2020年のNHK大河ドラマの主人公、明智光秀。彼が織田信長にヘッドハンティングされた大きな理由に鉄砲の扱いに精通していた点があります。信長は自身も鉄砲を撃つような鉄砲好きであり、今後、鉄砲が戦争を変える事を知悉し無名の時代から鉄砲の保有を進めていました。
お互いに鉄砲に可能性を見出した両者はウマが合ったのでしょう。また、鉄砲が騎馬隊の突撃を打ち破った戦いとして知られる天正3年(1575年)五月二十一日の長篠の戦いですが、この戦いにおける陰の功労者も明智光秀であったかも知れないのです。
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※こちらの記事は、祥伝社新書 / 著者:橋場日月「明智光秀 残虐と謀略」を参考に、ライターの考えを交えて構成されています。
この記事の目次
明智光秀は長篠の戦いで活躍していない筈だが・・
このように書くと、戦国史に詳しい方は違和感を持つかも知れません。「いやいや、手柄もなにも明智光秀は長篠の戦いで活躍してないよ」
確かに、この歴史的な合戦で光秀の名前はまるで出てきません。軍記物の明智軍記さえ、スルーしている位です。ところが、史料を見てみると表には出てこない光秀の活躍が出てくるのです。
長篠の戦いの真実 信長に激賞を受ける光秀
長篠の戦いの後、明智光秀は近江坂本城に帰還しています。その後、五月二十四日に戦勝祝いとして吉田兼見が駆け付けますが、ここで光秀は信長から受けた書状を兼見に見せています。内容は長篠の戦いの時に武田軍を予定通り悉く殲滅したと書かれていたというものです。
しかし不思議な話ですね、長篠の戦いに参加していない光秀に信長がどうして予定通り殲滅できたと連絡したのでしょう。
長篠の戦い火縄銃を集めさせた光秀
細川藤孝(幽斎)
何もしていないように見える光秀に信長が感状を出した理由、、それは、光秀が長篠の合戦において重要な火縄銃と弾薬の調達に奮闘したから、この事に尽きるのではないでしょうか?
実際に信長は長篠合戦で鉄砲を重視して、家中から鉄砲を集めていますがその際に、外様である細川藤孝や筒井順慶にも鉄砲及び狙撃手、玉薬(弾薬)を供出するように促す文書を送っています。
家中ならある程度、鉄砲数を把握できるとしても外様大名の軍備までは、なかなかわからない筈です。それを文書で調達を命じたという事は、細川氏や筒井氏には、鉄砲や狙撃手や弾薬が多くある事を信長に伝えていた人物がいたという事です。これが出来るのは、藤孝とは縁戚関係で順慶とも親しかった光秀では、ないでしょうか?
あの信長がアドバイスを仰いだ光秀の戦術眼
織田信長はスタンドプレーの多い人物であり、人の指示に従う事などほぼ無かった人で、多くの指示を出して自分も走り回っていた人でした。
信長公記にも、信長は馬に乗って戦場を駆けまわり状況を把握したとあり、忙しく馬で戦場を駆けていた信長が出てきます。
ところが、そんな信長は明智光秀にアドバイスを求めた記述があります。それは長島一向一揆征伐の途中に光秀に送られた書状で、内容は、敵が出撃してくれば援軍を出した方が良いかと思うが、お前の判断に任せるというものでした。
スタンドプレーが信条の信長がアドバイスを出す程、光秀の戦術眼は優れていたという証拠ではないでしょうか?
長篠の戦いは鉄砲の集中運用と馬防柵
長篠の戦いは、従来言われてきた鉄砲三千挺に三段撃ち戦術がほぼ否定されています。しかし、信長が家中、及び外様の大名にも鉄砲、弾薬、狙撃手を集めさせたのは事実で信長公記でも長篠決戦には千挺計(約千挺)鳶ヶ巣山攻撃の別働隊が五百挺と記録され、それ以外にも、根来衆や他の武将も鉄砲を集めていて最低ラインが千五百挺と考えられます。
敗れた武田軍に関しても、死傷者は万から千程度と被害にばらつきがありますが、内藤正豊、山県昌景、馬場信房、原昌胤、原盛胤、真田信綱、土屋昌続、等々錚々たる重臣が開戦数時間で敗死している事や、信長公記には、「関東衆は馬の扱いがうまく、この時も馬を使って掛かって来た」と書いてある事、また、徳川家康が家臣に向けて、「馬防柵の手入れを念入りにして構築せよ、武田は馬一筋に突入してくる」と書いた文書も残っている事から、三段撃ちが存在しなくても、多量の鉄砲が武田騎馬隊の敗北に繋がったのは、否定できない事実なのだそうです。
戦国時代ライターkawauso編集長の独り言
明智光秀は、長篠合戦に必要不可欠な鉄砲と狙撃手、弾薬集めに奔走し、それが武田騎馬軍団を敗走させる原動力になった。信長はそれを知っていたからこそ、実戦では目立った活躍がない光秀に予定通り敵を殲滅できたと感状を送ったのでしょう。長篠の戦いは、鉄砲に精通した光秀なくしては勝利を掴めなかった戦いかも知れないのです。
参考:明智光秀 残虐と謀略 一級史料で読み解く /祥伝社新書)/ 2018/9/1/著者 橋場日月
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