わたあめは日本で誕生したのではないって[知ってた?]

2023年7月26日

監修・編集体制の詳細を見る
kawauso編集長(石原 昌光)

監修者

kawauso編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

コンテンツ制作責任者

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月に「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

提供する掲載情報について

『はじめての三国志』は、複数の企業と提携し情報を提供しており、当メディアを経由して商品への申込みがあった場合には、各企業から支払いを受け取ることがあります。

ただし、当メディア内での商品評価に関して、提携の有無や支払いの有無が影響を及ぼすことはありません。また、当メディアで得た収益は、読者の皆様により役立つコンテンツ制作へ還元し、情報の正確性担保に努めています。

詳しくは 運営者情報と編集ポリシー をご覧ください。


ASMR 1月 三国志01a 雪遊びに行く3人 劉備、甘夫人、阿斗(劉禅) オンライン雑談会用

 

子どもの頃にお祭りで買ってもらったお菓子と言えば、わたあめは定番でしょう。ふわふわのわたあめは子ども心に不思議でしたが、あれ、甘すぎて全部食べる前に飽きるんですよね。そんないかにも日本情緒にマッチしたわたあめ、実は日本で誕生したのではありません。

 

 

わたあめはアメリカテネシー州で産まれた

塩を一人占めして笑っているリンカーン大統領

 

わたあめが誕生したのは、日本ではなく1897年のアメリカテネシー州です。自動わたあめ製造機を発明したのは、菓子製造業者のウイリアム・モリソンとジョン・C・ワートンの2人でした。

 

製造機は天使の綿毛と名付けられ万国博に登場

日本史01 煙を吐く工場

 

2人は、このわたあめ製造機をフェアリーフロス(天使の綿毛)と名付けると1904年のセントルイス万国博覧会に出展。それまで誰も見た事がないモコモコのわたあめは大評判となり68000個も売れたそうです。

 

明治後半に日本に入る

四頭立ての馬車 文明開化

 

セントルイス万国博で評判になったわたあめ製造機は日本人も知るところとなり、明治の後半に輸入され、縁日などで売られるお菓子として、日本の子供の心を掴みました。以来、わたあめは日本の祭りには欠かせないアイテムとなったのです。

 

▼こちらもどうぞ

どうして山芋は[生]で食べられるのか?

 

 

  • この記事を書いた人
  • 最新記事
kawauso

kawauso

台湾より南、フィリピンよりは北の南の島出身、「はじめての三国志」の創業メンバーで古すぎる株。もう、葉っぱがボロボロなので抜く事は困難。本当は三国志より幕末が好きというのは公然のヒミツ。三国志は正史から入ったので、実は演義を書く方がずっと神経を使う天邪鬼。

-外部配信