近代日本の税制改革・地租改正とは?太閤検地から江戸時代まで解説


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豊臣秀吉 戦国時代

 

今回は明治維新で抜本的な税制改革として知られている地租改正について取り上げます。

この記事では、地租改正以前の税制については古代律令国家から

豊臣秀吉(とよとみひでよし)の太閤検地までと江戸時代を取り上げます。

地租改正以降の税制と比較する形で取り上げます。

 

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江戸時代までの税制

 

江戸時代だけでなく古代日本からにおいて、

日本人は稲または米俵で税を年貢として納めていました。

律令国家において、6歳以上の男女に田んぼを支給しましたが、

代わりに年貢として稲を納めました。

 

奈良時代になると年貢の負担が重くなり、逃亡する人が増えたため田畑が荒れ始めます。

荒れ果てた土地の開墾を奨励するために743年に墾田永年私財法を出しました。

新しく開墾した土地は永久に私有財産となったため、口分田の制度は廃止されました。

 

代わりに荘園という制度ができ、

役人の立ち入りができないように藤原(ふじわら)摂関家や皇族に寄進する者がいて、

所有者が誰か分からないという問題が起こりました。

豊臣秀吉の太閤検地では、

荘園の所有者が分からないという問題を解消するために所有者と生産高を調査しました。

 

太閤検地では耕作者と土地の所有者が同じであるという制度になったため、

荘園制度は事実上廃止されました

 


 

江戸時代の年貢制度と武士の報酬

鎌倉時代の侍

 

江戸時代になると、豊臣秀吉の太閤検地以前と同様に農民は米を納めます。

各藩の米は大坂の堂島の蔵屋敷に保管され、大阪は天下の台所と呼ばれました。

武士は報酬をどのようにして受け取ったのでしょうか。

武士は藩から報酬を米で受け取ります。

 

報酬として米を受け取った武士は札差という金融業者で米を換金します

年貢として米を納める場合、飢饉が起こると生活や財政が苦しくなります。

実際に、江戸時代に大きな飢饉が何回もありました。

新田開発を奨励したり、倹約して米を蓄えたりして飢饉を乗り越えてきました。


 

地租改正でどのように変わった?

 

古代の律令国家から江戸時代まで、日本では税を年貢として米で納めました。

米で納めると飢饉が起こった場合や天候によって左右されやすいという弱点がありました。

そこで、明治政府は安定的に税を徴収するために

物納(米)から現金で税を納める金納に替える改革を行います

この改革を地租改正といいます。

ここでは、地租改正で変わった点を取り上げます。

 

最初に、1871年に江戸時代に出された田畑勝手作の禁令を廃止しました。

江戸時代は米以外の作付けが禁止されていましたが、自由に作ってよいことになりました。

江戸時代に百姓の没落を防ぐために

田畑永代売買の禁令を出しましたが1872年に田畑の売買を許可しました。

 

地租改正とは次の通りです。

土地の所有者に地券という土地の所有権の証明書を発行します。

田畑の面積・収穫高・平均米価を基にして地価(土地の価格)を定めます。

1873年に地租改正という土地政治改革が行われました。

地租改正により地券所有者が地価の3%を豊作と凶作に関係なく現金で納めることになりました

当初、地価の3%を地租として納めなければなりませんでしたが、

地租改正反対一揆が相次いで起こったため、明治政府は3%から2.5%に引き下げました。


  

 

 

幕末ライターオフィス樋口の独り言

幕末ライター オフィス樋口

 

今回は明治政府の改革である地租改正について、

古代の律令国家から現代までの税の納め方を振り返りながら取り上げました。

私たちの日常生活において、給料を現金で受け取り、

税金を現金で納めることが当たり前だと感じるかもしれません。

 

しかし、現金で税を納めることが始まったのは約150年前の地租改正であることから、

律令国家の年貢の頃から振り返ると金納は歴史が浅いといえるかもしれません。

地租改正だけでなく、明治時代初期の人々が様々な新しい制度を

すぐに受け入れることができたということに驚きます。

明治時代初期の改革で戸惑った話や間違えたエピソードがあれば紹介したいと思います。

 

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