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[1月11日は聖徳太子が冠位十二階を導入した日]古代日本の革命

2025年1月11日


17条の憲法を定めた聖徳太子

 

603年1月11日、聖徳太子が制定した「冠位十二階」は、日本初の公務員制度ともいえる画期的な仕組みでした。この制度は、家柄や血筋に関係なく才能や功績で役職が与えられるもので、階級は「徳・仁・礼・信・義・智」の6つの徳を基にした12段階に分けられていました。

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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なぜ導入されたのか?

当時の日本は豪族が権力を握り、国の運営に混乱をきたしていました。聖徳太子は中国の影響を受け、優秀な人材を公平に登用することで国力を高めようと考えたのです。この思想は「人材登用の公平性」を初めて意識したものとされています。

 

 

冠の色で一目瞭然!

階級ごとに冠の色が決まっており、たとえば最高位の「大徳」は紫色、次いで「小徳」は青色など、視覚的にその人の地位が分かる仕組みでした。このシステムは、のちの日本の官僚制度にも影響を与えました。

 

現代に息づく聖徳太子の思想

「能力主義」の概念は現代社会にも通じます。冠位十二階は、人を公平に評価しようとした聖徳太子の先進的な試みだったと言えるでしょう。

 

まとめ

聖徳太子が生み出した冠位十二階、その背景や影響をさらに掘り下げてみたくありませんか?彼の功績は、今の日本社会にも大きな影響を与えているのです!

 

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