中国四大奇書といえば、『三国志』・『水滸伝』・『西遊記』・『金瓶梅』しかし『金瓶梅』は淫猥すぎるということで何度も発禁になっており、本場中国ではいつしか四大奇書の顔ぶれは『三国志』・『水滸伝』・『西遊記』・『紅楼夢』に!
そ……そんなに淫猥なのか……ゴクリ。ということで、本日は『金瓶梅』の魅力をご紹介です。
『水滸伝』にも出てくる潘金蓮や西門慶がメインキャラ
『水滸伝』で、豪傑の一人・武松は、兄嫁の潘金蓮が西門慶と不倫したあげくに武松の兄を殺してしまったため、復讐として潘金蓮と西門慶を殺しています。『金瓶梅』ではこの潘金蓮と西門慶がメインキャラです。
『水滸伝』では西門慶が友人と酒を飲んでいる席に武松が乗り込み西門慶を窓から投げ落として殺害していますが、『金瓶梅』では西門慶がマズい気配を察してスタコラサッサと逃げ出しており、武松は西門慶の友人の李外伝を西門慶だと思い込み窓から投げ落とし殺してしまいます。
まんまと助かった西門慶。官憲に賄賂を送り、武松の殺人の審理が武松に不利に進むよう手回しをして、武松は遠方へ流刑にされてしまいます。こうして潘金蓮と西門慶は誰はばかることなく歓楽を尽くせることに!潘金蓮は十六歳、西門慶は二十八歳。疲れ知らずなお年頃……。
発禁になるほどの淫猥描写って?
現代日本に生きる大人の私の目から見ると、発売禁止にするほどの淫猥描写は見当たりません。しかし、よくよく見るとけっこう艶っぽいことが書いてありますな。ムフフ……。例えば、潘金蓮と西門慶が初めて情事を交わした場面では、いきなり詩みたいな韻文の描写が始まるのですが、よくよく読んでみると、完全に官能描写です!
恰恰たる鶯声耳畔を離れず、津津たる甜唾笑って舌尖を吐く。
楊柳の腰脈脈として春濃く、桜桃の口微微として気喘ぐ。
星眼朦朧として細細たる汗は香玉の顆を流し、
酥胸蕩漾して涓涓たる露は牡丹の心に滴る。
たとい匹配は眷姻も諧にするといえども、まことに偷情は滋味美なり。
「まことに偷情は滋味美なり(まことに密通は蜜の味)」ですって! う~ん、悪い子ちゃん!この韻文が分かりづらいという方には、普通の文章の中のこんな部分はいかがでしょう。
部屋の中では西門慶と金蓮、鸞と鳳とが身をひるがえすごとく、魚の水におけるがごとく、
すっかり楽しみに夢中でした。この女の枕の味の細やかなこと、色街の女よりもはるかにひいで、
まことに至れりつくせりのとりもち。西門慶もまた、得意の槍先にものをいわせます。
女の色香、男の腕、ともに今が盛りというところ。
なんですか、「得意の槍先」ってw
男性のかたは、「まことに至れりつくせりのとりもち」というのがどんなとりもちなんだかいろいろ妄想してみると楽しいかもしれませんねっ!(よけいなお世話)
潘金蓮は口が達者な肝っ玉ねえちゃん
『金瓶梅』の魅力は、官能描写(だけ)ではありません。ヒロイン潘金蓮は口が達者で自由闊達な肝っ玉ねえちゃん。見ていて実に爽快です。例えば、武松が家を留守にする時に、兄嫁の貞操観念を信頼していない武松は、潘金蓮に「嫂上が家のなかをきちんとしておいてくだされば、兄はなんの心配もいりません。
昔の人もいっているように、垣根が丈夫なら犬ははいって来ないものです」と言います。すると潘金蓮は夫と武松に向かってこんな勢いで悪態をつきました。
「このまぬけめ。よそでなにをしゃべったんだい。
おかげでこのおかみさんは人からばかにされたじゃないか。
あたしは頭巾をかぶらない男さ。たたけばカンカン音のする奥さんだよ。
こぶしの上には人をのせ、腕の上には馬を走らせ、
顔の上には人をあるかせられる潔白な人間なのさ。
あの泥亀みたいにびくびくして、人前では顔も出せないやつらとはちがうんだ。
あたしが武大のところへ嫁に来てからは、蟻一匹だって家の中へはいれなかったものさ。
垣根が丈夫でないから、犬がもぐり込めるとかなんとか、ばかなことをお言いでないよ。
いまの文句には、いちいちゆくえがあるんだろうね。
投げた瓦は一つ一つ地べたに落ちるもんだよ」
いじいじと貞操観念を疑ってかかる男どもにマシンガンのような悪態を浴びせかける金蓮。金蓮はこの時点ではまだ何もやましいことはしていないので、ええど、そのくらい言ったれ! って感じです。普通、人からあらぬ疑いをかけられてもなかなかここまで雄弁に言い返せませんよ。ああスッキリ。夫を殺して西門慶と結ばれた後の金蓮の様子もなかなか振るっています。
女はいっかな喪になど服せず、位牌は部屋のすみに押しやり、その上に白い紙を
おっかぶせてしまって、精進料理など口にせず、毎日ただもうこってりとした厚化粧に、
色もあざやかな衣裳をつけて、すっかりめかし込み、西門慶と逢いびきしては
楽しい遊びにふけっていた
普通、邪魔だと思っていた相手でも、殺してしまえば半端な罪悪感を覚えてうじうじしませんかね。潘金蓮には迷いがありません。実に度胸が据わっています。豪傑ですね。
潘金蓮の知恵と度胸と能弁を楽しむ
夫殺しの後、潘金蓮は西門慶の家に入り、第五夫人になります。以降は大勢いる女性や使用人たちの人間模様を楽しむお話になっていきます。(『金瓶梅』のタイトルは、西門慶の女性たちのうち、潘金蓮、李瓶児、龐春梅の名前から一文字ずつとったものです)多彩なキャラクターの美女たち、ホームパーティーの様子、色とりどりの衣裳やおいしそうなごちそう。そういう描写も楽しいのですが、やはり面白いのは潘金蓮です。
第一夫人の呉月娘に巧みに取り入ったり、日頃かわいがっている小間使いの春梅のナイスアシストで使用人の琴童との火遊びをごまかしたり。智恵があり度胸の据わったずるい美女のサバイバルバトルですから、見ているだけで楽しいです。ちょっと引くぐらい恐ろしいことをする時もあるのですが、それも迫力があり、読み応えがあります。潘金蓮は見ていて爽快。金蓮ねえさんは、男前なんですよ!
三国志ライター よかミカンの独り言
『金瓶梅』は、『水滸伝』や『三国志』のようにダイナミックなストーリーを追うのではなく、登場人物のキャラクターや細かい人間模様を見て楽しむものです。そう言われると面倒くさそうに思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、潘金蓮がスカッとした性格なのでネチネチした雰囲気はなく、文体も非常に読みやすいです。『三国志』の何倍ものスピードで読めてしまいますよ。
『水滸伝』が男の世界の豪傑を描いたものなら、『金瓶梅』は女の世界の豪傑物語です。不自由な時代を知恵と度胸と能弁で思うさまに押し渡った美しき怪人の冒険譚、まだお読みになっていない方は、ぜひご覧になってみて下さい。西門慶の最期が最高に振るっていますので、そちらもお見逃しなく!
引用元:『金瓶梅(一)』岩波文庫(赤) 1973年6月18日 小野忍(おのしのぶ)/千田九一(ちだくいち) 訳
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