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劉備と曹操が揃って被害者?[酒を煮て英雄を論ず]は、もう少し知的な内容

2023年10月29日


酒を飲む曹操と劉備

 

三国志演義には、酒を煮て英雄を論ずという回があります。ある時、曹操と共に酒を飲んでいた劉備が曹操に「この乱世に英雄と呼べる人物は誰か?」と質問され、様々な群雄の名前を挙げるも、曹操に反論され、最期に曹操に「この世に英雄は君と余だけだ」と言われ、内心を見透かされた劉備は思わず箸と匙を落してしまいます。ここで、劉備は、折よく鳴った雷鳴にかこつけ地面にうずくまり「私は雷が怖いのです」と嘘をつき首尾よく曹操の警戒心を解くという有名なお話です。

 

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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本当は、こんな子ども騙しではなかった

曹操と劉備

 

しかし、いかにも分りやすく、それだけに「本当にこんなので曹操が欺かれるか?」と感じるバカっぽいこの話、正史三国志では、もう少し知的な話として紹介されています。この話は、陳寿の三国志にはなく、裴松之が補完した資料である華陽国志に出ている資料が元になっています。そこでは、劉備が雷に怯えて箸と匙を落したという単純な内容だけではなく、劉備は以下のようなセリフを発しているのです。「聖人は、迅雷風烈は必ず変ずと言いましたが良言であります。一震の威がこれほどの物であろうとは」

 

 

劉備の難しいセリフは論語由来

孔子と儒教

 

さて、皆さん、劉備の言った意味が分るでしょうか?恐らくピンとこないと思います、無理もない話で、これは論語に出てくる故事で論語を読まないと分らない話なのです。論語は、孔子の言行録を弟子が記録したものです、その中には、「斉衰の者を見ては、狎(な)れたりと雖(いえど)も必ず変ず」という言葉が残っているのです。

 

 

孔子は自然現象にも敬意を払う

孔子

 

ここにある「変ず」とは態度を改めるという意味になります。孔子は、公私のケジメがしっかりした人であり、それが親しい友人であっても冠婚葬祭の行事の時には、慣れ合いをせず、ピシッと敬意を払いました。同じ理由で、孔子は雷鳴や暴風雨のような自然現象も、何らかの天の意志であると考えわざわざ正装に着替えて、姿勢を正し敬意を払ったのです。

 

 

劉備は論語を引用し知的に誤魔化した

雷怖くない 能ある劉備

 

劉備は、雷鳴にびっくりして、思わず箸と匙を落したと見せかけ、「いやあ、孔子が敬意を払うだけの事はあり、さすがは雷の威力は凄いですな」等とおどけて見せ、自分の臆病さを孔子の故事に引っ掛ける事で矮小化します。こうして曹操に(劉備は英雄のような大それた事が出来る人間ではなく、精々小利口者で終わる)と思わせ猜疑心を回避したのです。

 

 

しかし分かりにくいので全カット

三国志演義の作家 羅貫中

 

三国志演義は、この華陽国志を下敷きに「酒を煮て英雄を論ず」の回を産みだします。しかし、文字の読めない当時の一般の大衆が論語を読んでいるという事は余りありません。そこで、三国志演義の作者は、ある段階で劉備が演じた小利口者をPRするセリフをバッサリ切り、ただ、劉備が雷に驚いたフリをして、箸を落すというシンプルな展開にしたのです。劉備や曹操からすれば、俺達はもう少し知的な会話をしているよと文句を言いたくなるでしょうが、この分かりやすさが三国志を21世紀まで残る娯楽大作にした要因なのです。

 

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kawauso

台湾より南、フィリピンよりは北の南の島出身、「はじめての三国志」の創業メンバーで古すぎる株。もう、葉っぱがボロボロなので抜く事は困難。本当は三国志より幕末が好きというのは公然のヒミツ。三国志は正史から入ったので、実は演義を書く方がずっと神経を使う天邪鬼。

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