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西郷隆盛が西南戦争を起こした理由とは?

この記事の所要時間: 78




 

レンです。

いつも私の記事を見てくれているはじめての三国志の読者様。

本当にありがとうございます。

今回はエイプリルフールという事で、三国志に関係ない記事を書いていこうと思います。

 

 

突然ですが、皆さん上野公園にある西郷隆盛の銅像を見たことがありますか。

西郷さんは犬を二匹連れて立っている銅像ですが、

実はこの銅像彼をイメージした銅像で本物の彼ではありません。

なぜ西郷隆盛の銅像の話をしたのか。

それは今回彼に関係することを記事にするからです。

題してはじめての西南戦争(せいなんせんそう)です。

この戦争の原因は大久保利通(おおくぼとしみち)達と西郷さんが韓国をめぐって

喧嘩したことが原因であるそうですが、

レンは違うのではないのかとずっと考えておりました。

じゃあレンは西郷隆盛が明治政府に反乱を起こした原因ってなんなのと聞かれれば

このように答えます。

それは「軍事演習と武士の反乱を無くすため」と言わせてもらいます。

では何を根拠に答えるのでしょうか。

今回ははじめての三国志エイプリルフール企画

「西郷さんが西南戦争を起こした理由について」のレンの私見を

書いていきたいと思います。

少し長いですが、お楽しみいただければ幸いです。




西南戦争を起こした理由【Wiki情報】

 

そもそも西南戦争とは一体何なのでしょうか。

スマホが普及しているためネットで「西南戦争」と調べればすぐに出てきます。

西南戦争の一番上に出てくるみんな大好きWiki情報を一度ご覧になってください。

Wiki情報によると西郷隆盛が西南戦争を起こした原因は、

ぶっちゃけよくわからないと書かれております。

明治政府に対する不満や西郷隆盛が目指していた方向性と

明治政府の顕官達との意見の相違など様々な原因があるようですが、

明確にこれだ!!と決定するものは一切ない事がわかると思います。

じゃあ一体何が原因なのでしょうか。

ここからレンの推測で西南戦争の発生理由を考えていきたいと思います。




レンが考える西南戦争を起こした理由その1:喧嘩別れをすることで・・・・

 

西南戦争の八百長ストーリーを話し合う①

レンが考える西南戦争を起こした理由その1は、

喧嘩別れをすることで・・・・西南戦争の八百長ストーリーを作るです。

明治維新の立役者である大久保・西郷、木戸(きど)達は、

外国の状況を見て今後の明治政府の方針を決めていこうと考え役割分担をします。

大久保や木戸達はヨーロッパを見て回り、

どのような方法で今後日本国を統治すればいいのかを知るため外国へ旅たって行きます。

西郷は日本に残って明治政府をまとめていく事になるのです。

彼が残った明治政府には当時台湾出兵をしようとする動きがありました。

その理由は台湾に上陸した日本人が殺害されたためです。

西郷は朝鮮半島にいる移住民達にも危害が加わる可能性を考え、

朝鮮へ出兵することを計画。

また朝鮮に出兵することで日本の武士達が明治政府に対して、

抱いている不満を解消させようと考え二段階の作戦計画を立てます。

まず第一段階としてすぐに朝鮮半島へ出兵を行うのではなく、

しっかりと朝鮮と外交交渉を行って平和的に解決する道を探ること。

そして第二段階としてこの外交交渉が決裂した場合において、

朝鮮に出兵するという作戦計画を打ち出します。

この計画を立案した彼は一つスパイスを付け加えます。

それは外交が決裂したからといってすぐに出兵するわけではなく、

しっかりと準備を行ってから戦いを始めるものとするというものでした。

この計画は留守番をしている明治政府の閣僚たちと合議を重ねて、

賛成可決されることになります。

彼は外国から帰ってきた明治政府の要人たちへ

「朝鮮に外交使節を派遣したいからすぐに閣議を開くべし」と閣議開催を要請。

大久保や木戸、岩倉達は西郷の閣議開催要請を受け入れませんでした。

しかし西郷はその後も大久保や岩倉へ閣議開催の要請をして、

やっと開催されることになります。

閣議は西郷案でほとんど可決で解散されますが、

西郷の使節派遣に賛成していたはずの三条実美(さんじょうさねとみ)が、

大久保や木戸が辞表を提出したことに驚いてどうすればいいのかわからなくなり、

病にかかってしまいます。

そして彼の後任者として岩倉具視が就任することになります。

西郷や彼の案に賛成していた板垣退助らは彼の家に言って直談判しますが、

岩倉具視は彼らに「西郷案と大久保たちの案二つを天皇陛下に示す」と話します。

そして二つの案を持ってこられた明治天皇は、

西郷の案を退けて大久保案が採用されることになります。

大久保利通の案は「内政に力を注いで国力を充実させた後に外征を行うべし」との

案でした。

こうして西郷案は否決され、彼は明治政府をやめて鹿児島へ帰ることになります。

 

レンが考える西南戦争を起こした理由その1:喧嘩別れをすることで・・・・

 

西南戦争の八百長ストーリーを話し合う②

 

レンは西郷の帰郷について一つ疑問に思うことがあります。

西郷帰郷の原因は征韓論と言われる上記の論争ですが、

たったこれだけで盟友として数々の修羅場を乗り越えてきた大久保と

不和になるのでしょうか。

レンは西郷と大久保がわざと大きく喧嘩して西郷が、

論争に敗北して鹿児島へ帰るというストーリーを作っていたのではないのかなと考えます。

何のためにこのようなことをする必要があるのでしょうか。

それは西南戦争についての八百長ストーリーを話し合っていたとは考えられないでしょうか。

理由として別々の意見を述べているように見える西郷と大久保ですが、

実は一緒のことをのべているようにしかレンには思えないのです。

まず西郷案:

朝鮮へ外交使節を派遣して和平的解決を見ることができなければ戦も辞さない

しかし戦を行う準備には相当な期間を要する

そして大久保案:

内政を充実させて国力をアップさせることに注力するべし。

いやいや全然違うでしょう。と感じることができると思いますが、

実は両者を統合して政策を実施することが可能であると考えます。

 

レンが考える西南戦争を起こした理由その1:喧嘩別れをすることで・・・・

 

西南戦争の八百長ストーリーを話し合う③

 

西郷と大久保案を合体させるとどうでしょうか。

朝鮮に使節を派遣して移住民の保護を平和的解決を行う。

しかし平和的解決ができない場合、軍事力をもって朝鮮へ攻め込むべし。

戦には準備期間が必要であるため、

戦の準備を行いつつ日本国内の産業を充実させることが肝要である。

どうですか。

両者の意見を統合して政治を行うことができないことなんてあるのでしょうか。

今の政治家のようにほとんどイミのない議論を行っているような人々ではなく、

明治維新の元勲と呼ばれている西郷と政治に関してはかなりの能力を持った大久保です。

他にも当時の明治政府には伊藤博文や井上薫、高橋是清、陸奥宗光、桂太郎など、

相当な政治家たちが居る状況です。

この状況でできないことがあるのでしょうか。

レンはできる可能性は非常に高いと思います。

 

レンが考える西南戦争を起こした理由その1:喧嘩別れをすることで・・・・

 

西南戦争の八百長ストーリーを話し合う④

 

彼らは喧嘩別れをしてしまいます。

なぜ喧嘩別れをして西郷は明治政府をやめてしまったのでしょうか。

そこには武士の不平をなくすための謀略がふたりの間にあったような気がしてなりません。

もちろんレンの勝手な予想です。

もし西郷が帰郷する時に大久保へ「おいどんが薩摩へ帰れば、

政府に不満を持っている武士達は戦争を起せと言ってくるでしょう。

そうなったらおいどんは彼らの大将となって政府と戦います。

そしておいどんが負ければ、武士達は反乱を起こすことができなくなるはず。

なぜならば、軍で一番偉いおいどんが明治政府に敗北すれば、

他の武士達も明治政府に逆らうことがもうできないんだと悟り反乱はなくなるのでごわす」と

言ったかもしれません。

でもこのような謀略をふたりの間で行われていたとすれば、

西郷が明治政府をやめて鹿児島へ帰った事に納得できるのと思うのですが、

どうでしょうか。

 

レンが考える西南戦争を起こした理由その2:明治政府に不満を持っている武士達の反乱を無くすため①

 

レンが考える西南戦争を起こした理由その2:

明治政府に不満を持っている武士達の反乱を無くすためです。

これは一体どのような意味なのでしょうか。

明治政府は色々な政策を次々と行っていきますが、

ある集団が明治政府の政策に激怒して反乱を起こします。

その集団は武士です。

明治政府は徳川幕府がなくなると四民平等を施行。

この政策は近代国家として誕生した明治政府がヨーロッパの各国に追いつくため、

江戸時代から続いていた士・農・商・工に区分けされていた身分制度を全て廃止。

この結果、民衆達は全て平等となるのです。

しかし特権階級であった武士達は全て特権を剥奪されてしまいます。

このことに不満を持っていた武士達が各地で反乱を勃発します。

西郷隆盛はこれら武士達の不満をなくすために朝鮮出兵を企画しているほどでした。

だが西郷隆盛の案は不採用となり、故郷・鹿児島へ帰郷することになります。

その後西郷は旧薩摩藩の武士達が彼の元に詰め寄って

「明治政府に反乱を起こしましょうよ」と何度も進言したことをきっかけで挙兵することになります。

しかし皆さんが知っているとおり西南戦争は西郷軍の敗北で終わってしまいます。

そして西郷隆盛は城山で亡くなってしまうのですが、

この西南戦争の後武士達の反乱はピタリと止むことになります。

 

 

レンが考える西南戦争を起こした理由その2:明治政府に不満を持っている武士達の反乱を無くすため①

 

なぜ反乱は止まったのでしょうか。

その理由として明治政府最高位の軍事職である陸軍大将に就任していた西郷隆盛と

明治政府の中で唯一独立国家に近い状態で、

日本最強の兵力と強さを持っていた鹿児島県が

反乱を起こして失敗したとなると他の武士達は

「西郷さんが反乱を起こしてダメなら俺らが反乱を起こしても勝ち目がないべ」と

悟ったのではないのでしょうか。

また西南戦争には農民の兵隊達を主力として西郷軍と戦っていくことになるのですが、

銃も刀も握ったことのない兵隊では全く役に立ちませんでした。

そこで警察隊(とうじの警察はほとんど元武士達が中心となって編成されていた)を

西南戦争に参加させて強力な薩摩軍と戦わせることにします。

こうして武士同士が力を尽くして戦い続ければ、

武士の数がどんどん減っていくことになり、

不平不満を持つ武士の数も少なくなっていきます。

このように西郷と大久保の間で話し合われていたと考えるのは少し穿ちすぎでしょうか。

そのため西南戦争以降武士の反乱は一切起きることなく静まっていくことになるのです。

 

レンが考える西南戦争を起こした理由その3:明治政府に対して近代的な戦を経験させる事が目的!?

 

レンが考える西南戦争を起こした理由その3:

明治政府に対して近代的な戦を経験させる事が目的!?です。

明治政府は兵力を確保するために徴兵制を実施。

今まで刀や銃すら握たことのない農民たちが次々と兵士になっていきます。

しかし彼らが戦に参加してどれだけ役に立つ存在なのか不明でした。

そこで西郷は大久保と喧嘩別れする前に「おいどんが反乱を起こし、

政府は軍事力をもって鎮圧することになるはず。

今まで一度も戦ったことのない農民たちの経験にもなるし、

近代戦がどのようなものかを知る上で将校や将軍たちにもいい経験になるだろう。

また近代戦を経験させることで支那やロシアとの戦いにも役に立つはずだ」と

述べたのではないのでしょうか。

また西郷挙兵からたった10数日で兵たちの出撃が完了してる点も不可思議です。

三国志の世界でも戦に出陣するためには兵数にもよりますが、

1ヶ月程度は準備しなくてはいけないでしょう。

近代となれば、銃弾や兵糧・兵員を輸送するための軍艦、現地に到着した際に活用する

道の割り振り、作戦計画の実行など色々と面倒なことがおきます。

しかし明治政府の第一陣の軍勢が九州に上陸したのは西郷挙兵からたった数十日です。

前もって西郷挙兵を知っていなければできないと思うのですが・・・・。

皆さんはどのように思いますか。

 

西南戦争ライター黒田レンの独り言

 

上記三つがレンが考える西郷さんが西南戦争を起こした理由です。

西郷さんが西南戦争を起こした理由を付け加えるとすれば、

上野公園にある西郷さんの銅像です。

よく考えてみてください。

彼は明治政府の元勲ですが明治政府を転覆させようとした人物です。

(本人にはその気がなくても反乱という行動が、国家転覆の可能性を帯びているため)

楠木正成も反乱を起こしておりますが、

銅像が立てられるほど反乱当時崇められていたでしょうか。

また徳川幕府最後の将軍である徳川慶喜は明治政府に抵抗しなかったにも関わらず、

銅像にはされていません。

なぜ西郷だけが銅像にして祀れているのでしょうか。

レンとしては西南戦争を起こした反乱軍の大将にも関わらず銅像が建てられた原因は

西南戦争に反乱以外の何かしらがあるのではないのかなと疑ってしまいます。

では反乱以外の意味合いとはなんでしょう。と考えると政府に貢献したことくらいしか思いつきません。

反乱軍の首魁でありながら政府に貢献するような行動を行っていたとすれば、

それは一体何なのでしょうか。

しかし一つ言えることは英雄として銅像が建てられ祀られている事実だけは

れっきとした事実して今も残っているのですが・・・・。

 

 




 

黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

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横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

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