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三国志の雑学

武神と恐れられていた関羽は結婚していたの?

この記事の所要時間: 234




 

ハイ、それでは、三国志の世界をいろいろな角度から掘り下げていく

「ろひもと理穂の三国志センテンス・スプリングス」のコーナーです。

 

 

これまで何度も関羽については取り上げてきましたので、今更、関羽に子供がいたの!?

って驚かれる方はほとんどおられないと思います。

(驚かれる方はこれまでのはじめての三国志の記事をお読みください)

しかし、結婚していたのかは別問題です。

シングルマザーって現代では珍しくもないですよね。

もしかしたら関羽はシングルファザーだったかもしれないのです。

今回は関羽が結婚していたのかについて掘り下げていきます。

 

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関連記事:民話の中の三国志がカオスな件!関羽が作者羅漢中にブチ切れる




関羽は硬派で女嫌い?

 

「関羽は硬派で女嫌い」。それは完全に勝手なイメージです。

関羽がいろいろな女性を口説いていたということはないでしょうが、

まったく女性を遠ざけていたわけもないはずです。

だって子供がいますからね。

しかも実は関羽にだって女性関係のゴシップネタはあるんです。

あまり知られていませんね。

関羽のイメージを崩さないように気をつかって表立っていないのかもしれません。

さて、関羽が惚れる女性ってどんなひとなんでしょうか。




相手は人妻

 

そのゴシップの相手が人妻なのです。

当時、独立勢力だった呂布の配下の秦宜禄という男の妻です。

たいへんな美人だったそうです。人知れず彼女に恋慕の情を抱いていた関羽。

もちろん叶わぬ恋と諦めていたことでしょう。

ここで事件が起こります。

呂布は袁術への使者として秦宜禄を送り出します。

なぜか袁術はその秦宜禄を自領で結婚させて手元に留めます。

無理やり離縁させられたようなものです。

呂布の城はこの後、曹操によって落とされ、秦宜禄の妻子は捕らわれの身となるのです。

 

関連記事:関羽、曹操に取りあいをされた人妻 杜夫人

 

告白する関羽

 

ここで関羽が動きます。

なんとあの曹操に直談判するのです。

「秦宜禄の妻を自分にくれ」と。

曹操もあの硬派の関羽が!?って驚いたに違いありません。

そして他ならぬ関羽の願いを聞き、了承します。

当時は占領した敵領の女は戦利品扱いです。勝った側の好きなようにできるのです。

関羽はついに自分の恋が実ったと喜んだことでしょう。

しかし、そうは簡単にいかないのが戦国の世の中です。

 

曹操が約束を反故

 

曹操もあの関羽が娶りたいという女性が気になります。

そして落城した城から出てきた秦宜禄の妻を一目見て気に入ります。

関羽と曹操という英雄たちを惚れさせるのですからかなりの美人だったに違いありません。

こともあろうに曹操はすぐに自分の側室にしてしまいます。

関羽との約束を簡単に破ってしまったのです。

関羽はどれほど怒り、どれほど苦しんだことでしょうか。曹操に恨みをもったかもしれません。

この女性の名が「杜氏」です。

曹操に愛され、3人の子供を授かりました。

連れ子だった秦朗も養父となる曹操にたいへん可愛がられたといいます。

ちなみに杜氏の元の旦那である秦宜禄は、張飛の怒りを買って殺されてしまいます。

 

その後の関羽の女性歴

 

その後、関羽には女性に関する記録が残っていません。

生涯の想い人は杜氏だけだったのかもしれません。

民間伝承では青年時代の百姓をしていたときに故氏と結婚し、

関興が生まれたという話もあります。

西暦178年だそうですから関羽はまだ10代だった想定です。

戦場で活躍するようになってからは仕事一筋といった感じでしょうか。

それが関羽のイメージにはピッタリですね。

 

三国志ライター ろひもと理穂の独り言

 

側女に子供を産ませていただけで、正妻はいなかったかもしれません。

関平、関興の出生がいまひとつ謎に包まれているのはそのせいではないでしょうか。

結論、関羽には子供はいたが、結婚していたかは不明。シングルファザーの可能性大です。

 

みなさんはどのようにお考えですか。

 

 

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関連記事:これは凄い!巨大な関羽像が荊州に現れる!実は二千年前から巨大像が好きだった中国人

関連記事:蜀ファンに衝撃!実は関羽は劉備の部下ではなく群雄(同盟主)だった!?

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

ろひもと理穂

ろひもと理穂

投稿者の記事一覧

三国志は北方謙三先生の作品が一番好きです。

自分でも袁術主役で小説を執筆しています。ぜひこちらも気軽に読んでください!

好きな歴史人物:

曹操、蒲生氏郷

何か一言:

袁術は凄いひとだったかもしれませんよー!!

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