前原一誠、萩の乱その戦いとは?


はじめての三国志コメント機能バナー115-11_bnr1枠なし

前原一誠

 

これまで萩の乱のリーダーとして(かつぎ)ぎ出された

前原一誠(まえばらいっせい)について取り上げてきました。

 

今回は萩の乱とほぼ同時期に発生した不平士族の反乱について取り上げます。

 

西郷どん:全記事一覧はこちら

関連記事:佐久間象山は狂人吉田松陰をどう評価した

関連記事:吉田松陰留魂録はどんな内容?いつ書かれたの?

 


 

萩の乱ってどんな反乱だった?

江戸城

 

萩の乱は1876年に起こった反乱で、

明治政府に対する不平士族の反乱の1つです。

1876年10月に熊本県で起こった神風連(じんぷうれん)の乱、

福岡県で起こった秋月の乱に呼応する形で、

山口県で萩の乱が起こりました。

 

萩の乱について、

前原一誠がリーダーで不平士族200人が反乱を起こしました。

萩の乱は1ヶ月足らずで鎮圧され、

前原一誠は逮捕され、処刑されました

 

この乱では、

吉田松陰(よしだしょういん)の主宰していた松下村塾の塾生が

不平士族に加わって明治政府軍と戦いました。

 

『吉田松陰と前原一誠について考えよう!

松陰の思想を最も濃く受け継いでいたのは、前原だった?!』

で取り上げていますが、

松陰の死後に松下村塾を主宰していた玉木文之進(たまきぶんのしん)

息子や塾生が萩の乱に加わったことに責任を感じて、

墓前で切腹しました。

 

松陰の実兄の杉民治(すぎみんじ)は反乱の責任をとって本郷代官を辞職し、

隠居の身となりました。

1880年に松下村塾を再興し、子弟教育に励みました。

 


 

不平士族の反乱が止まらない!

不平士族の反乱が止まらない!

 

1876年に不平士族の反乱として神風連の乱が起こりました

この乱は神道系の新興宗教中心の反乱であったことから

別の言い方で敬神党の乱と呼ばれています。

 

旧肥後藩の士族・太田黒伴雄(おおたぐろともお)が神風連(敬神党)を結成しました。

明治政府は廃藩置県や秩禄処分など武士の特権を奪う改革を行います。

武士の特権を奪う法律の1つである「廃刀令」が出されました。

廃刀令で刀を持つ特権が奪われるだけでなく、

日本人としての誇りが失われる恐れがあると感じ、

武力行使にでました。

 

神風連の乱は秋月の乱(福岡県)と萩の乱(山口県)と連携して反乱を起こす計画でしたが、

この計画が明治政府に漏れました。

急遽、神風連の乱では熊本鎮台を攻略し、成功しました。

鎮台の攻略に成功しましたが、

明治政府軍の巻き返しにより撃退されました。

 

愛と勇気で時代を切り開いた西郷どんを100倍楽しむ
西郷どん

 

前原一誠の最後!

前原一誠の最後

 

前原一誠は萩の乱後に逮捕され、処刑されました。

処刑される前に辞世の詩を残しています

辞世の詩は次の通りです。

 

「吾今為国死 死不負君恩 人事有通塞 乾坤弔吾魂」

(吾いま国のために死す 死して君恩にそむかず 人事も通塞あり 乾坤(けんこん)わが魂を弔う)。

 

 

処刑前には前原のサインを求める人が多く、

膝前に積み上げられた紙に次々とサインをしていました

処刑直前にサインを求める人が多かったことから

前原の人柄を高く評価することができます。


 

前原一誠旧宅を観光しよう

前原一誠旧宅を観光しよう

 

前原一誠旧宅は山口県萩市にあります。

前原一誠の旧宅は萩市の観光スポットになっています

前原一誠の旧宅の庭に

「明治九年萩の変殉国義挙の庭」

と書かれた石碑があります。

 

交通アクセスについて紹介します。

最寄り駅はJR東萩駅です。

東萩駅を下車して目前の橋を渡ります。

橋を渡ると進行方向左手にはお洒落なプチホテル・クランベールがあります。

クランベールの脇の小路を左に折れて裏通りを進むと見つかります。

普通の人家でひっそりと佇んでいるのが特徴です。

 

前原一誠の旧宅については外観のみ見学可能が、

この旧宅は個人所有のため敷地内に立ち入ることができません。

見学する際、注意をお願いします。


  

 

 

幕末ライターオフィス樋口の独り言

幕末ライターオフィス樋口の独り言

 

今回は、前原一誠の起こした萩の乱とほぼ同時期に起こった不平士族の反乱である

神風連の乱について取り上げました。

 

後半では前原一誠の最後について、

処刑される直前の様子を取り上げました。

 

これまでの前原一誠に関する記事では、

人柄が評価されてきたと述べただけで、

具体的な内容については触れてきませんでした。

 

この記事では処刑前に多くの人が前原にサインを求めたという出来事を取り上げました。

この前原に関するエピソードは人柄について評価できると思います。

 

西郷どん:全記事一覧はこちら

関連記事:吉田松陰と久坂玄瑞の手紙、「長州白熱教室」君ならどう考える?

関連記事:橋本左内と吉田松陰、二人の天才が残した功績とは?

 

【幕末のエンジニア達】
幕末のエンジニア達

 


 

関連記事

  1. 薩長同盟が結ばれるシーン 坂本龍馬と西郷隆盛と桂小五郎
  2. 近藤勇 新選組
  3. 斎藤一 新選組
  4. 黒船(ミシシッピ号)
  5. 幕末77-14_錦の御旗
  6. 皇帝になった徳川慶喜

コメント

  • コメント (0)

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。




はじめての三国志企画集

“はじめての三国志企画特集"

“はじめての三国志倶楽部

“濡須口の戦い

“赤壁の戦い

“公孫瓚

“はじめての三国志公式LINEアカウント"

“光武帝

“三国志データベース"

“三国志人物事典

鍾会の乱

八王の乱

三国志って何?




PAGE TOP