オランダには観光と漁業の街スケベニンゲンがある。どんな街なのか?

2023年2月12日

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kawauso編集長(石原 昌光)

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kawauso編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

コンテンツ制作責任者

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月に「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

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貂蝉と呂布

 

 

筆者の感想から言うと、男は大体スケベです。スケベな男がいないと人口は増えず人類は衰退してしまうので、そこは仕方がない事です。全く関係ありませんがオランダには、スケベニンゲンという観光と漁業の街がある事をご存知ですか?

 

 

1280年に初めて史料に現れるスケベニンゲン

ガレオン船(世界史)

 

 

スケベニンゲンは、オランダ語の発音ではスヘフェニンゲンです。じゃあ、スヘフェニンゲンでいいじゃないか?ですって、いえ、これは最後に話の伏線になっているので、そのまま続けさせて下さい。スケベニンゲンが史料に現れるのは1280年で日本では鎌倉中期、元寇を撃退した頃です。当時、スケベニンゲンには漁業に従事するアングロサクソン人やスカンジナビア人が生活していたそうです。

 

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1654年スケベニンゲンの海戦

塩が途切れて白旗を挙げるイギリス海軍の帆船

 

スケベニンゲンは戦争からはかなり遠いイメージですが、哀しいかな戦争からは逃れられませんでした。1654年オランダはイングランドと英蘭戦争を継続中でスケベニンゲン沖でイギリス船団とオランダ船団が大砲を撃ち合い多数の死傷者が出たそうです。1818年にはヤコブ・プロンクが浴場を解説、そのお陰でスケベニンゲンはヨーロッパ各地特にドイツから観光客が多くやってくるようになります。

 

 

ヌーディストビーチもあるスケベニンゲン

 

孔融と禰衡

 

 

黒海に面したスケベニンゲンは海水浴場で有名で夏場は海水浴客で賑わい、ヌーディストのためのビーチもあるそうです。うーん、さすがはスケベニンゲンですが、邪な気持ちでノゾキニンゲンになってはいけません。

 

 

ゴッホの名画「スケベニンゲンの海の眺め」

 

 

スケベニンゲンに因む絵画では、デン・ハーグに住んでいた画家、ゴッホが描いた「スヘフェニンゲンの海の眺めという作品があります。こちらは2002年にゴッホ美術館から盗まれましたが、2016年に無事発見されました。

 

 

スパイ発見にも利用されたスケベニンゲン

徴兵から逃れをようと国外に逃亡を試みる日本人兵

 

 

スケベニンゲンとは、オランダ語で「斜面の村」という意味です。全然スケベニンゲンな感じはしませんね。そんなスケベニンゲンですが、オランダでは「スヘフェニンゲン」と発音し、近しい言語を持つドイツでは「シュフェヘニンゲン」と発音する事から、第二次世界大戦時には、ドイツ国内でオランダ人のスパイを見つける為に、スケベニンゲンと発音させる誘導尋問があったそうです。

 

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台湾より南、フィリピンよりは北の南の島出身、「はじめての三国志」の創業メンバーで古すぎる株。もう、葉っぱがボロボロなので抜く事は困難。「はじめての三国志」編集長。三国志・中国史を中心に、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を執筆・編集し、当サイトでは4,000本以上の記事を担当。三国志は正史から入ったため、演義を書くときのほうが神経を使うという天邪鬼。故郷・沖縄の歴史に関する勉強会の開催や、ラジオパーソナリティとしての活動も行う。

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