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[10月25日は島原の乱が勃発した日]悲劇と信仰の衝突!島原の乱とは?


日本史上最大の一揆の総大将となった16歳の天草四郎

 

1637年10月、長崎県と熊本県にまたがる島原半島で、農民たちが一斉蜂起しました。この事件は「島原の乱」として知られ、過酷な年貢の取り立てや領主の圧政に苦しんでいた農民たちが中心となり、キリシタン(キリスト教徒)信仰を持つ人々が参加したことで大規模な反乱に発展しました。

 

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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キリシタンの信仰とリーダー天草四郎

神秘的な佇まいとカリスマ性を帯びた天草四郎

 

島原の乱の指導者となったのは、天草四郎という少年でした。彼は16歳という若さでありながら、キリシタンたちの信仰の象徴として崇められ、農民たちの指導者として立ち上がります。四郎は奇跡を起こすと信じられており、彼を中心に約37,000人が立てこもり、幕府軍に抵抗しました。

 

 

江戸幕府の強力な対応と最終的な結末

幕末 大砲発射

 

幕府はこの反乱を危険視し、大規模な軍を派遣して鎮圧に乗り出しました。乱は数か月にわたって続きましたが、最終的に幕府軍の圧倒的な力によって鎮圧され、多くの命が失われました。これにより、キリスト教の弾圧はさらに強化され、日本国内でのキリスト教の信仰は長い間地下に潜むことになりました。

 

 

まとめ

天草四郎

 

島原の乱は、信仰と圧政が絡み合った悲劇的な出来事です。天草四郎のカリスマ性は今でも語り継がれていますが、乱が引き起こした影響は日本の歴史に深い爪痕を残しています。信仰と反乱、その意味を考え直してみませんか?

 

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