【シミルボン】これは意外!モノマネが大好きだった三国志の人々

2016年11月12日


 

シミルボン

 

※こちらの記事は「シミルボン」専用オリジナルコンテンツです。

 

曹操 バカ殿

 

松村邦洋さんと言えば、NHK大河ドラマに題材を取った

歴史人物モノマネをレパートリーに持っています。

まぁ大河ドラマは、あくまでも歴史人物に成り切ったお芝居なので

正確にはモノマネの真似という事になるのですが・・

さて、そのようなモノマネ、実は三国志の時代にもブームだったのです。

 

監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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実は士大夫の間で大流行だったモノマネ

劉備

 

繰り返しになりますが、三国志の時代にも、モノマネは大流行していました。

あんな難しい顔をしていた人達が何のモノマネするの?と思うかも

知れませんが、意外や意外、宴会で悪乗りしたりしています。

 

漢書によると、後漢の時代の檀長卿(だんちょうけい)という人物は

九卿の小府(しょうふ)という最上級の貴族の位にありましたがモノマネ大好き

ある権力者が開いた宴会でお得意の猿と犬が戦うモノマネを披露して

一座の大爆笑を取ります。

 

原文:長信少府檀長卿起舞,為沐猴與狗鬥,坐皆大笑

 

しかし、どこにでも居る笑いが分らない蓋寛饒(がいかんよ)という諫言の士が

それを見ていて、憤慨し皇帝に告げ口したので、檀長卿は長い間、

牢獄に入れられたそうです。

良かれと思ってやったモノマネで投獄されるとは、割に合わないですね。

 

参考文献:漢書

 



猿や胡人、老人のモノマネをした傅玄

西遊記 孫悟空

 

さて、少し時代が下り、三国の一つ、魏の官僚で魏書を現した

傅玄(ふげん:217~278年)もモノマネ好きでした。

彼の場合、檀長卿とは違い、普段は物静かで諫言もするような堅い人なのに、

一方では演劇や面白い芝居などが大好きで、また自分もそれに影響されて、

モノマネをしてしまうという愉快な趣味人でした。

 

宴会がたけなわになると、それまで大人しく飲んでいた傅玄が豹変、

赤い頭巾をかぶり、赤い布の靴下を履いて、唇を真っ赤に塗り、

猿そのものの姿になり、眉を吊り上げたり、顔をしかめたり、

手を上下で叩いてみたり、、猿の動きをそのまま真似てみせたのです。

 

40代以上の世代には、懐かしい加トちゃんの、

ちょっとだけよ~ あんたも好きネェが始まりそうな勢いです。

 

傅玄は、そればかりではなく、胡児(こじ)という外国人の真似や、

お年寄りのしぐさなども真似るなどレパートリーも多く、

かなりの芸達者でした。

あのように激しい戦乱の時代に、一方では傅玄のような人がいて、

宴会芸で猿のモノマネをしていたなんて、意外な感じがしますね。

 

シミルボン

 

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kawauso

kawauso

台湾より南、フィリピンよりは北の南の島出身、「はじめての三国志」の創業メンバーで古すぎる株。もう、葉っぱがボロボロなので抜く事は困難。本当は三国志より幕末が好きというのは公然のヒミツ。三国志は正史から入ったので、実は演義を書く方がずっと神経を使う天邪鬼。

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