島津久光はどうして寺田屋事件で薩摩藩士を粛清したの?


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島津久光

 

島津久光(しまづひさみつ)は、

島津斉彬(しまづなりあきら)の死後薩摩藩の国父として実権を握ります。

 

藩主になれなかった久光は

国父として有名になったきっかけとなる事件がありました。

この事件とは寺田屋事件です。

寺田屋事件で朝廷からの信頼を得て幕政に関与するようになります。

 

この記事では、寺田屋事件で幕政改革に関与し始めてから

倒幕を決意するまでの久光の考えの変化に注目します。

 

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朝廷と幕府を合体させようとしていた島津久光

朝廷と幕府を合体させようとしていた島津久光

 

島津久光は国父として実権を握り始めますが、

当初から倒幕を考えていたわけではありません

 

当初、久光は公武合体運動を推進していました。

具体的には、朝廷・幕府・雄藩の政治的提携を考えていて、

斉彬の遺志を継いでいたと言われています。

 

一方で、薩摩藩士の中には尊皇攘夷運動の過激派がいました。

尊王攘夷派の薩摩藩士の中で精忠組が伏見の船宿の寺田屋に終結します。

寺田屋において、京の街に火を放つ計画が話し合われていました。

久光は精忠組を取り締まるために同士討ちを命じます。

この出来事を寺田屋事件と言います。

 

結果、寺田屋事件によって

有馬新七(ありましんしち)ら薩摩藩の過激派の藩士が粛清されましたが、

久光は朝廷からの信頼を勝ち取り、

優位な立場で幕政に関与するようになります。

 

勅使を伴って、幕府に改革をさせることに成功しました

この改革を文久の改革といい、

徳川慶喜(とくがわよしのぶ)が将軍後見職に、

松平春嶽(まつだいらしゅんがく)政事総裁職(せいじそうさいしょく)に、

松平容保(まつだいらかたもり)が京都守護職にそれぞれ就任することが決まりました。

 


 

若い藩士の行動を容認できなくなった久光

若い藩士の行動を容認できなくなった島津久光

 

1862年、京に上洛した久光は朝廷から次のような命令が出されます。

一部の薩摩藩士(精忠組)が京都の街に火をつけ、

挙兵を促すことを計画している様子で、

朝廷からすぐに取り締まるように命令されます

 

朝廷から不穏な動きを取り締まれと命令されると、

久光は若い藩士で構成される精忠組の行動を看過することができなくなりました。

 

有馬新七らとの交渉により解決を図ろうとしますが、

有馬との交渉が決裂し、

薩摩藩士同士で討ち合いになりました。

この出来事のことを寺田屋事件といいます

 

激動の幕末維新を分かりやすく解説「はじめての幕末はじめての幕末

 

ついに起きた寺田屋事件。薩摩藩の内輪もめだったのか?

ついに起きた寺田屋事件

 

寺田屋に立てこもった有馬新七らを説得するために、

久光は大久保一蔵(おおくぼいちぞう)利通(としみち))や海江田信義(かいえだのぶよし)を派遣します。

交渉は決裂したため薩摩藩士で討ち合いになりました

 

薩摩藩士同士の討ち合いということで内輪もめという印象を受けるかもしれませんが、

朝廷から取り締まるようにと命令されたことで、

同士討ちを決断したのかもしれません。


 

久光を倒幕に傾けたのは何だったのか?

久光を倒幕に傾けたのは何だったのか?

 

久光は当初公武合体派で、

朝廷・幕府・雄藩による合議制の政治を目指していました。

 

公武合体を体現した参与会議が開かれましたが、

将軍後見職の徳川慶喜と島津久光らの間で政治的対立が起こりました。

この政治的対立により会議は頓挫し、

公武合体運動は頓挫しました。

 

公武合体運動が頓挫したと同時に薩英戦争の講話以後、

薩摩藩とイギリスとの友好関係が良好になりました。

また、久光と徳川慶喜の政治的対立が一層深刻化します。

 

この政治的対立がきっかけとなり、

久光は慶喜と話し合って解決を図ることを断念します

このことが久光を倒幕に傾けた要因として考えられます。


  

 

 

幕末ライターオフィス樋口の独り言

幕末ライターオフィス樋口の独り言

 

この記事では、島津久光の幕府に対する考えが変化する過程について注目しました。

具体的には、寺田屋事件で朝廷から信頼され、幕政改革に関与するようになります。

 

斉彬の遺志を継ぐ形で合議制による政治を目指そうとしましたが、

徳川慶喜との意見の対立により斉彬の遺志を引き継ぐことができませんでした。

 

今後、合議制による政治が古代からできていたら

どのように歴史が変わったのか注目したいと思います。

 

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