金栗四三と結婚した春野スヤはどんな人?大河ドラマの春野スヤと実際の春野スヤを比較

2019年5月12日


 

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日射病で失神する金栗四三 いだてん

 

2019年の大河ドラマ『いだてん~オリムピック噺~』で、ストックホルムオリンピックで金栗四三(かなくり しそう
)
が熱中症で棄権しました。帰国後、金栗は4年後のベルリンオリンピックに向けてトレーニングに励んでいました。

 

金栗四三 いだてん

 

第15回「あゝ結婚」では、オリンピックから帰国して故郷の熊本に帰った金栗四三が兄から急に養子になるようにいわれ、翌日に結婚式を挙げるという展開でした。

 

今回は、大河ドラマで綾瀬はるかが演じる「春野スヤ」について紹介します。前半では大河ドラマの春野スヤについて取り上げます。後半では実在の春野スヤについて紹介します。

 

自称・皇帝
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監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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大河ドラマの春野スヤとは?

 

大河ドラマの春野スヤは金栗四三の幼なじみという設定です。父親は熊本の医者で、故郷は金栗四三と同じ熊本県玉名市です。大河ドラマでは、熊本の女学校に通う学生で、自転車を乗りこなすハイカラなお嬢様です。

 

春野スヤは資産家の池部家に嫁いでいました。池部家は金栗四三のストックホルムオリンピックの渡航費を援助しました。池部家の池部磯江は兄と春野スヤの共通の叔母であるという接点があります。春野スヤの夫は病気で死亡しました。

 

第15回「あゝ結婚」では、夫が死亡してからすぐに四三に養子になるようにいわれます。当初、金栗四三は4年後のベルリンオリンピックに向けてトレーニングに専念するため、養子になることに難色を示しますが、兄に押し切られる形で春野スヤと結婚することになりました。金栗四三は東京にとどまることを条件に養子縁組を受け入れました。

 

結婚式を挙げてから次の日に金栗四三は東京に旅立ちました。4年後のベルリンオリンピックに向けてトレーニングに専念する日々を送ります。

 

大河ドラマの終わりの数分間放送される「いだてん紀行」では、金栗四三が養子に入った池部家が現在も残されていることが取り上げられました。金栗四三とスヤが水浴びで使用した井戸が紹介されました。第15回の放送の最後に春野スヤ役の綾瀬はるかが井戸水で冷水を浴びるシーンがありました。金栗四三の孫や池部家の隣人が話していた金栗四三に関するエピソードに基づいているのかもしれません。

 

 

 



実際の春野スヤとはどんな人?

 

大河ドラマにおいて、春野スヤは主人公の金栗四三の幼なじみという役柄です。ちなみに2人の出身地はともに熊本県玉名市ですが、金栗四三と春野スヤが初めて会ったのはお見合いの時です。大河ドラマとは異なり、幼なじみではありません。

 

金栗四三は池部家の養子となり、結婚式を挙げました。結婚生活5日後に金栗四三は競技生活を来るために東京に旅立ち、5年間の別居生活が続きました。

 

春野スヤは金栗四三の競技生活を支え続けました。ストックホルムオリンピックの4年後のベルリンオリンピックは第一次世界大戦で中止になりましたが、アントワープとパリオリンピックに出場しました。パリオリンピックの後、競技生活を終えて東京女子師範学校の教師となり、女子のスポーツの普及に努めました。

 

選手としての生活を終えると春野スヤとの別居生活を解消し、東京で生活を始めます。1男6女と子どもに恵まれました。東京での生活を経て、夫婦で熊本に戻りました。

 

 

東京五輪ライターオフィス樋口の独り言

三国志ライター オフィス樋口

 

今回は、大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』の第15回「あゝ結婚」で、金栗四三が結婚した春野スヤについて取り上げました。大河ドラマでは、金栗四三と同郷で幼なじみという設定になっていますが、実際の春野スヤが金栗四三と初めて会ったのは見合いだったということが分かりました。

 

実際の春野スヤは金栗四三を支え続けます。今後、大河ドラマにおいて金栗を支える春野スヤに注目したいと思います。

 

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いだてん

 

 

 

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