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本能寺の変と想定外の山崎の戦い【明智光秀の誤算】

この記事の所要時間: 210




明智光秀

 

明智光秀()について(3)―本能寺()の変を決意―では、明智光秀が本能寺の変を決意するまでの経緯と動機について取り上げました。

史料に本能寺の変を起こす動機が直接書かれていないため、これまでに有力とされてきた説として、徳川家康(とくがわいえやす)饗応役(きょうおうやく)を解かれたことや

丹波国平定で人質として出していた母親が殺されたことを取り上げました。

今回は本能寺の変から山崎の戦いまでの経緯(けいい)を時系列で取り上げます。明智光秀が山崎の戦いで負けた原因も取り上げます。

 

関連記事:山崎の戦いってどんな戦いだったの?明智光秀VS羽柴秀吉が激突した戦

関連記事:【センゴク】想定外!織田信長を討った明智光秀の誤算ってなに?

 

 

本能寺の変とは?

本能寺の変とは?

 

本能寺の変は1582年6月2日の未明に起こりました。

明智光秀は中国地方の毛利輝元(もうりてるもと)を攻めるために亀山城から出雲・伯耆(ほうき)(いずれも現在の島根県)に向かうはずでした。

光秀は京都の沓掛で、休息をとります。近くの神社で大吉が出るまでくじを引きました。

大河ドラマなどでは光秀が「敵は本能寺にあり」と叫ぶシーンがあり、あたかも実際にあったかのように伝えられています。

しかし、実際、光秀は「敵は本能寺にあり」と言っていません。

江戸時代の『明智軍記』に書かれた内容で俗説ですが、誤って実際にあったと伝えられたと考えられます。

光秀の軍が本能寺を包囲すると、信長を襲います。

信長は森蘭丸(もりらんまる)から明智の軍勢と見受けられるという報告を受けると、是非に及ばずという言葉を残して、本能寺に火を放ち自害しました。

この記録は太田牛一(おおたぎゅういち)が当時本能寺にいた女中らに話を聞いて、『信長公記』にまとめました。

 

 

想定外の山崎の戦い

想定外の山崎の戦い

 

明智光秀は本能寺の変の後に起こった山崎の戦いで豊臣秀吉(とよとみひでよし)に負けました。

三日天下といわれています。

光秀は本能寺の変の後についてどのようにシミュレーションをしていたのでしょうか。

ここでは、明智光秀にとって山崎の戦いの想定外の内容について取り上げます。

明智光秀は本能寺の変で信長を自害に追い込むと、安土城を占領しました。

安土城に火を放ち落城したといわれています。

細川藤孝

細川藤孝(ほそかわふじたか)(幽斎)

 

光秀は細川忠興(ほそかわただおき)筒井順慶(つついじゅんけい)らに味方につくように書状を送りました。

細川忠興については娘の(たま)(後の細川ガラシャ)が嫁いでいることから味方になってくれるだろうという期待があったと考えられます。

大和国の筒井順慶についても味方になってくれるだろうと期待していたと考えられます。

しかし、細川忠興は父幽斎(ゆうさい)ともに光秀の軍に従わないことを決めました。

筒井順慶らも光秀に賛同しませんでした。

賛同しなかった要因として、主君を裏切ったということが心証を悪くしたと考えられます。

豊臣秀吉は信長の仇を討つとして備中(現在の岡山県)の高松城からわずか2日間で京に引き返しました。

この秀吉の引き返しのことを中国大返しと呼んでいます。

大河ドラマなどでは、マラソンやトライアスロンのように走りながら給水または食事を摂っているシーンを思い出す人がいると思います。

山崎で秀吉の軍と光秀の軍が衝突します。

この戦いのことを山崎の戦いといいます。

秀吉による中国大返しと光秀に兵が集まらなかったことにより、山崎の戦いは秀吉の軍が勝利しました。

この戦いの場所が天王山であったことから、この天下分け目の戦いのことを「天王山」と呼ぶようになりました。

現代でも野球やサッカーの試合で優勝を決める重要な戦いのことを「天王山」という言葉を使うことがあります。

 

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戦国時代ライターオフィス樋口の独り言

戦国時代ライターオフィス樋口の独り言

 

今回は本能寺の変と山崎の戦いについて取り上げました。

山崎の戦いで豊臣秀吉が勝利すると、秀吉は天下統一に向けて動きます。

秀吉の死後、関ヶ原の戦いで徳川家康が勝利すると、家康は江戸幕府を開き、約260年続く長期政権となりました。

一方で、敗れた明智光秀について取り上げます。

明智光秀は山崎から坂本城に帰る途中、農民らによって殺害されたといわれています。

明智光秀の家族・家臣については『山崎の戦い後の明智光秀の家族・家臣』で取り上げます。

 

関連記事:本能寺の変に黒幕はいなかった!衝撃の明智光秀単独犯説

関連記事:【センゴク】明智光秀へ「ありがとう」と感謝しなくてはならない大名達を紹介

 

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オフィス樋口

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自己紹介:フリーランスで予備校の講師をしています。
歴史が好きで、予備校では主に日本史を指導しています。
センター試験の点数を40点台から80点台に伸ばした実績があります。

好きな歴史人物:徳川慶喜(理由:多趣味であることが共通しているから)

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