来島又兵衛の豪傑ぶりと、その人間の魅力に迫る


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来島又兵衛

 

来島又兵衛(きじままたべえ)とは長州藩士で、禁門の変(蛤御門の変)では狙撃隊を率いた人物として有名です。

来島と言えば、武芸で有名という印象を受けるかもしれませんが、

算術など学問でも優秀だったと言われています。

今回は来島又兵衛の人物と評価を中心に取り上げます。

 

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来島又兵衛について知ろう!

京都御所

 

来島又兵衛は1817年に長州藩の下士・喜多村政倫の次男として生まれました。

後に上士・来島政常の婿養子となり、来島と名乗ります。

柳川藩と江戸で剣術修行に励み、武芸の達人となりました。

 

1848年、剣術修行から帰国後、来島家の家督を継ぎます。

家督を継ぐと、藩の要職を歴任します。

この頃から来島又兵衛と名乗り始めました

 

1863年、藩命により猟師を集めた狙撃隊を結成し、上洛を果たします。

1863年の八月一八日の政変で長州藩と公家の尊王攘夷派が追放されるという政変がありました。

長州藩が京から追放されると、来島ら狙撃隊は萩に戻ります。

萩に戻ると、高杉晋作(たかすぎしんさく)の騎兵隊に触発されて、

来島は狙撃隊を改めて遊撃隊を組織し、自ら総督となります。

 

翌1864年、八月一八日の政変に対して京に向けて兵を率いて上洛します。

上洛後、薩摩藩の国父・島津久光(しまづひさみつ)の暗殺を計画しますが、失敗に終わり再度長州に戻ります。

長州から久坂玄瑞(くさかげんずい)らとともに兵を率いて上洛します。

 

来島又兵衛は風折烏帽子に先祖伝来の甲冑を着込み、

自ら遊撃隊600名の兵を率いて蛤御門に向かいましたが、

激戦を繰り広げ、会津藩を追い詰めたものの薩摩士の川路利良(かわじとしよし)の狙撃で胸を撃ちぬかれました。

又兵衛は助からないと悟り、甥に介錯してもらい自害しました。享年48でした。

 


 

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来島又兵衛といえば、禁門の変の遊撃隊の印象から豪快な人物という印象を受けるかもしれません。

来島には学問でも優秀だったと言われています。

学問の才能を活かして、長州藩では駕籠奉行・大検使役・学習院御用掛などを歴任したことがあります。

また、食事や酒などの細かい出費まで詳細に記録を残していたことでも有名です。

 

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その魅力は、「人間らしさ」か?

井上聞多

 

来島又兵衛は豪快な戦いと学問で優秀だったことから文武両道の人物と言えると思います。

ここでは、算術や経理が得意だった来島と井上聞多(いのうえかおる)(馨)とのエピソードについて取り上げます。

 

高杉晋作・久坂玄瑞・井上聞多ら尊王攘夷派は外国公使を襲撃する計画を立て、

来島に藩の公金を立て替えてくれと頼みました。

来島は高杉らが放蕩三昧の生活をしていたことを指摘し、

遊んだ金をなぜ藩が立て替えなければらないのかと説教しました。

 

金の無心に来た人物の中で、井上聞多は長州藩の中で資金集めが得意でした。

右に出るものがいなかったと言われています。

来島は高杉らを説教しましたが、井上はへこたれることはありませんでした。

 

井上が一通の封書を差し出すと、その封筒の中を見た又兵衛の顔色が変わりました。

馴染みにしている太夫からの手紙で、自分も芸者遊びをしている証拠を出されると、

高杉らにポケットマネーからお金を渡さざるを得なくなりました。

ちなみに、井上が差し出した封書は偽物だったと言われています


 

戦国時代に生まれた方が良かった?

戦国時代の侍

 

来島又兵衛の長男は藩命により変名の1つだった森を名乗っていました。

又兵衛も藩命により森姓を名乗り、森清蔵(もりせいぞう)と改めます

変名として鬼太郎(きたろう)と名乗り、禁門の変で激戦を繰り広げました。

禁門の変では、先祖伝来の風折烏帽子に甲冑を着込んで、

遊撃隊600名の兵を率いたことから戦国時代を思い出す人がいるかもしれません。


  

 

 

幕末ライターオフィス樋口の独り言

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今回は来島又兵衛について取り上げました。

禁門の変の激戦を繰り広げた姿や学問でも優秀であったことから

戦国時代の文武両道の武将として、どのような人物が当てはまるのか気になります。

 

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