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ロシア軍の北東部攻勢つまづく![ロシア兵数十人が捕虜に]

2024年6月19日


 

2024年5月10日、ウクライナ北東部ハルキウ州への越境攻撃を開始し、あらたな戦端を開いたロシア軍。しかし、それから1ヵ月で攻勢はつまづいた模様です。ウクライナ軍は、ロシアとの国境に近い北東部ハルキウ州ボウチャンシクでロシア兵数十人を捕虜にしたと発表しました。数十人単位でロシア兵が捕虜になる事は珍しく、ウクライナ軍へ包囲され逃げ遅れたロシア兵が大勢出た事が原因のようです。

 

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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ボウチャンシクの工場を開放

日本史01 煙を吐く工場

 

ウクライナのシンクタンク防衛戦略センターによると先週末から同日にかけて激戦でウクライナ軍はボウチャンシク中心部のボウチャンスキー骨材工場及びその周辺で最大400人のロシア兵を包囲。ロシア軍は救出を試みますが失敗しロシア兵30人が捕虜になりました。

 

 

戦闘の経緯

世界史02 爆発が起きる都市 モブ

 

ロシア軍は5月10日、数万規模の兵力をウクライナ北東部に投入しました。国境付近の村々は防御の手薄であったため、ロシア軍はあっさりと占領。次に大型の都市であるボウチャンシクに向けて進撃します。ボウチャンシクは、ハルキウ市方面に進撃した際に最初に現れる都市でした。ウクライナ軍はボウチャンシクを防戦の場に選び、精鋭の第82独立空中強襲旅団及び数個旅団を投入。数週間の激闘の末、ボウチャンシク中心部を東から西へ流れるボウチャ川の北でロシア軍の進撃を食い止める事に成功しました。この事態を受けて、ロシア軍は再集結。2個大隊に相当の数百人の歩兵がボウチャ川の右岸のあるボウチャンスキー骨材工場に攻め込みます。ロシア軍は頑強な骨材工場を足場として渡河作戦を開始し、ボウチャンシク南部への侵入を試みました。しかし、ウクライナ軍は骨材工場の西側を攻撃しつつ北へ数ブロック前進。工場内のロシア軍部隊400人は西の味方部隊と分断されます。ロシア軍は工場に孤立したロシア兵を救出しようとしますが、30名余りは救出できず、そのままウクライナ軍に投降したようです。

 

 

ロシア軍、ハルキウ侵攻は無残な失敗か

世界史02 プーチン風大統領

 

当初から、本格的侵攻には兵力と装備が不足しているとウクライナ軍から指摘されていたロシアのハルキウ方面侵攻軍。今回、30名近くの捕虜が出たため、戦力不足が完全に露呈してしまった形です。もっともウクライナ軍としても奪われた領土を奪還できたわけではないので、予断を許さない状況ですが、ロシア軍が今後もハルキウへ大規模侵攻を続けるのは、難しい状態かも知れません。

 

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kawauso

台湾より南、フィリピンよりは北の南の島出身、「はじめての三国志」の創業メンバーで古すぎる株。もう、葉っぱがボロボロなので抜く事は困難。本当は三国志より幕末が好きというのは公然のヒミツ。三国志は正史から入ったので、実は演義を書く方がずっと神経を使う天邪鬼。

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