[11月20日は任天堂が設立した日]世界に広がる遊びの革命!任天堂誕生の意外な始まり

2025年11月20日

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kawauso編集長(石原 昌光)

監修者

kawauso編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

コンテンツ制作責任者

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月に「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

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張良と劉邦が楚漢戦争のゲームをプレイ

 

1889年11月20日に京都で設立された任天堂は、最初からゲーム機を作っていたわけではありません。その起源は、花札やトランプといったカードゲームを製造する会社でした。当時、日本で高品質なカードを作る会社として注目されていました。

 

 

花札からゲーム機まで、任天堂の進化

任天堂がゲーム機に進出するのは、創業から約80年後の1970年代のこと。最初のヒット商品は家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ(ファミコン)」でした。この革新的な機械は、家庭で遊ぶという概念を一変させ、任天堂を世界的なブランドへと押し上げました。

 

意外と幅広い事業展開!

実は、任天堂は一時期タクシー会社やホテル経営にも挑戦していた時期があります。これらはあまり成功しませんでしたが、その試行錯誤が現在の多角的なゲーム展開につながっています。

 

今も続く「遊び」の探求心

任天堂の哲学は常に「新しい遊びを提供すること」。ニンテンドースイッチや「スプラトゥーン」などの作品は、この探求心の延長線上にあります。

 

 

まとめ

任天堂の歴史は、遊びを通じて世界を驚かせる挑戦の連続です。次に任天堂のゲームで遊ぶとき、その意外なルーツに思いを馳せてみてはいかがでしょう?

 

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