【真田丸】高速で関ヶ原の戦いは終わったが、どうして三成と家康が戦うことになったの?『黒田廉の考察』

三成のお願い




関ヶ原の戦い f

 

この作戦を聞いた兼続は大いに手を叩き「これが成功すれば必ず家康に勝利できますな。

しかしこの作戦の要は我ら上杉家でありますな。」と質問します。

三成は頷き「左様でございます。上杉家が立ち上がってくれなければ成り立たない作戦です。

豊臣家は幼い秀頼公が跡を継いだばかり。このまま家康の思い通りにさせれば、

豊臣家は潰されて秀頼公は家康によって殺害されてしまうかもしれません。

そんなことをさせないためにもここで家康を倒して、豊臣政権を安泰へ導かねばなりません。

どうか兼続殿。義に厚い上杉家にこの作戦に参加していただけないでしょうか。」と

三成はあたまを下げて兼続にお願いします。

兼続は少し考えた後「分かりました。

我が主君である景勝公には私から申し上げて説得してみせます。

この作戦必ず成功させて家康を倒しましょう」と堅い握手を交わします。

こうして三成の家康打倒作戦は始まっていきます。




仲間を集める

重耳 安定

 

三成と直江兼続は密謀を重ね作戦の基礎固めを行った後、

兼続は領国である会津へと帰っていきます。

その後三成は家康と戦うため日本の西に存在している大名へ手紙を書いて、

仲間を集めることに力を傾けます。

この結果、友達である小西行長(こにしゆきなが)や宇喜多秀家(うきたひでいえ)など

西日本に点在する諸大名を仲間に加えることに成功。

そして総大将には西日本最大の勢力である毛利家を据え置くことにも成功します。

こうして大勢力を築くことに成功した三成のもとへ会津で上杉家が家康打倒のための挙兵を

したとの報告が入ってきます。

そして家康は上杉家討伐の為に豊臣諸大名を率いて出陣していきます。

三成は引退していたので、親友である大谷吉継へ息子と共に家康軍へ加わってもらいたいと

要請します。

その為三成は吉継を佐和山城に来てもらうよう手紙を出します。




親友に家康討伐に加わってもらいたいと懇願

大谷吉継 wiki

 

三成は佐和山城へ大谷吉継が来るとすぐに酒を用意させ、二人きりで語り合う場を用意します。

彼は吉継へだらだらと長い話をせずに単刀直入

「吉継殿。私は家康打倒のための兵を挙げることにした。吉継殿にも加わってもらいたい。」と

真実を明かしてからお願いします。

この場面は真田丸でも放映されており、三成と吉継の絆の深さが伺えるシーンとなっておりました。

史実も真田丸で放映されたシーンとだいたい一緒です。

吉継は一度は三成の要請を断りますが、三成の再三のお願いに吉継が折れて

「わかった。お主がそこまで言うのならともに立ち上がろうぞ」と決意を固め、

三成と共に挙兵に参加する事を決めます。

三成は吉継の説得に成功すると大阪城に入って軍議を開き、

豊臣軍の総大将を毛利輝元(もうりてるもと)に決めるなど諸将の攻撃部署を決めて出陣します。

 

家康上杉軍との戦いをやめて西へ向かう

炎 s

 

家康は上杉軍とぶつかる前に大阪で三成が挙兵したことを知ります。

三成挙兵の報告を知ると急いで軍議を開いて率いていた豊臣諸大名へ

三成が挙兵したことを明かします。

そして家康は「各々方は大阪に妻子をおいている方もいるでしょう。

ですからここで大阪に帰って西軍に味方につきたい方はどうぞ遠慮なく申してくだされ」と

呼びかけます。

ここも真田丸で放映されておりましたが、

史実では豊臣恩顧の筆頭大名である福島正則(ふくしままさのり)が家康に味方することを表明。

すると他の諸大名も一斉に家康へ味方することにします。

こうして家康は豊臣家の諸大名を味方につけると急いで上杉討伐の兵を反転させて、

西に向かって一斉に進軍を開始することになります。

 

真田丸ライター黒田廉の独り言

黒田廉

 

今回は真田丸特集として石田三成と徳川家康が関ヶ原の戦いで起きる原因をご紹介しました。

次回から関ヶ原の戦いの内容に入っていきたいと思います。

どうして石田三成は関ヶ原の戦いで徳川家康に敗北してしまうことになったのか。

徳川家康が石田三成に勝った後どのように日本で変化が起きたのかをご紹介します。

「今回の真田丸のお話はこれでおしまいにゃ。

次回も真田丸特集でお会いしましょう。

それじゃまたにゃ~」

 

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