三国志時代のセキュリティはどうなっていたの?何でもかんでも機密保持じゃい!

2016年6月23日

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kawauso編集長(石原 昌光)

監修者

kawauso編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務めるほか、紙媒体やWebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者・おとぼけ(田畑 雄貴)

コンテンツ制作責任者

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月に「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感していただけることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。

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曹操 機密保持

 

重要な文書の偽造・ねつ造を防ぐために、現代でも、指紋認証や暗証番号など

多くのセキュリティー対策が取られている事は皆様も御存じでしょう。

しかし、それは何も、現代になって始まった事ではなく、中国においては、

キングダムの戦国時代から、封泥(ふうでい)という方法で、

厳重に文書に封印をして機密を守りました。

ですが、古代中国人は、それにより封印マニアになってしまいます。

 

偽造が簡単な木簡・竹簡を保護する為に封泥は生まれた

曹操 機密保持

 

紙が普及する昔、中国においては、重要な文書は、竹や木の板に書かれました。

稀に、絹布などにも文字を書きましたが、こちらは稀です。

後の紙と違い、木簡は間違えても、その部分を書刀で削ればよいので、

素材を無駄にする事がないという美点もありました。

 

ただ、この修正の容易さは、絶えず、文書が偽造されたのでは?

という疑いを産む元にもなりました。

 

そこで、丸く束ねた木簡、竹簡に紐を巻きつけて、

それに粘土製の封泥を巻きつけ、そこに責任者の印を押して、

封泥を割らない限り、中身を確認できないような工夫が発明されます。

また、輸送物品に関しても、紐を掛けて封泥が施され、中身が抜かれたり

取りかえられたりするのを防いでいました。

印鑑の始まりは、封泥に印を押すため

 

私達の常識では、印鑑は、朱肉をつけて紙の上に押すものです。

しかし、古代は紙がないので、そもそも朱肉もありません。

大昔の中国における印は、やわらかい粘土の上に押すものでした。

 

ちなみに、現代の印鑑はすべて陽刻で、名前の周辺を削り

文字を浮き立たせる方式ですが、封泥に押された印は、

すべて逆の陰刻(白文)で、名前の部分を彫っています。

 

これは封泥が乾いた時に、文字の部分が浮かび上がり、

見えやすくなる為です。

 

封泥は2種類ある・・

キングダムと三国志

 

封泥の方法は、2種類ありますが、とても簡単です。

封印をしたい木簡をきつく紐で束ねて、そこに乾いていない封泥を

紐に少し埋め込む形で巻きつけて、ここに印を押します。

 

しばらくすると、封泥は乾燥して堅くなり、中身を見る為には

どうやっても、封泥を割らないといけなくなるのです。

印は、責任者しか持っていないので、また、封泥を使って、

封をしても印の形が違うので偽造がバレてしまいます。

 

もう一つの封泥は、検(けん)と呼ばれ、紐に粘土と一緒に木片を巻きつけて

行うもので、こちらの方が、重要度が高い文書でした。

 

なんでも封泥、、封泥マニアになってしまった中国人

宦官集合 

 

封泥の習慣は、紙が一般化する魏晋南北朝時代には廃れていきます。

つまり、裏を返せば三国志の時代までは、

かなり一般的にあった習慣という事になるのです。

 

その間に封泥の習慣は普及して本来の目的を離れ、

文書の封緘ばかりではなく、例えば、人への贈り物や

墓の副葬品にも封泥をするようになります。

 

それは、どういう理由であるかと言うと、

 

「この品物は、他人が開けて中を改めてはいませんよ。

安心して、使用して下さい」

 

という、真心というか、自分の誠意を示す意味が込められたからです。

 

どうやら、何でも他人が触れたものは嫌だという潔癖症が

当時の人々にはあり、なんでもかんでも封泥して、

他人の手垢はついていませんと、

アピールする事が一種流行してしまったのですね。

 

三国志ライターkawausoの独り言

kawauso 三国志

 

あと、封泥に印を押して、綺麗に押せた時の一種の気持ち良さも

封泥の習慣を普及させた一因ではないかと私は思います。

 

現代の紙に押す印鑑でも、綺麗に押せた時って、

なんだか分からないけど嬉しかったりしますよね。

 

当時の人々は、あの気持ち良さが味わいたくて、

やたら、文書や品物に紐を巻きつけて封泥をつけて、

印を押していたのではないでしょうか?

 

割合、きっちりした性格の曹操(そうそう)なんかは、

封泥の押し方だけではなく、割る時も封泥が半分に

きっちり割れるようにこだわったような気がしてなりません。

 

一方の劉備(りゅうび)は、封泥も適当に押して、封を割る時も、

いい加減に割って、封泥も粉々だったのではという気がします。

 

本日も三国志の話題をご馳走様でした。

 

 

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kawauso

台湾より南、フィリピンよりは北の南の島出身、「はじめての三国志」の創業メンバーで古すぎる株。もう、葉っぱがボロボロなので抜く事は困難。本当は三国志より幕末が好きというのは公然のヒミツ。三国志は正史から入ったので、実は演義を書く方がずっと神経を使う天邪鬼。

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