【シミルボン】忘年会の余興にいかが?三国志時代に流行したスポーツ撃壌

2016年10月28日

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kawauso編集長(石原 昌光)

監修者

kawauso編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

コンテンツ制作責任者

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月に「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

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シミルボン

 

※こちらの記事は「シミルボン」専用オリジナルコンテンツです。

 

張良㈬ 鴻門の会編01 劉邦

 

いつ果てるともしれない戦乱のイメージしかない三国志の時代ですが、
その傍らでは、とあるスポーツが大ブームになっていました。
今回は、忘年会の余興に使えるかもしれない?
超ホットでクールなスポーツ、撃壌(げきじょう)を紹介します。

 

撃壌のルールとプレイスタイルを解説

撃壌

 

撃壌とは、遥か堯(ぎょう)帝の時代から中国人の心を捉えて離さないスポーツです。
前置きは、兎も角、まずは、そのプレイスタイルについて説明しましょう。

 

撃壌をプレイする上で必要なもの

孔明

 

①服装      :動きやすいラフな格好でよい

②使用するアイテム:壌という木製の沓(くつ)の形をしたアイテムを複数

※沓形のアイテムがないなら、室内で自分の靴を利用しても可能です。

 

撃壌のルール

 

① 地面に、壌を立てて置いておく
② 壌を立てた場所から、30歩から40歩離れた地点から、
別の壌を投げ、地面に立てた壌を撃ち、倒す事が出来ればポイント

※壌を撃つ、だから撃壌というんですね。

 

撃壌のプレイ人数

プレイ人数は、2~6名程度が盛り上がる。
1投ずつ壌を投げていき、投げ終わった人は列の一番最後に再び並ぶ。
こうして壌を倒した回数がより多い人が勝ちとなるシンプルルール。

※今風にいうと、玉を投げないボーリングみたいな感じですかね?

 

本当にあったスポーツだったのか?

 

こうして書くと、あまりに適当に見えて、実在したスポーツなの?
と疑りたくなりますが、撃壌は後漢初期の合理主義者であり
反儒教的な思想家として有名な王充の著作である「論衡」の
芸増編に出てくるような由緒あるスポーツだったりします。

正直、なんだか、ヒマ人が酔った勢いで始めた悪ふざけが、
そのままスポーツ化したようなイメージなのですが、
王充がわざわざ書いた位ですから、広く当時の名士が、
楽しむような紳士なスポーツだったのだと推測されます。

※出典 論衡  著者王充

 

シミルボン

 

【シミルボン】忘年会の余興にいかが?三国志時代に流行したスポーツ撃壌

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※本稿はシミルボンに掲載された記事をはじめての三国志用に再編集したものです

 

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kawauso

台湾より南、フィリピンよりは北の南の島出身、「はじめての三国志」の創業メンバーで古すぎる株。もう、葉っぱがボロボロなので抜く事は困難。本当は三国志より幕末が好きというのは公然のヒミツ。三国志は正史から入ったので、実は演義を書く方がずっと神経を使う天邪鬼。

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