NHK大河ドラマ「どうする家康」第八話「三河一向一揆でどうする?」では、たかが坊主と一揆勢を侮る家康に対し、次々と家臣が寝返り、家康が疑心暗鬼に陥る様子が描かれました。しかし、どうして家康の家臣たちは次々に一向一揆に加わったのでしょうか?
理由は先祖の松平清康が一向宗門徒を取り込んだから
実は、家康の家臣が一向一揆に寝返ったというのは正しくありません。正確には一向宗門徒が家康を見限ったというべきです。何故かと言えば、元々岡崎は一向宗の地盤で、そこに後から家康の祖父の松平清康がやってきて、一向宗門徒を家臣団として取り込んだからでした。家康の家臣は家康の家臣になる前から一向宗の門徒であり、家康よりも先祖伝来の信仰を取ったのは無理からぬことでした。
家康は裏切った家臣を赦す
信仰と忠義の板挟みになった家臣たちの苦しみを家康も理解していました。一向一揆を鎮圧した家康は一向宗の寺に対しては厳しい措置を取った一方で、降伏した家臣に対しては罪に問わず、多くを許しました。こうして家康は三河領内で一向宗の信仰を禁止すると同時に、崩壊寸前に陥った家臣団をまとめ直したのです。
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