春秋戦国時代

はじめての三国志

menu

三国志の雑学

三国志の時代にも裁判はあったの?実はかなりリーガルハイな感じだった

この記事の所要時間: 322




韓信と劉邦

 

人が生きていれば、時に避けられないのが訴訟ごとです。

もちろん、当事者同士で言い争っても、らちがあくわけはないので、

早い時代から、訴訟を担当する役所が存在していました。

そんな知られざる三国志時代の訴訟とは、どんな様子だったのでしょうか?

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら




県において訴訟を取り扱うのは県令

劉備

 

三国志の時代には、郡県制が敷かれているので、中央以外の行政は、

一番大きくて郡、その傘下に幾つかの県が入り行われていました。

県において、訴訟を扱うのは民事を担当する令(れい)です。

さらに軍事・警察を扱うのは尉(い)、それらの行政をチェックする

監察を行うのが丞(じょう)と言いました。

 

それぞれには、県の頭文字をつけて、県令、県尉、県丞と言います。

劉備(りゅうび)は若い頃、黄巾賊討伐の手柄で県尉に任命されて

いますから何となく身近に感じますね。




何と多額のお金を納めないといけない裁判

村人 ショッピング

 

当時の裁判は、今と同様に民事(訟)と刑事(獄)に分かれていましたが、

いずれも無料ではありませんでした。

民事訴訟を起こした時には、被告原告双方が矢を100本納めます。

これで訴訟に勝利すると矢は返却されますが負けると没収です。

 

また刑事訴訟は、ことが重大である事から鈞(ちょう)金を納めました。

これは黄金三十斤で重さ6681グラムだそうです。

矢100本は兎も角、黄金6681グラムは簡単には用意できません。

よくよく考えてから相手を訴えろよという意味でしょうが、

庶民では刑事訴訟を起こすのは無理だと考えていいでしょう。

 

被告も原告も地面に土下座

張譲

 

さて、裁判風景ですが、今なら、被告が中央の座席に座るという感じですが、

後漢時代は、裁きを下す県令が正面の席に座り、被告も原告も中庭に

土下座だったようで、敷物が敷かれる事もありません。

なんか、県令だけが偉くて、被告原告が双方罪人みたいな扱いですね。

被告原告を顔合わせさせて、取っ組み合いのケンカにならなかったのでしょうか?

 

地位があるヤツは裁判に出席しないで代理を置く

 

また、こういう屈辱的な扱いを受ける事から、官位を保有するエリートは

男女共に裁判には出廷せず、代理として家臣や下僕を座らせていました。

被告と原告がどっちも貴族なら、双方にまるで事件と関係ない人が、

黙って土下座する事になります、、何か変な光景ですね。

 

貧乏人の救済制度、肺石(はいせき)

疫病 村

 

さて、訴訟を起こそうにも、矢も黄金も納められない貧乏人には、

救済措置として、肺石という黄色い石が用意されました。

どうにも我慢できない事がある人は、この肺石の上に立ち、

訴えたい事を述べると、それを役人が聞き届けて王に告げ、

正当であると認めると、訴えられた相手は処罰されました。

 

ただし、調べて正当ではないとされると罰がありましたから

気軽に使えるモノでは無かったようです。

 

訴訟が決着しなかった時の最終手段

韓信

 

しかし、被告原告、双方の言い分を調べても、

どちらが悪いとも言い切れないケースがあります。

むしろ、民事訴訟なら、そっちの方が多いでしょう。

そのような場合には、県令は原告と被告を神に誓わせます。

そして、「嘘偽りを申した者には天罰を」と告げるのです。

 

この誓いの巧妙なのは、原告と被告だけでなく、

土地の人間にも生贄と酒を出させる事で、つまり不正に

味方した村人も天罰を受けるという意味でした。

 

当時は迷信深い時代なので、よほど自分は悪くないと確信している

人以外は、あっさり白状しましたし、真実を目撃しながら、

黙っている村人も天罰を恐れて、こっそり密告する事もありました。

 

死罪も金で解決できる、納得いかない制度

曹操議員

 

そのようにして有罪になり、例えば死罪を求刑されても、

その罪を金で購うシステムが三国志の時代にはありました。

 

例えば死罪は絹二十匹でチャラに出来たと記録にあります。

絹二十匹とは、絹の反物を460メートルという事です。

また、髠(こん:頭髪を剃る)首かせ、足切り、城旦(辺境の警備)

舂(従者の食事を造る:女性の刑)などは、絹十匹でした。

 

当時、絹は幣帛と呼ばれ、一定の大きさで流通する時には、

貨幣の代わりになっていたのです。

 

「まさに地獄の沙汰も金次第、金があれば、死罪をまぬがれ、

金がないと生命を失う、これぞ、ゲスの極み!!」

 

このように三国志の時代は、かなりリーガルハイな感じでした。

 

三国志ライターkawausoの独り言

kawauso 三国志

 

いかがだったでしょうか?

三国志の時代の訴訟は、お金はかかるは地面に土下座だわ、、

訴訟を起こした側が貴族の場合には、代理人が代わりに裁判を受けるわ

なんだか、ヘンテコな感じではないでしょうか?

 

ここから考えると、三国志の時代の訴訟は、

そこまで多くなかったかも知れませんね。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:三国志時代に降伏や降参するときはどうやってサインを出していたの?

関連記事:【素朴な疑問】三国志時代はどうやって兵士を集めていたの?

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

 

よく読まれている記事

 

曹操01

よく読まれている記事:曹操を好きになってはいけない6つの理由

朝まで三国志

 

 

よく読まれている記事:朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ(笑) 第1部

 

kawauso 投壺

関連記事:三国時代の娯楽にはどのようなものがあったの?タイムスリップして当時の人に取材してみた

袁紹 曹操

 

 

よく読まれてる記事:【三国志if】もし袁紹が官渡の戦いで曹操に勝ってたらどうなってたの?

 

kawauso

kawauso

投稿者の記事一覧

三度の飯の次位に歴史が大好き

10歳の頃に横山光輝「三国志」を読んで衝撃を受け
まずは中国歴史オタクになる。
以来、日本史、世界史、中東、欧州など
世界中の歴史に興味を持ち、
時代の幅も紀元前から20世紀までと広い。
最近は故郷沖縄の歴史に中毒中、、

好きな歴史人物:

西郷隆盛、勝海舟、劉邦、韓信、、etc

何か一言:

歴史は現在進行形、常に最新のジャンルです。

関連記事

  1. 【5分で分かるビジネス三国志】三言で田嬰(でんえい)を動かした男…
  2. 史上最強の交渉術を備えた縦横家ってどんな人?
  3. マイナーですまん!袁術に滅ぼされた陳王 劉寵(りゅうちょう)
  4. 袁術が天下を統一するためにみんなで考えよう【第1回】
  5. 宝刀・七星剣(しちせいけん)?なにそれ?おいしいの?伝家の宝刀を…
  6. 三国志の時代の防犯はどんな方法があったの?三国志時代の犯罪防止法…
  7. 38話:名門に生まれた策略家 袁術の非業の最期
  8. 【キングダム】龐煖(ほうけん)が戦死する理由を史実をもとにネタバ…

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 1800年前に呂布がビーフバーガーを食べていた?気になる漢時代の食生活
  2. 龐徳(ほうとく)ってどんな人?忠烈な最期を称えられた魏(義)の猛将
  3. 陳登(ちんとう)とはどんな人?劉備や曹操に認められた大才の持ち主
  4. 袁術が天下を統一するためにみんなで考えよう【第2回】
  5. 【コラボ企画】はじめての三国志 x レキシズル 3月25日開催決定
  6. 5話:頓挫する王莽の新と、後漢王朝の復活

三國志雑学

ピックアップ記事

おすすめ記事

はじめての三国志 4コマ劇場 「難攻不落の門」 曹操が行った大改革って何?|パイを奪うより自分で焼け! 133話:公孫淵の反乱と司馬懿の台頭 蜀のブサメン軍師、龐統は魯粛のスパイだった?劉備と龐統、仮面主従の真実 文欽・毌丘倹の反乱を鎮圧することができたのは傅嘏の進言があったからこそ? 阿会喃、死んだらあかいなん!!孔明に裏切られた良い蛮族 【はじめての孫子】第6回:勝つために最も大切なことは智謀でも勇気でもなく、緻密な計算 【架空戦記】帝政ローマ軍と三国志軍が戦ったらどっちが勝つの?軍隊の編成や武器なども徹底解説

おすすめ記事

  1. 范雎(はんしょ)とはどんな人?平民から秦の宰相まで上り詰め、恩と復讐を忘れなかった苦労人
  2. 劉備入蜀の立役者、龐統の全戦歴
  3. 90話:張任によって龐統討たれる
  4. よくわかる!周の成立から滅亡をざっくり分かりやすく紐解く
  5. はじめての三国志 4コマ劇場 「長坂橋を死守する張飛くん」
  6. 【シミルボン】三国志の真実、劉備が孔明に飛び付いた理由はこれだ!
  7. 【袁術のちょっとイイ話】袁術(えんじゅつ)と蜜柑のお話
  8. 郭淮(かくわい)ってどんな人?蜀軍との戦いに明け暮れた魏の重鎮の司令官

はじさん企画

袁術祭り
特別企画
異民族
諸子百家
春秋戦国時代
日常生活
はじめての三国志TV
PAGE TOP