青州から発生した黄巾の残党の群れは百三十万。
無論賊徒の群れに過ぎず、飛蝗と同じで目前の食料を食い漁るのみで兵站などはない。
ただ前を向いてがむしゃらに進んでくる。
兗州の刺史である劉岱は皇族の血を引く名士で、勇敢であった。
将を欠く黄巾の群れなど恐れるに足らぬと騎馬に乗り先頭を駆けて賊徒の先陣を叩いた。
同数であれば官軍が負ける道理はない。
倍の人数を相手にしても劉岱は勝っていたであろう。
しかし、血気にはやった劉岱は兗州各地から集まってくる兵を待たずに
八万を率いて百万以上の敵に真っ向からぶつかったのである。
当初は勢いに任せて押していたが、あっという間に包囲され、
劉岱ら将兵はズタズタに斬り殺されてしまった。
前回記事:【第2話】戦え!于禁文則ん「李典曼成」
東郡の太守である曹操が三万の兵を率いて州都に到着した時には、劉岱の亡骸は黄巾の残党どもの胃袋のなかであった。
黄巾の残党の群れは食えるものは何でも食った。
村にある馬や牛をはじめ、家の壁に塗り込まれている藁まで食い尽くす。
逃げ遅れた村民も焼かれて食われ、討ち取られた官軍の兵も例外なく黄巾の賊徒の歯牙にかかった。
大将の劉岱を討たれて、退却した官軍の兵は二万に過ぎず、
約六万の人間が黄巾の残党の群れのなかで血しぶきをあげながら果てていったことになる。
「鮑国相、敵は人に非ず、魔物の類です」
曹操は済北国の国相である鮑信にそう話した。鮑信も頷いて、
「確かに曹太守の言葉の通り。しかし、このまま指をくわえて敵の進軍を見ているだけでは兗州の領地は飛蝗の通った跡のようになる。
いや、それ以上に惨いことになろう」
「敵は日夜を問わずに歩き続け疲労困憊のはず。
特に州刺史である劉岱を討ったことで気が緩んでいるでしょう。夜襲をかけるには今晩が最適です」
曹操は鮑信に対して常に敬語で対した。というのも、
この東郡の太守の座も鮑信の根回しがあったからこそのものであったからである。
曹操なりに恩義を鮑信に感じていた。
鮑信は曹操の発案に同意し、その夜に奇襲攻撃を仕掛けた。
夜襲は見事に成功し、約二万の賊徒の首を討った。
それでも敵はまだ百万以上の大軍である。
曹操は果敢に奇襲攻撃を提案した。
曹操は奇襲攻撃を仕掛けるたびに黄巾の残党に損害を与えていったが、
やがて作戦を見破られて包囲されることとなった。
傷ついた将兵から飢えた黄巾の残党の餌食となっていく。
鮑信は城にあってこれを見て、軍閥の李乾を呼んで救出の作戦を練った。
「東南より突破し、包囲網に穴を開けるより手段がありませんな。しかしこれは自殺行為に等しい」
李乾はそう答えた。鮑信は首を横に振って、
「兗州の民の危機にあって駆け付けた曹太守を見殺しにしたとあっては、この鮑信の義がたたぬ。
ここは我が命にかけても曹太守を救出するつもりだ」
李乾も朋友の言葉に涙を流して同意するのであった。
鮑信と李乾の兵、二万五千は城を出陣し、黄巾の賊徒の群れの東南より攻め込んだ。
攻め込んだ兵の中には、于禁文則の姿もあったし、
その横には李典曼成も槍を構え必死の形相で突撃を仕掛けていく。
甲冑に身を固めた官軍と違い、黄巾の残党は黄色の布を頭に巻いているだけで軽装である。
武器もバラバラで農具を持った者もいれば、
官軍から奪った剣や槍を振り回している者もいたが、ほとんどが素手であった。
しゃにむに飛び込んできて官兵を押し倒して首筋に食らいつく。
まさに獣同様の動きである。賊徒の群れの口元は人の血で濡れていた。
六人の黄巾の残党が李典に襲い掛かった。李典はすかさずひとりの喉を槍で貫き、
槍の柄でもうひとりの首筋を打った。
駒のような動きで槍を扱い、残りの賊徒も刺し、打ち倒す。
しかし敵は途切れることなく襲い掛かってくる。
さらに六人が李典に一斉に襲い掛かる。四人までは討ち倒したが、
残り二人に足と腰を取られて地面に倒された。
汚れた歯をむき出しにして李典の首に食らいつこうとした、
その時、于禁の矢がその男の首を撃ち抜いた。
もうひとりも額に矢を受けて仰向けに倒れた。
この時、すでに寄せ手の大将である鮑信は黄巾の牙にかかり命を落としていた。
【3話完】