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戦国時代 (日本)

明智光秀について(3)本能寺の変を決意

この記事の所要時間: 211




明智光秀

 

明智光秀(あけちみつひで)について生い立ちから本能寺(ほんのうじ)の変を決意するまでの過程を3回に分けて取り上げました。

1回目は『明智光秀について(1)―生い立ちと15代将軍足利義昭(あしかがよしあき)の家臣になるまで―』で、明智光秀が牢人(ろうにん)として美濃国に生まれてから

足利義昭の家臣になるまでの経緯を取り上げました。

大河ドラマなどで見るのは足利義昭の家臣になってからの明智光秀で、青年期の光秀はほとんど知られていないことを指摘しました。

2回目は『明智光秀について(2)―織田信長(おだのぶなが)と出会ってから室町幕府滅亡まで―』で、光秀が将軍足利義昭と信長の家臣となってから義昭と決別し、

信長専属の家臣になるまでの経緯を取り上げました。

今回は、順調に出世していた光秀が信長を裏切り、本能寺の変を決意するまでの経緯を取り上げます。

 

関連記事:本能寺の変に黒幕はいなかった!衝撃の明智光秀単独犯説

関連記事:【織田信長が明智光秀に殺害される】謎に包まれた本能寺の変:黒幕は誰だ?

 

 

織田信長の家臣として出世した明智光秀

織田信長の家臣として出世した明智光秀

 

明智光秀は室町幕府滅亡後、坂本城の城主となり、織田信長の家臣として京都の市政を担当しました。

石山本願寺などの一向一揆との戦いや丹波国への侵攻などで活躍します。

丹波国への侵攻については波多野秀治(はたのひではる)が抵抗したことにより長期化しました。

最初に亀山城(現在、京都府亀岡市にある亀岡城)を落とし、丹波攻めの拠点としました。

1579年に八上城を落とし、同じ年に黒井城を落としました。

丹波国を平定したことで、信長から丹波国1国を所領として与えられました。

丹波国1国を与えられただけでなく、1581年に光秀は京都御馬揃(おうまそろ)えの運営を任されました。

1582年に天目山の戦いで武田勝頼を討伐するために信長の嫡男織田信忠とともに出陣しています。

光秀は信長から信頼されていた家臣だったと考えられます。

 

 

なぜ、明智光秀は織田信長を裏切ったのか?

本能寺の変

 

明智光秀は織田信長を裏切った動機について、直接書かれた史料がないため推測として考えられることを取り上げます。

1つめは徳川家康(とくがわいえやす)饗応役(きょうおうやく)を解かれ、坂本城と丹波国を取り上げられたことです。

代わりに、石見国などが与えられましたが、石見などは毛利の所領であり、戦いで奪い取れという内容でした。

これが本能寺の変の直接的な動機といわれています。

 

大河ドラマなどでは、徳川家康が安土城を訪れたとき、饗応役だった光秀が足蹴りされるシーンを見たことがあると思います。

2つめは丹波国平定にあると考えられます。波多野秀治に光秀の母親を人質として出していました。

人質として出していた母親が波多野秀治に殺されたことが本能寺の変の動機となっていると考えられます。

他に、豊臣秀吉(とよとみひでよし)または秀吉の家臣だった黒田官兵衛(くろだかんべい)が光秀に本能寺の変を決行させたという説もあります。

 

戦国時代ライターオフィス樋口の独り言

戦国時代ライターオフィス樋口の独り言

 

今回は明智光秀が本能寺の変を決意するまでの経緯と動機について取り上げました。

明智光秀は織田信長を裏切った動機については直接書かれた史料がないため、「なぜ、明智光秀は織田信長を裏切ったのか?」では

これまでに可能性の高い有力な説を取り上げました。

司馬遼太郎の著書では、織田信長を新しい発想を取り入れるという点で革新派、明智光秀を旧来からの朝廷の慣習を守るという点で保守派として

それぞれ取り上げています。

信長と光秀の考えの違いが潜在的な対立となり、本能寺の変に至ったのかもしれません。

2020年の大河ドラマ『麒麟(きりん)がくる』では、本能寺の変を決意する動機としてどの説を中心に話を展開するのか気になります。

この記事では、本能寺の変の概要と山崎の戦いについては取り上げていません。

山崎の戦いでなぜ明智光秀は負けたのか気になる読者はいると思います。

山崎の戦いで明智光秀は負けましたが、山崎の戦い後の光秀とその家族や家臣も気になると思います。

本能寺の変と山崎の戦いについては『本能寺の変と想定外の山崎の戦い』で取り上げます。

 

関連記事:【センゴク】信長の仇討ちで秀吉についたのは、神戸、丹羽、掘、蒲生 いずれも名将で明智オワコンに・・

関連記事:山崎の戦いってどんな戦いだったの?明智光秀VS羽柴秀吉が激突した戦

 

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オフィス樋口

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自己紹介:フリーランスで予備校の講師をしています。
歴史が好きで、予備校では主に日本史を指導しています。
センター試験の点数を40点台から80点台に伸ばした実績があります。

好きな歴史人物:徳川慶喜(理由:多趣味であることが共通しているから)

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