皆さんは中国の歴史を探ろうと思ったらどの書物をまず手に取りますか?
三国時代がお好きな皆さんはやはり『三国志』を手に取るでしょうし、それ以外の時代を知るのにもそれぞれの王朝の名を冠した正史をめくるのが当然といえば当然でしょう。しかし、歴史書に記さていないもっと古い時代のことを知りたいと思ったらどうすれば良いのでしょうか?
そのようなとき、私たちにヒントを与えてくれるとされているのが『山海経』という書物です。今回は『山海経』についてご紹介したいと思います。
一応地理書の体裁をとっている『山海経』
『山海経』は基本的に山や海を基準として地域を区切ってその地域にまつわる物事を記した書物です。
その内容は中国国内だけにとどまらず、中国国外どころか海の向こうのことまで網羅されているということでけっこうボリューミー。その上、絵地図まであったということですから、世界地図的な要素の強い書物だったようです。
『山海経』を著されたとされるのは夏王朝の創始者とされる禹であるなどと言われていますが、その真偽のほどは定かではありません。もしもこれが本当なら、紀元前19世紀頃に『山海経』が既に存在していたということになりますね。
しかし、それが本当だったとしても、そんな古い書物がその当時の姿のまま残れるはずもなく…。数百年の時を経て前漢の学者・劉歆よって校訂されたものが現在私たちが読んでいるものであると言われています。しかし、その後もしばらくは巻数が増えたり減ったりしてなかなか1つの形に定まらない曖昧な存在だったようです。
謎の生き物が多数登場!
『山海経』には動物がたくさん登場するのですが、どれもこれも「カオス」の一言。そんなのに道端でバッタリ出会ったら思わず死んだふりをしたくなってしまうようなのばかりです。
人間の顔が9つも付いている虎・開明獣や、体長が千里もあるという人の顔が付いた赤い蛇・燭陰、1つ目で尾を3つ持つ狸のような生き物・讙など。…できればお会いしたくないですよね。しかし、カオスなのは動物だけではありません。人も何かおかしいのです。
一見普通の人だけれど、胸に穴が空いているという貫匈人なる人種や、人の姿だけれど豹の尾が付いていて下半身が虎だったという西王母という仙女、蛇の体に人の顔が付いている女媧などなど…。
まぁ彼らのほとんどは半分神様みたいなものだったようですが、それにしたってツッコミ所満載です。何だかグロテスクなのばかりだなぁ…と思いますが、実は私たちにとって結構馴染み深い妖怪も『山海経』に登場しているのですよ。
例えば、9つの美しい尾を持ち、時々美女に化けて人を騙すという九尾狐が挙げられます。
また、天狗もそのうちの1つなのだとか。『山海経』に描かれる天狗は私たちがよく知る鼻の長い山伏の姿とは異なり、空を飛ぶ犬の姿をしています。九尾狐や天狗になら会ってもいいような気がしますね。
陶淵明も『山海経』を愛読
『山海経』という不思議な世界観を持つ書物に魅了された人の数を知ることは難しいですが、その中でも特に有名なのは、南朝宋の時代に活躍した隠逸詩人・陶淵明でしょう。
彼は「読山海経」と題し、13篇もの連作詩を詠んでいます。そして、その詩の第一首では、『山海経』について次のように詠っています。周王の伝を汎覧し、山海の図を流観す。俯仰して宇宙を終くす、楽しからずして復た如何。
『穆天子伝』を読んだり『山海経』の挿絵を眺めたりする。それだけで宇宙の全てを知った気になれる。これが楽しくないのなら、どんな楽しみがあるというのだろう。
『穆天子伝』というのは、『山海経』と同じように神怪世界が描かれた書物で、周の穆王が各地を旅したときに出会った不思議な物事が描かれているのだそう。陶淵明は『山海経』の世界に思いを馳せ、その想像の翼を自由に広げています。俗世を疎んでいた陶淵明にとって、『山海経』に描かれていた古代中国の世界というのはまさに理想郷だったのかもしれませんね。
三国志ライターchopsticksの独り言
中国には「山海経GO」というなんだか既視感満載のアプリがあるそうですね。出てくるポケ…妖怪たちは『山海経』に出てくるものばかりなので、『山海経』について勉強するには最適なアプリと言えるかもしれませんね。
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