酒井忠篤とはどんな人?明治新政府軍に降伏後まで紹介


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酒井忠篤

画像:酒井忠篤Wikipedia

 

今回は酒井忠篤(さかいただすみ)について取り上げます。

酒井忠篤は洋装の武人スタイルとオールバックがよく似合う幕末のイケメンと評価する人がいることで知られています。

なお、インターネットで「酒井忠篤」と検索すると、安房勝山(あわかつやま)藩主の酒井忠篤(さかいただあつ)がヒットして間違えやすいと思われます。

今回は安房勝山藩主の酒井忠篤ではありません。

 

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酒井忠篤とは?

 

庄内藩(しょうないはん)の酒井家の先祖は徳川家康(とくがわいえやす)の家臣で、徳川四天王といわれた酒井忠次(さかいただつぐ)といわれています。

酒井忠次の孫の酒井忠勝(さかいただかつ)が庄内藩主となってから廃藩置県まで酒井家が藩主となっています。

 

酒井忠篤は1853年に庄内藩9代目藩主酒井忠発(さかいただあき)の五男として生まれました。五男の場合、藩主になる可能性はほとんどありませんが、

10代藩主の酒井忠寛(さかいただひろ)が死去したため11代目藩主として跡を継ぐことになりました。

幕末の混乱期に藩政改革や政治改革で庄内藩が対立します。藩内では公武合体派を排除して幕府を助ける佐幕派で統一しました。

15代将軍徳川慶喜(とくがわよしのぶ)が大政奉還を行いましたが、朝廷には政治経験がないことから慶喜は朝廷内にせいけんを握る立場で残っていました。

小御所会議(こごしょかいぎ)で、薩長連合(さっちょうれんごう)が慶喜の辞官納地(じかんのうち)を命じるなどクーデターを起こして慶喜を排除すると、庄内藩は小御所会議の報復として

薩摩藩江戸屋敷を焼き討ちにしました。

庄内藩が薩摩藩の挑発に乗る形で薩摩藩江戸屋敷を焼き討ちにしたことで、戊辰戦争が1868年の正月に始まりました。

戊辰戦争の最初の戦いである鳥羽伏見の戦いで旧幕府軍が敗れると、庄内藩は奥羽越列藩(おううえつれっぱん)同盟の一員として新政府軍と戦い続けました。

 


 

明治新政府軍に降伏後の酒井忠篤

幕末 洋式軍隊の行進

 

庄内藩は戊辰戦争において連戦連勝だったといわれています。しかし、周辺の藩が新政府軍に降伏すると庄内藩も降伏しました。

酒井忠篤は謹慎処分を受け、庄内藩主は弟の忠宝(ただとみ)が藩主となりました。

1869年に酒井忠篤は罪を許され、兵部省(ひょうぶしょう)に出仕しました。1872年に陸軍少佐に就任し、軍政研究のためにドイツに留学します。

ドイツ留学から帰国すると、陸軍中尉となりました。政界から引退すると故郷の鶴岡に帰りました。

鶴岡に戻ると1884年に華族令(かぞくれい)によって伯爵となりました。1915年に死去しました。享年は63でした。


 

幕末ライターオフィス樋口の独り言

幕末ライター オフィス樋口

 

今回は庄内藩主の酒井忠篤について取り上げました。

小御所会議の薩長によるクーデターに対する報復として、庄内藩は薩摩藩江戸屋敷を焼き討ちにした事件がきっかけで戊辰戦争につながったことは

多くの歴史ファンの間で知られています。奥羽越列藩同盟の一員として新政府軍に抵抗し続けたことも有名です。

 

酒井忠篤については洋装の武人スタイルとオールバックの写真が有名ですが、酒井忠篤の生い立ちなどについてはあまり知られていません。

2018年は明治維新150周年に当たり、今後明治新政府軍だけでなく奥羽越列藩同盟の一員にも注目したいと思います。

最後に、藩主の酒井忠篤と旧庄内藩士は1870年に薩摩の西郷隆盛(さいごうたかもり)を訪ねました。

西郷への訪問の際、酒井忠篤は戊辰戦争における庄内藩への寛大な処置への感謝を伝えたといわれています。

戊辰戦争後、明治新政府軍に抵抗し続け、連戦連勝したことから改易になる可能性がありました。

寛大な処置により17万石から12万石に減封処分となり、廃藩置県(はいはんちけん)まで続きました。

 

西郷隆盛は西南戦争で敗北したことにより賊軍となりましたが、1889年に西郷は大日本帝国憲法発布によって特赦(とくしゃ)により許されました。

西南戦争後、西郷隆盛はタブー視されていましたが、西郷隆盛が特赦により赦免されると、旧庄内藩士らが西郷の教えをまとめました。

この教えのまとめは『南洲翁遺訓(なんしゅうおういくん)』というタイトルで出版されました。

 

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