手の群雄といえばあの人しかいないでしょう。

その名を曹操(そうそう)と言います。

彼は黄巾の乱から常に戦場を駆け巡り、様々な家臣に支えられながら天下の三分の一以上を

保有することになります。

そんな彼を支えていたのは猛将や参謀だけではなく、

女も彼を支えていたことを知っておりましたか。

今回は曹操の正婦人である卞氏の賢才ぶりをご紹介しましょう。

 

 

・身内以外の意見は聞かない暴れ者・項羽が少年の意見だけは聞いた?

 

西楚覇王・項羽(こうう)。

漢の劉邦と天下の覇権を賭けて戦った英雄で、

彼が兵士を率いて負けた戦は数える程しかないでしょう。

戦の天才であった項羽の強さにあやかって孫策も「小覇王」と名乗っております。

 

 

・三国志一騎打ちの強さベスト10!一騎当千は誰だ!

 

合肥の戦いはどうなったんだー!!って声もあるかもしれませんが、ここは閑話休題。

以前に三国志ベストコンビネーション賞を決めました。

見事優勝を勝ち取ったのが孫策・周瑜の「断金の交わりコンビ」でしたが、今回はピンの争いです。

三国志一騎打ち最強賞(SIS)を決めたいと思います。

ちなみに私の独断と偏見で決めさせていただきますので悪しからず。

 

3/22のおすすめ記事


 

・【曹操死す】卞皇后の一番辛くて長い日々

 

丁氏が曹家からいなくなった後卞婦人が曹操の正妻として君臨することになります。

彼女には三人の子供がおりました。

父に性格も似て政略面や権謀の術に長けた曹丕(そうひ)。

文学が大好きで詩を作らせたら当第一の才能を持っていた曹植(そうしょく)。

勉強大嫌いで武に特化した暴れ者曹彰(そうしょう)。

 

 

・2分で分かる合肥の戦い その3 曹操の秘策と張遼・李典・楽進

 

ここまで2回に渡り曹操VS孫権の10年間に及ぶ戦い「合肥の戦い」についてお伝えしています。

始まりは西暦208年の「赤壁の戦い」があった直後のことです。

西暦212年の濡須口の戦いまで話を進めたので、今回はその続きになります。

 

 

・【シミルボン】カルトの手法は変わらない太平道の信者獲得法

 

手を変え品を変え、社会に存在し続けるカルト宗教、話を聞いていると、

どうして、こんな子供騙しに引っ掛かるのだろう?と不思議に思います。

しかし、カルトには人間の弱さに付け込んだテンプレがあり、そこは不変なのです。

さて、このカルトの元祖は三国志の時代にありました、黄巾賊の母体太平道です。

36万人という信者を獲得し熱狂させた男、張角(ちょうかく)の現代にも通じる、

カルトの手口を見ていきましょう。

 

 

・忠誠心低すぎ!家臣にするのは難しい三国志ベスト10

 

これまで、ベストコンビネーション賞、一騎打ち最強賞を決めてきましたが、

今回は家臣に加えるのは難しいなという「家臣にするのは難しい賞」を決定したいと思います。

いつも通り私の独断と偏見で決めさせていただきます。

あしからず。

ちなみにこの賞を受賞するポイントは「忠誠心の低さ」「自立心の高さ」がポイントになります。

 

 

・【三国志の民話】情けない顔で帰ってくる周瑜に小喬ブチ切れ!

 

三国志演義では、大喬小喬と並び称される美人姉妹、小喬(しょうきょう)ですが、

その動向は物語では余り語られず、曹操(そうそう)が詩において、大喬・小喬を

銅雀台に侍らして酒を飲む事を欲しているという風聞が亭主の周瑜(しゅうゆ)を

激怒させて赤壁の戦いの火付け役を演じるという比較的に地味な役割で終わっています。

しかし、民話の中の小喬はそれに留まらず、曹操に降伏しようとする

情けない亭主の周瑜に発破をかける役割を担っていたりします。

今回は、「三国志、中国伝説の中の英傑」から鋏池(はさみいけ)という

面白い話を紹介します。

 

3/23のおすすめ記事


 

・始皇帝・政が甘々な性格であった事が原因で秦が滅びた?

 
キングダムに登場する蒙一族。

彼らは祖父・蒙驁(もうごう)の活躍によって秦では重宝されていくことになります。

そして蒙驁の息子である蒙武(もうぶ)もキングダムで活躍したのはちょっと盛っていますが、

戦に出て活躍をしております。

蒙驁の孫である蒙恬も一部隊を率いる将軍クラスにまで出世することになり、

名将としてその名を歴史に刻んでおります。

こんな武人を多く輩出した家柄である蒙一族において、

一人だけ武の道ではない方向に進んだ人物がおりました。

 

 

・上野攻略戦に赴く武田信玄の戦略とは?

 

武田信玄は上杉政虎(うえすぎまさとら)との激しい戦であった川中島の戦いが終了すると

彼の領土拡大政策は次のステージへと移行します。

信玄が目をつけていたのは信濃の左にある上野(こうずけ=現在の群馬県)です。

彼はこの国を攻略するため川中島の戦いが終了後から動き始めます。

 

 

・三国志の武器ってどういうの?三国志に登場する伝説の武器も紹介!

 

三国志の時代は戦国の世です。

戦争は日常茶飯事で、どれほどの人間が戦場で殺められたかしれません。

戦争になると大切なのは兵力や兵糧とともに、「武器」があげられます。

現代でも核ミサイルという最強最悪の武器を巡ってトラブルが絶えません。

武器は戦争において人間を殺めるためのとても大切な道具だからです。

それでは三国志の時代の武器はどのようなものだったのでしょうか。

今回は武器について掘り下げていきましょう。

 

 

・【戦国四君の食客の名言】人間関係を達観した馮驩の名言

 

戦国四君の中で最大の食客と人望を持った四君である孟嘗君(もうしょうくん)

彼は斉王と喧嘩をして宰相の位を追われてしまいます。

この時孟嘗君には3000人もの食客がいたのですが全員いなくなってしまいます。

しかし一人だけ孟嘗君の元を離れずにいたのが馮驩(ふうかん)です。

彼は孟嘗君の元に留まり、そのまま彼が宰相へ戻れるように再起の策を提案した人物でした。

 

 

・2分で分かる合肥の戦い その4 張遼の猛攻

 

これまで3回にわたりお伝えしてきた曹操と孫権の10年に及ぶ紛争

「合肥の戦い」ですが、いよいよ張遼の活躍の場面となりました。

このシーンは三国志ファンには強烈なインパクトを残していると思います。

呂布の配下だった張遼ってこんなに強いんだって驚きました。

さて今回はそんな伝説的なシーンをお伝えしていきます。

 

 

・曹叡が孔明をDISる文章を発見!孔明はマゾでドけちだ!

 

共に後漢を継いだ正統王朝だと名乗る曹魏と蜀漢、それだけにお互いを罵倒して

味方を増やそうとするような文書を頻繁に出しています。

特に、諸葛亮孔明(しょかつ・りょう・こうめい)による五度の北伐に対応した

曹叡(そうえい)は、孔明を憎む事甚だしく、これをDISる文書も出していました。

その中には、かなり誇張されているとは言え、孔明のリアルな一面が描かれています。

 

3/24のおすすめ記事


 

・2分で分かる合肥の戦い その5 孫権には甘寧がいる

 

曹操VS孫権の10年に及ぶ戦い「合肥の戦い」についてお話をしてきましたが、

今回が最終回となります。

西暦215年8月、孫権は10万の兵で合肥を攻めましたが、

張遼の奮戦に防がれ、命からがら撤退します。

今回はそこからの続きになります。

呉にも「●●がいる!」と孫権が喜んだシーンが印象的です。

それでは。

 

 

・三国志のゲームの未来を「はじめての三国志」が考えてみる

 

三国志は小説、漫画、映画から広く知られるようになり、

現代ではシュミレーションゲーム、アクションゲーム、カードゲームなどによって人気を博しています。

皆さんも三国志のゲームは何かしらプレイしたことがあるのではないでしょうか。

さて、今回はその「ゲームの世界」について触れていきたいと思います。

それも現在あるゲームではなく、これからのゲームについて考えていきましょう。

今回掘り下げるのは、三国志の未来です。

 

 

・【おんな城主・井伊直虎を見逃した方へ】第九話「桶狭間に死す」の見どころ紹介

 

おんな城主・井伊直虎にもある事件が勃発したことによって、

ついに戦国乱世の波が襲いかかってきます。

それは戦国時代の東海地方において最大の事件と言える「桶狭間の戦いです」。

この戦いは歴史の教科書にも描かれている通り、

織田信長が今川義元を撃破した有名な出来事ですが、

この戦いをきっかけに戦国時代の東海地方は激変することになります。

 

 

・前漢の景帝の尊厳を保たせるために行った領地削減政策は裏目になった理由

 

前漢の景帝の時代に大反乱となる呉楚七国の乱が発生。

この大反乱が起きたきっかけは漢の法律が全て諸侯が不利になるように

出来上がっていたからです。

この法律を作ったのは晁錯(ちょうそ)と呼ばれる人物でした。

彼はこの法律を制定したのには理由があったのですが、わかってもらうことができませんでした。

 

 

・【シミルボン】自分を褒めまくり、曹丕の自叙伝が意識高い系でウザい

 

意識高い系って最近話題ですよね、環境問題や政治問題に熱心だけど、

前提として「俺は良く知っているが周りは愚民」というスタンスで周辺を見下して

変に深刻ぶっている扱いづらい人々の事です。

そういう上から目線が一般人としてはムカつくのですが、実は、そんな意識高い系が、

三国志の時代にもいたのです、それが魏王朝の建国者、曹丕(そうひ)でした。

 

 

・閻行(えんこう)とはどんな人?韓遂の部下だが曹操の人質アタックに敗れる

 

蜀の五虎将軍の馬超(ばちょう)を殺す寸前まで追い詰めた人物がいたと聞くと、

意外に思う人もいるかも知れません。

その名を閻行(えんこう)と言い、関中の大物軍閥である韓遂(かんすい)の部下です。

しかし、そんな彼も最期には韓遂を裏切り曹操(そうそう)の計略に落ちてしまうのです。

今回は、三国志、魏書、張既(ちょうき)伝に引く魏略から閻行について紹介しましょう。

 

3/25のおすすめ記事


 

・【劉邦暗殺計画】劉邦の態度のでかさに激怒した家臣達

 

秦の始皇帝は天下統一間際に暗殺されそうになります。

しかも一度ではなく二度も暗殺されかけてしまいます。

秦が反乱を鎮圧できずに滅亡してしまうと劉邦がライバル項羽(こうう)を倒して

漢帝国を築き上げます。

彼は漢帝国を築き上げることに成功しますが、疑心暗鬼に掛かってしまいます。

 

 

・【シミルボン】意外に現代っ子?飽きっぽく思いつき行動が多い曹操

 

社会的に成功している人って、皆人格者のようなイメージですが、

実際はそうでもなく、子供っぽい所があったり、短気だったり呑気すぎたり

周りの空気が読めない人や、思いつきで事業を決める等、欠陥だらけの人もいます。

実は、三国志の英雄曹操(そうそう)も、その人生を丹念に見てみると、

およそ、歴史に名を残す偉人とは思えない、おっちょこ部分が多いのです。

 

 

・【おんな城主・井伊直虎を見逃した方へ】第十話「走れ竜宮小僧」の見どころ紹介

 

おんな城主・井伊直虎の第9話の最後で大事件が勃発してしまいます。

その事件は小野正次(おのまさつぐ)が、

井伊直親(いいなおちか)の舅・奥山さんをぶった斬ってしまいます。

さてこの事件は井伊谷の奥山家と小野家にどのような影響を及ぼすことに、

なってしまうのでしょうか。

またこの事件の他にも井伊谷では色々な事件が今回勃発します。

 

 

・十面埋伏の計とはどんな作戦?倉亭の戦いで程昱が発案した最強の伏兵

 

今回の主役は曹操軍です。

西暦201年から202年にかけて袁紹と正面からぶつかった「倉亭の戦い」に注目します。

正史と三国志演義では描かれ方が違いますので、

今回はよりダイナミックに描かれた三国志演義を見てみましょう。

 

 

・合肥の戦いで張遼が孫権を討ち取っていたら三国志はどうなった?

 

もしも、張遼が合肥の戦いで孫権を討ち取っていたら、その後の歴史はどうなっていたでしょうか。

呉を建国する孫権が死んでしまうわけですからたいへんな事態ですね。

当然ながらその影響は劉備にも及びます。曹操にとっては大チャンス。

はたしてどうなるのでしょうか。

 

 

・【三国志都市伝説】袁術は曹丕より先に禅譲を考えていた?

 

三国志のはちみつボーイ袁術(えんじゅつ)、彼は三国志演義のイメージに反して

当初は熱心に漢王朝を支えていましたが、曹陽(そうよう)の戦いで献帝の軍勢が

李傕(りかく)・郭汜(かくし)、張済(ちょうさい)の連合軍に撃破され

一度目の献帝死亡説が流れた頃に、漢の天下を見限り独自政権を目指すようになります。

そんな彼は完璧な皇帝即位を目指し、禅譲を目論んでいた可能性があります。

 

3/26のおすすめ記事


 

・【蜀軍キラー】劉備・孔明を恐れさせた張郃の対蜀戦での戦歴

 

魏には呉軍と戦えばほとんど勝利を収めていた将軍達がおり、

代表的な人物として合肥で呉軍を散々に打ち砕いて大勝利を収めた張遼(ちょうりょう)

孫呉の軍勢がやってくれば必ず勝利を収めていた満寵などです。

彼らは孫呉キラーとして有名ですが、

蜀軍を相手に連戦連勝した人物はいないのでしょうか。

そんなことはありません。ちゃんと蜀軍キラーとして有名な武将がおりました。

 

 

・黒田長政はすごい人?それとも親の七光りで出世した人?

 

黒田官兵衛(くろだかんべえ)の息子・黒田長政(くろだながまさ)。

父親は秀吉の天下取りを支えた稀代の軍師として天下で彼の名前を知らない人はいないぐらい

有名な人物でした。

この父親の後ろ姿を見て育った長政。

 

 

・幻の必殺陣形・八卦の陣とは?三国志演義と諸葛亮孔明の八陣図

 

戦場において陣形というものは大切です。

攻撃重視の陣もあれば、守備に徹する陣形もあります。

例えば諸葛亮孔明が考案したといわれる「鶴翼の陣」。

敵を包み込んで叩く陣形ですが、敵よりも兵数が優っているときに使用します。

この鶴翼の陣を破るのに適しているのが「魚鱗の陣」です。中央突破の攻めの布陣です。

こういった陣形を変形させながら戦うのが戦場という場所なのです。

今回はこの陣形について触れていきます。

 

 

・五丈原の戦いの裏側で活躍した魏の満寵とは?前編

 

西暦234年2月、蜀の諸葛亮孔明は10万の兵を引き連れて五丈原に陣を張ります。

対峙するのは魏の大将軍・司馬懿仲達。

諸葛亮孔明は挑発行為を仕掛けますが、司馬懿仲達は動きません。

100日ほど過ぎて諸葛亮孔明が陣中にて病没します。

ここであの有名な「死せる孔明、生ける仲達を走らす」イベントが発生するのですが、

この時、五丈原の戦いの裏側、つまり呉と魏の戦いのほうはどうなっていたのでしょうか。

 

 

・【三国志の民話】世論に逆らうな!曹操の民心掌握術

 

日本に桃太郎、金太郎のような昔話のヒーローがいるように、中国では三国志の英傑が

昔話に登場し、道徳や正義や人として生きる道を指し示すのに一役買っています。

その中でも曹操(そうそう)は、様々な形で各地の民話に登場しているのです。

今回も、三国志中国伝説の中の英傑から、思わず納得する曹操の民話を紹介しましょう。




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尹夫人 曹操

 

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