大久保利通と麻生太郎は血縁だった?家系図から読み取る意外な関係性


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大久保利通と言えば幕末時代から明治維新にかけ活躍した人物です。

維新三傑のひとりと言われ、明治政府の中では、

最初の最高権力者として近代日本の基礎になる改革を行ってきた政治家です。

この政治家の血縁、血脈は現代まで受け継がれ、多くの優れた人物を輩出しています。

元総理の麻生太郎氏も大久保利通の血縁なのです。

実際どんな関係なのでしょうか。

 

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大久保利通とはどんな人物?

 

大久保利通は、薩摩藩の下級藩士の家で生まれ、

幕末時代はその中心勢力となった薩摩藩の要職にあった人物です。

公武合体政策で、ゆるやかな改革を目指していましたが、

江戸幕府、15代将軍・徳川慶喜と対立し、討幕に方針を変えます。

そして、長州藩との同盟をなし一気に明治維新を成し遂げる原動力となった人物のひとりです。

明治維新後は、明治政府の中心として、

当時の日本のスローガンだった「富国強兵」、「殖産興業」を進めます。

私財を投げうってまで、彼は近代日本の建設にまい進しました。

大久保利通は、中央集権的な政治形態が無ければ、

欧米諸国と対等になれないとう確信を持っていたのでしょう。

彼は「版籍奉還」、「廃藩置県」を行い、江戸時代にあった分権的な勢力を解体します。

そして「学制」で教育の全国統一。

「徴兵制」で国防の体制を創り上げるのです。

大久保利通は、中央集権的な近代日本の基礎を創り上げた清廉潔白な政治家だったのです。


大久保利通の家系図を読み解くと麻生太郎元総理と繋がる

 

大久保利通の家系図をたどっていくと、麻生太郎元総理につながっていきます。

その血縁の道筋、家系を見ていきましょう。

大久保利通の次男である牧野伸顕(養子となったので苗字が違います)は、

外交官として太平洋戦争終結まで活躍した外交官です。

そして、牧野伸顕の長女、雪子は戦後の名宰相・吉田茂の妻になります。

吉田茂と雪子の間に生まれた三女の和子は、麻生家に嫁入りします。

麻生太郎元総理の父である麻生太加吉と結婚するのです。

そしてその間に生まれたのが、麻生太郎元総理です。

麻生太郎は大久保利通の血縁となる子孫なのです。

大久保利通は麻生太郎から見れば、高祖父にあたります。

お爺さんのお爺さんということです。大久保利通から見れば、孫の孫ということですね。

 

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麻生太郎元総理の家系図

(画:麻生太郎 wikipedia

 

今度は麻生太郎元総理の生まれた「麻生家」の方の家系図を見ていきましょう。

大久保利通の子孫というだけではなく、すごい血筋でつながりがあります。

麻生太郎元総理の妹、信子様(様をつけるべきですね)は、寛仁親王妃殿下です。

皇族につながっているのです。

また、姪っ子も皇族に連なる家系となっています。

日本最高レベルの血統のサラブレッドのような血縁に麻生太郎元総理はつらなっているのです。

同じ総理経験者でも小泉純一郎元総理の父親・小泉又次郎元逓信大臣は

彫り物入りの「元とび職」として有名でした。

政治家には色々な血筋の人物がいるものです。

 

幕末から受け継がれるロイヤル政治家の血脈

 

幕末に活躍した人物に連なる血筋の持ち主は麻生太郎元総理だけではありません。

安倍晋三総理は祖父に安保問題で揺れた時代に総理となった岸信介氏の孫にあたります。

そして、岸伸介の兄・母方の佐藤家は、

吉田茂にもつながる家系となることが、家系図を調査するとわかるのです。

つまり、麻生太郎氏と安倍晋三氏は家系図で繋がっている一族ということになります。

ですので、家系図を調査すれば、安倍晋三氏も大久保利通につながってくるということが分かります。

この家系図の中だけで、吉田茂、岸信介、

そしてノーベル平和賞受賞した佐藤栄作と両者の他に3人の総理大臣を輩出しているのです。

すごい家系図だというしかありません。


  

 

幕末ライター夜食の独り言

 

 

幕末に活躍した大久保利通から連なる家系図をみていきますと、

総理経験者が5人も排出されていることに驚くしかありません。

しかも、明治天皇のひ孫の寛仁親王妃殿下は麻生太郎元総理の妹ですから、

天皇家にも連なるロイヤルな血統といえるわけです。

こういった見事な血筋中から総理大臣が生まれることもあれば、

とび職で彫り物をした人物が政治家になり、その子どもが総理大臣になることもあるわけです。

小泉純一郎元総理のようにです。

大久保利通の目指した「富国強兵」と「殖産興業」は彼が直面した日本の危機の中で取られた方針です。

そしてそれが近代日本の基礎になっています。

国民が豊かになり、外国の脅威を排除できる安全な国を創るということが目標だったのです。

明治維新に創り上げたシステムは太平洋戦争によって崩れたように見えますが、

アメリカを中心とする連合国が日本で行った改革は、

戦前の日本の官僚が目指したものとほとんど同じだったのです。

財閥の解体と戦争の放棄くらいが違っていたくらいです。

その意味では、明治維新から始まる日本の近代化は、

根柢の部分で現代日本につながっているのではないかと思います。

そして、その課題も今の日本人に託されているのかもしれません。

 

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