広告

[5月20日は成田空港が開港日]開港まで13年の攻防!成田空港の知られざるドラマ

2025年5月20日


飛行機(プロペラ)に乗るkawausoさん

成田空港が正式に開港したのは1978年5月20日。しかしその道のりは平坦ではなく、計画発表から実に13年もかかりました。なぜか?理由は地元住民の反対運動。空港建設に対し、農地を守るために住民たちは徹底抗戦。機動隊と衝突する“成田闘争”へと発展しました。

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


【誤植・誤字脱字の報告】 バナー 誤字脱字 報告 330 x 100



【レポート・論文で引用する場合の留意事項】 はじめての三国志レポート引用について



空港なのに…滑走路が1本でスタート?


世界のハブ空港を目指した成田空港ですが、開港当初は滑走路1本、しかも予定の半分の長さでした。本来の滑走路が反対運動で使えず、急きょ短い滑走路で運用開始。現在もその名残で、A滑走路とB滑走路の位置関係が特殊なままです。

飛行機に乗るとき、空港の「物語」にも思いを馳せてみては?


あなたが成田を利用するとき、ただの空の玄関口ではなく、多くの人々の想いと歴史の積み重ねがある場所だと感じてみてください。成田空港の背後にある“もうひとつの物語”、もっと知りたくなりませんか?

  • この記事を書いた人
  • 最新記事

-外部配信