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漢方薬には意外な歴史があった!?漢方薬の原型や雑学豆知識

2019年2月18日


 

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華陀と麻沸散

 

 

漢方薬(かんぽうやく)といえば中国数千年の叡智(えいち)が詰まった体に優しい薬というイメージが強いですよね。病院でも普通の薬ではなく漢方薬の処方を希望する人がたくさんいるほど人気があります。しかし、私たちが良く見かけるあの漢方薬は日本風にアレンジされたもので本場中国の伝統が詰まった薬とはまた違うものなのだとか…!私たちが良く知る漢方薬は一体何者なのでしょうか?今回は漢方薬の真の姿に迫っていきたいと思います。

 

 

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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春秋戦国時代には漢方薬の原型といえるものが処方されていた

キングダム 戦国七雄地図

 

漢方薬は中国の薬ではないと断言する人もいますが、その起源はやはり中国に求めることができるでしょう。中国で薬を使った治療が行われはじめたのは春秋戦国時代(しゅんじゅうせんごくじだい)であると言われています。加持祈祷(かじきとう)によって病を治すことが主流だった時代に一石を投じたのは扁鵲(へんじゃく)という医者だったと言われています

 

韓非

 

 

扁鵲は漢方医の始祖とも言える人物で、『韓非子(かんぴし)』や『史記(しき)』にその活躍ぶりを記されています。彼は「どうすれば治らないか」に焦点を当てた「六不治(ろくふち)」という概念を唱えていたのですが、その中に次のようなものがあります。

 

身体が衰弱しきって薬を服用できない状態

 

この言葉に鑑みるに扁鵲は薬を服用することを推奨していたことが窺えます。この薬というのは漢方薬の原型ともいえる存在だったと考えられるのではないでしょうか。

 

 

 

薬の材料は草や金属物質

スーパーDr華佗07 尹正

 

漢代にもなると神仙思想(しんせんしそう)が発達して方術が盛んになり、医学書がたくさん編まれるようになります。中でも有名なのは中国最古の医学書『黄帝内経(こうていだいけい)』や伝染病について調べた張仲景(ちょうちゅうけい)による『傷寒論(しょうかんろん
)
』、365種もの薬について説明している『神農本草経(しんのうほんぞうきょう)』です。

 

中国最古の薬物学書『神農本草経』

 

 

『神農本草経』ではあらゆる薬が上品・中品・下品に分けて解説されています。上品は無毒で長期服用しても問題の無い薬、中品は長期服用をすると毒になり得る薬、下品は毒が強いので長期服用できない薬です。できれば上品の薬を飲みたいところですが、「毒を以て毒を制す」という考えがあったので、酷い病に苦しんでいた人には下品の薬も処方されていたようです。

 

病に倒れる始皇帝

 

 

薬の材料は書物に「本草」という言葉が冠されていることからわかるように、基本的に草です。しかし、時には金属物質も薬の材料として使われていたようです。ちょっと時代が戻りますが秦の始皇帝も水銀を薬として飲んでいましたよね。

 

 

こんにちは西洋

 

 

明代に最強の薬学書『本草綱目』が編まれる

同年小録(書物・書類)

 

薬学についての研究はその後も続けられていき、たくさんの本草書が編まれましたが、明代に至ってついに本草学の集大成ともいえる『本草綱目』が完成します。名医・李時珍(りじちん)が著したこの書物には1892種の薬が掲載されており、その作り方や効能までつまびらかに記されています。この『本草綱目』は中国国内で何度も出版されただけでなく、日本にも積極的に輸入され日本の本草学にも大きな影響を与えました

 

 

日本式漢方薬が中国で大流行!?

華佗

 

『本草綱目』が輸入された後鎖国によって外国との交流が制限された日本では独自の薬学が発展することになりました。その結果生み出されたものこそが私たちが良く知る漢方薬であると言われています

 

西洋医学が輸入されてからは漢方薬は一時見向きもされなくなってしまいますが、昭和の時代になってからは少しずつその人気が回復してきてエキス剤になるまでに発展し現代に至っています。一方、本家の中国では伝統的な薬のことを中薬と呼んで昔のように煎じ薬や丸薬として飲んでいる人が多いようです。しかし、中国では日本独自の漢方薬が話題になっており日本式漢方薬を求めてわざわざ日本にやってくる中国人がたくさんいるのだとか。所謂「逆輸入」状態になったわけですね。

 

 

三国志ライターchopsticksの独り言

三国志ライター chopsticks

 

漢方薬といえば中国のイメージですが、漢方薬を完成したのは日本だったのですね。それでも、その軌跡を辿ってみれば中国数千年の叡智が詰まっていることは間違い無さそうです。日本の漢方薬が人気とのことですが、もし機会があれば本家本丸の中薬というものを見てみたい気がします。なんとなく飲みたくはないですけどね。

 

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君主論

 

 

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清朝考証学を勉強中。 銭大昕の史学考証が専門。 片田舎で隠者さながらの晴耕雨読の日々を満喫中。 好きな歴史人物: 諸葛亮、陶淵明、銭大昕 何か一言: 皆さんのお役に立てるような情報を発信できればと思っています。 どうぞよろしくお願いいたします。

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