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ミイラの呪い?ツタンカーメンの[墓]にまつわる伝説

2024年7月11日


歴代皇帝の墓を暴こうとする韓遂の兵士

 

 

1922年、エジプトの考古学者ハワード・カーターがツタンカーメン王の墓を発見しました。この発見は考古学界に大きな衝撃を与え、ツタンカーメンの黄金のマスクなどの豪華な財宝が注目されました。しかし、この発見には「ミイラの呪い」が伴うという噂が広まりました。

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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ミイラの呪いの始まり

世界史02 爆発が起きる都市 モブ

墓を発見した直後から、発掘に関わった人々が次々と不運な出来事に見舞われました。カーターのスポンサーであったカーナヴォン卿は、墓の発見から数か月後に謎の病気で急死しました。これが「ミイラの呪い」の噂をさらに広めることとなりました。

 

 

科学的な解明

「ミイラの呪い」は実際には科学的に説明できることが多いです。例えば、墓の中には長い間封じ込められた細菌やカビが存在し、それが発掘者たちに健康被害を与えた可能性があります。また、呪いに関連する出来事も統計的には特に異常ではないことが判明しています。

 

 

ツタンカーメンの謎と魅力

 

ツタンカーメン王の墓は、エジプト学の研究において非常に重要な発見でした。その遺物や壁画は古代エジプトの文化や生活様式を深く理解する手がかりとなっています。また、ツタンカーメンの短い生涯や謎めいた死因も、歴史ファンや考古学者にとって魅力的な研究対象です。

 

 

まとめ

 

ツタンカーメンの墓にまつわる「ミイラの呪い」は、多くの人々の想像力をかき立てる伝説です。次にエジプトの歴史に触れる機会があれば、この呪いの話とともに、古代エジプトの奥深い魅力にも思いを馳せてみてください。

 

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