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応仁の乱

【応仁の乱】 東軍と西軍の大衝突!東岩倉三宝院の戦い




本能寺の変

 

御霊(ごりょう)合戦は、山名宗全(やまなそうぜん)が支持する畠山義就(はたけやまよしなり)の勝利となりました。

しかし、畠山政長(はたけやままさなが)側の細川勝元(ほそかわかつもと)が黙っているはずはありません。

もともと、将軍足利義政(あしかがよしまさ)の通達を守ったのは、山名宗全ではなく、細川勝元のほうだったのです。

それなのに、勝てば官軍で世論は山名宗全のほうに傾いてしまいました。

細川勝元は、二度も管領を務めたエリート中のエリートです。

この屈辱に黙って耐えるはずがありません。

 

関連記事:【応仁の乱550年祭り】応仁の乱 重要人物ランキング カウント14

関連記事:足利義満はどんな人?強きを助け弱きを挫くベタな権力者

 

 

御霊合戦のその後

御霊合戦のその後

 

1467年3月3日の節句に、山名宗全をはじめとする諸大名は将軍邸に参賀しましたが、そこには細川勝元の姿はありませんでした。

細川勝元自身、言うことを聞いたのにもかかわらず自分のことを守ってくれなかった将軍義政に対して憤りを感じていたのでしょう。

このとき将軍邸に参賀した大名たちは細川勝元が不在だったことで、彼が戦をするつもりなのだということを悟ったのでした。

 

 

東岩倉の戦いが起こるまで

 

細川勝元が無言で開戦の意思を示した3月3日の節句から月日は流れ、5月に入ると細川勝元は巻き返しを図ります。

細川勝元が総大将となった東軍、そして山名宗全が総大将となった西軍に分かれて、戦が起こるのです。

そして、1467年5月26日から27日にかけて、京都市上京区で東軍と西軍の大衝突がおこります。

これを、上京(かみぎょう)の戦いといいます。

 

結果は引き分けとなりましたが、東軍は花の御所を確保し官軍としての地位をとり、一歩リードしたことになりました。

それに対し、西軍は追討令(ついとうれい)を受ける側となってしまいました。

しかし、山名宗全率いる西軍もこのまま黙ってはいません。

大内政弘

 

日明貿易をめぐり細川勝元とは対立関係にあった守護大名、大内政弘(おおうちまさひろ)に援軍を求めます。

この大内政弘の母親は、山名宗全の養女にあたる女性なのです。

ピンチの西軍に、最強の味方現る!ということで、大内政弘が上洛すると西軍の士気は一気に高まったのでした。

 

【蒙古が海からやってきた】
アンゴルモア合戦記の特集

 

由緒正しき三宝院をアッサリ焼いてしまった畠山義就!

アッサリ焼いてしまった畠山義就

 

三宝院は1115年に開かれ、素晴らしい高僧を輩出し、足利尊氏(あしかがたかうじ)によって手厚く保護されてきた由緒正しいお寺です。

将軍家である足利家との関係も深かったことがうかがえます。

しかし、大内政弘を味方につけて勢いづいた畠山義就は、1467年9月1日、この三宝院に放火してしまうのです。

このとき、三宝院は東軍の拠点となっていたので、それは激しい戦いとなりました。

しかし、歴史ある寺に平気で火をかけ、その後の将軍義政の停戦命令も無視した畠山義就はよっぽど血気盛んな人物だったのでしょうか。

続英雄百人一首に描かれた畠山義就は、険しい目つきをしており、冷徹さを感じられる表情をしています。

 

畠山氏の家督争いであるはずが、次第に多くの有力守護大名を巻き込むことに…

黄色:西軍、黄緑:両軍伯仲Wikipedia

(画像:応仁元年(1467年)の勢力図 水色:東軍、黄色:西軍、黄緑:両軍伯仲Wikipedia)

 

将軍義政の停戦勧告を無視した畠山義就は、1467年9月13日に内裏を占拠してしまいます。

それからほどなくして、東軍側に援軍として秋庭元明(あきばもとあき)浦上則宗(うらがみときむね)らが上洛します。

大内政弘をはじめ、畠山氏ではない者も加わり、本来の家督争いだけでは済まされなくなってしまいました。

9月16日に東軍は東岩倉に布陣しますが、西軍がそれを察知し、激しい攻撃を加えました。

東軍もこれに抵抗しますが、結果としては勢いのあった西軍の勝利となったのです。

 

さらに勢いづいた西軍は、上京に攻めかかります。

そして、応仁の乱でもっとも激しかったとされる戦い、相国寺の戦いがおこるのです。

 

応仁の乱ライター星野まなかの独り言

応仁の乱ライター星野まなかの独り言

 

この相国寺の戦いを先陣きって指揮をしたのは、畠山義就と大内政弘でした。

畠山義就は、血気盛んな人物ではあるものの、あまり身分の高くない武士たちからは慕われていました。

義就が戦で死にそうになったときには、ある地方の武士が身代わりになって畠山義就を名乗って討ち死にしたため、義就は命拾いをしたのです。

応仁の乱は、参戦した守護大名が多く、ややこしいイメージがありますが、畠山義就を中心に見ていくと、分かりやすいのかもしれません。

 

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