十常侍に学ぶ正しい謝罪!真土下座の花道【ビジネス三国志】


はじめての三国志コメント機能バナー115-11_bnr1枠なし

陳平

 

社会生活を営んでいく上で、責任の生じる仕事を任されれば、

そこには、何らかのミスはつきものです。

それが、油断から来たものでも、予想外のものでも、或いは、他人から

なすりつけられたものであれ、ミスれば謝罪は仕方ないでしょう。

しかし、この謝罪は中々難しいものというのも事実です。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら


謝罪の仕方一つが出世に響く場合もある

曹操議員

 

どうして難しいか?と言えば、謝罪にはマニュアルがないからです。

謝罪を求める側は、多種多様な思惑があり感情的に怒っている場合もあれば

形式上、謝罪してもらわんといかんという事務的なケースもあります。

そして、謝罪する側は、相手の思惑など分らない場合が殆どです。

 

曹操議員

 

その場合、謝罪一つで、その後の出世に響く場合もあります。

謝罪が軽ければ、「生意気なヤツだ」と思われて人間的に嫌われる恐れもあり

どの程度が適切か?という判断がつきにくいのです。


宦官は上司(皇帝)の心理を読む名人だった

宦官集合 

 

その点では後漢王朝を崩壊させる原因にもなった宦官は、

寄生主である皇帝の心理を読む名人だったと言えるでしょう。

一見、宦官は絶大な権限を持つように見えますが、

それは皇帝を味方につけている場合に限られます。

 

ライバルである外戚が、皇帝以外にも自己の勢力を持つのとは

そこが大きく異なっています。

宦官は、何があっても皇帝の信頼を損なうわけにはいかず、

それが彼等の保身から来る謝罪を芸術にしました。


宦官の謝罪術 疑われたら、即土下座!

張譲 宦官

 

そんな宦官の代表が後漢の霊帝(れいてい)に仕えて、

父とも慕われたと言われる中常侍の筆頭である張譲(ちょうじょう)です。

 

西暦184年、黄巾の乱が発生し、それが鎮圧された頃、

郎中の張釣(ちょうきん)という人物が霊帝に上奏した事があります。

 

張釣「黄巾の乱は、十常侍が皇帝の寵愛を良い事に、

私腹を肥やして民を苦しめた結果で御座います。

同じような事が起きない為にも、今十常侍を斬って捨てて、

広く、天下万民に謝罪すべきでありましょう」

 

通常は、このような場合、真偽はどうあれ、

張釣の上奏に対して言いがかりだと反論するのが普通です。

恐らく、張釣もそう思っていたのでしょうが、

張譲は予想に反して、すぐに土下座して過ちを認めます。


自主的に財産を返納し親族も首にする

 

張譲「私共の贅沢が、これほどまでに天下万民を苦しめようとは、

宮中から出る事が少ない、我々は知る由もありませんでした。

この上は、陛下よりなんなりと罰を受けたいと存じます」

 

そして、溜めこんだ財産を国庫に戻す事を約束し、

さらに、張譲の一族で地方の郡太守をしている人間を全て

自主的に辞めさせました。

 

あまりに機敏に、あっさりと罪を認めた事で、

霊帝は重い罪を問う事もせずに張譲達を許しました。

 

窮地を切り抜けた張譲は、しばらく後に上奏した張釣こそが

黄巾賊に通じていたと霊帝に讒言して、張釣を自殺に追いやります。

 

どうして張譲は、争わず謝罪したのか?

キングダムと三国志

 

では、どうして張譲は、最初に争わずに罪を認めたのでしょう。

それは、霊帝の機嫌を損なわないという一点からでした。

 

この時点で十常侍が財産を貯め込んでいる事は、

いくらボンクラな霊帝でも一緒に売官に勤しんでいて

見当がつく事ですから、

 

「我々は汚職など少しもしていない清廉潔白です」

 

と主張するのは無理があり、いかに霊帝でも機嫌を悪くするでしょう。

そこで、あっさりと罪を認めて土下座し、貯め込んだ金は全て返し

送りこんだ一族の郡長官も辞めさせるとしたのです。

 

霊帝にとっても、張譲は身内ですから、

もとより処刑する気は全くありません。

 

「まあまあ、こうして十常侍も反省し、金も返し、

一族も、こぞって首にしたのだから許してやれ」

 

そういう落とし所も用意しやすくなったのです。

まさに張譲は霊帝の(処罰は必要だが処刑は行き過ぎだ)という

心理を読み切り、自ら罪を認める事で死を回避したのです。

 

謝罪を求めてくる相手にも面子がある事を理解する

韓非 キングダム

 

身に覚えがない、或いは、自分に落ち度があるとは思えない事で

謝罪する羽目になると、私達には反発心が芽生えてきます。

 

「こんなの、俺だけが悪いんじゃないのに・・」

 

しかし、謝罪を求める側にも面子があります。

謝罪させ、少し説教して終わらせようと思った相手が

反抗的であったら、気分としてはどう思うでしょう。

 

(俺だって好き好んで、謝らせているんじゃないぞ、

反抗的な態度を取りやがって生意気な奴だな)

 

このように思って、ただの義務として謝罪させるつもりが、

徹底的に説教してやろうという気持ちに切り替わるかも知れません。

 

謝罪と弁明の場は違うと理解しよう

曹操議員

 

謝罪の場では、まず謝るに限ります。

 

「いや、俺にも言い分がある」という人でも、

ここは我慢して謝り、時間を置いてから

弁明の時間を求めればいいのです。

 

そこでは、もう謝罪は終わっていますから、

上司もあなたに説教する必要もありません。

おそらく柔軟に意見を聞く事でしょう。

 

 

今日のビジネス三国志ポイント

曹操

 

張譲の謝罪の極意は、謝罪を求める相手の面子を考えて、

まずは相手の気分を害しないように謝罪してしまうという事です。

相手の気を済ませてからであれば、失敗を巻き返すのは、

相手を怒らしてしまうより、ずっと難しくないでしょう。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:三国志時代に降伏や降参するときはどうやってサインを出していたの?

関連記事:【素朴な疑問】三国志時代はどうやって兵士を集めていたの?

 

激動の時代を生きた先人たちから学ぶ『ビジネス三国志

ビジネス三国志

 

関連記事

  1. 司馬懿
  2. 先読み袁術
  3. 孫権に煽られて憤死する陸遜
  4. 赤壁の戦い
  5. 張昭 VS 孫権

コメント

  • コメント (0)

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。




はじめての三国志企画集

“はじめての三国志企画特集"

3冊同時発売

“三国志人物事典"

“ながら三国志音声コンテンツ"

ASMR

“近代オリンピック




PAGE TOP