金栗四三の母校・筑波大学は金栗四三のマラソン生活の出発点となった?


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金栗四三 いだてん

 

2019年の大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』の主人公である金栗四三(かなくり しそう
)
の母校は筑波大学(つくばだいがく
)
です。今回は、これまでの金栗四三の記事で取り上げなかった内容で、金栗が筑波大学に入学することになった経緯と筑波大学でマラソンを始めるきっかけについて取り上げます。

 

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金栗四三がマラソンを始めたきっかけ

金栗四三 いだてん

 

金栗四三は1891年、熊本県玉名市の作り酒屋の家に生まれました。吉地尋常小学校(現在の和水町春富小学校)を卒業すると、10才で玉名北高等小学校に入学しました。自宅から玉名北高等小学校まで片道6kmありますが、6kmの道のりを毎日走って通学していました。

 

1905年に玉名中学校(現在の玉名高校)に進学しました。学校敷地内にある寄宿舎で生活していましたが、クラスで優秀な成績を修め、特待生として授業料の免除を受けていました。

 

1910年、東京師範学校(現在の筑波大学)に入学しました。とあるインタビューで、金栗は玉名北高等小学校まで走って通学していたことを思い出しながら、マラソンを始めるようになったきっかけは、東京師範学校(現在の筑波大学)の2年生からと言っています。また、マラソンランナーの基礎は高等小学校時代に片道6kmの道のりを走ったことで

 

ある程度造られていたようで、大学1年の時に出るように言われて出たマラソン大会でいきなり2、3年生を抑えて入賞してしまいます。

それがマラソンを始める動機にもなったといっています。

 


 

オリンピック出場と指導者として

 

1912年、金栗四三はストックホルムオリンピックに参加しました。日本人で初めてオリンピックに参加しましたが、結果は猛暑による熱射病で棄権しました。このマラソンは約半分の選手が猛暑で棄権しましたが、金栗の場合はオリンピックの運営に棄権がうまく伝えられませんでした。

 

1914年に東京師範学校の大学院に進学します。高校で地理の教師として教壇に立ちながらマラソンの練習に取り組みました。金栗四三はオリンピック選手として出場を目指しましたが、ベルリン大会は第一次世界大戦で中止に、アントワープ大会は16位、パリ大会は途中棄権と結果が振るわず、競技人生を終えました。

 

当時の日本では4年毎のオリンピックに合わせて、肉体を造り仕上げるような通年カリキュラムも、十分なトレーニング設備もなくオリンピックが近づいてからようやく準備をはじめて、その後は当たって砕けろのようなやり方だったようです。それに気づいた金栗は、日本における競技環境の整備の必要性を痛感します。

 

金栗四三は高校で地理の教師をしながら競技環境を整えることが重要であることを主張しました。1921年に東京師範学校の教師として就職すると、女子のテニス大会を主催するなど女子のスポーツ振興に努めました。

 

マラソンでは、正月の風物詩となった箱根駅伝を考案しました。箱根駅伝は毎年1月2日と1月3日に行われています。1日目は、走者が襷を鶴見(川崎宿)・戸塚(戸塚宿)・平塚(平塚宿)・小田原(小田原宿)で引き継ぎ、ゴールである箱根宿を目指します。2日目は、箱根宿をスタートしてゴールの東京都の大手町を目指して襷を繋ぎます。箱根駅伝に出場した選手の中には後にオリンピックのマラソン選手になった人がいます。


 

東京五輪ライターオフィス樋口の独り言

幕末ライター オフィス樋口

 

1983年、金栗四三は死亡しました。金栗の精神「体力・気力・努力」が玉名市の墓に刻まれています。

 

2019年の大河ドラマは『いだてん~東京オリムピック噺~』で、金栗四三の出身地である熊本県玉名市が注目されています。金栗の母校で指導者として在籍していた筑波大学が熊本県玉名市などと連携してスポーツを通じた地域活性化の取り組みに向けて動いています。

 

また、筑波大学は熊本県玉名市だけでなく、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、世界の体育系大学とも連携しています。世界の体育系大学とのネットワークを構築する事業を国からの委託で担当しているようです。

 

現在、日本のスポーツ界にはパワハラなどの暴力問題が問題になっています。暴力根絶のために様々な取り組みがされています。今後、このようなスポーツ界に根強く残っている問題をなくすことができるのか注目したいと思います。

 

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【スポーツと共に歩んだ日本近代史】
いだてん

 

 


 

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