春秋戦国時代

はじめての三国志

menu

はじめての変

「豎子に名を成せり」とはどのような意味なの?龐涓(ほうけん)の名言

この記事の所要時間: 351




 

今回は孫子の兵法書の著者である孫武ではなくて、

「孫臏兵法(そんぴんへいほう)」で知られる

孫臏のライバル龐涓(ほうけん)の名言をご紹介したいと思います。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:曹操って孫子の兵法書を編集した人だけど兵法を使って戦ったことあるの?




孫臏の永遠のライバル

 

孫臏は鬼谷先生(きこくせんせい)と呼ばれる先生の元で兵法を学びます。

この時孫臏に良き友であり、ライバルであった龐涓がいました。

彼と共に切磋琢磨しながら兵法を学び、二人は卒業していきます。

孫臏は斉へ行き、彼の地で兵法を持って斉で活躍していくことになります。

龐涓は魏へ言って魏王に仕え、頭角をあらわしていくことになります。




自分より優れている孫臏を罠にはめる

 

龐涓は魏で孫臏よりも先に仕えることになり、鬼谷先生の元で一生懸命覚えた兵法を持って、

めきめきと頭角をあらわし、魏の将軍に出世していきます。

しかし彼には鬼谷先生の所で非常に優秀であった孫臏のことを忘れることができませんでした。

そのため龐涓はまだ斉で士官していない孫臏を魏に呼ぶことにします。

孫臏は友人である龐涓に呼ばれると彼を疑いもせずに魏に行きます。

龐涓は孫臏が魏に到着すると罪を着せて彼を牢屋にぶち込んでから、

足の健を斬って歩行ができない体にしてから、罪人の証である刺青を顔に入れて釈放させます。

龐涓は孫臏が歩行不能となった体を知り、「これで俺の邪魔をする奴は天下に居なくなった」と

満足げに側近と話します。

こうして孫臏は歩行不能な罪人となってしまい、

社会的にも二度と表舞台に立てなくなってしまいます。

そんな孫臏を救ってくれた人物がおりました。

 

斉の将軍田忌に拾われる

 

孫臏は魏の国から出ようとした際に、斉の使者として魏から帰る途中の田忌と出会います。

田忌は孫臏の兵法に関する深い知識を知ると彼を馬車に乗せて、斉へ共に帰国。

その後孫臏を食客として養うことにします。

 

韓救出作戦

 

魏は韓の国を攻略するため、趙と同盟を結び共に韓討伐軍を編成し出陣。

この時の総大将として龐涓が選ばれ、彼は韓を討伐軍を率いて攻撃に向かいます。

韓はこのままでは魏に攻略すされてしまうと考え斉に救援要請お願いします。

斉は将軍・田忌に軍勢を預けて韓救援軍を送ります。

田忌は軍師に孫臏を起用し、共に韓救援へと急ぎます。

 

孫臏の兵法

 

その頃、龐涓は斉軍が韓へ救援軍を出したことと田忌の軍師に孫臏が付いていることを知ると、

兵を二分して一方の軍勢は韓へ攻撃を続行させ、

龐涓率いる本隊は斉軍の背後から攻撃を仕掛けるべく進軍を開始。

孫臏は龐涓が斉軍の後ろに回って攻撃を仕掛けてくることを先読みして、

田忌に「斉軍は天下に弱兵と侮られており、魏の龐涓も斉軍を侮っていることでしょう。

ですから我が軍は宿営地に設置するかまどの数を日毎に少なくしていきましょう。

まず最初の宿営地に10万のかまどを設置。次の日は半分の5万。

その次の日は3万と少なくしていけば、龐涓は斉軍が日に日に逃亡していることを知り、

一気に追撃を仕掛けてくること間違えありません。

そして我が軍は馬陵の地で魏軍を待ち構えていれば、必ず龐涓を討ち取ることができ、

魏軍を打ち破り、韓を救うことが出来るでしょう。」と進言。

田忌は孫臏の進言を採用して彼の言うとおりにかまどの数を日毎に少なくしていきます。

 

「豎子に名を成せり」

 

龐涓は斉軍の背後に回ると、斉軍の駐屯地に到着します。

最初の日は10万ものかまどがあったのに、次の日は5万。

その次の日は3万と日毎にすくなくなっている現状を知り、

傍らにいた魏の太子へ「斉軍は魏についてから着実に兵が少なくなっています。

これなら斉軍を急追して大勝利を得ることができましょう。」と大いに喜び、追撃を開始します。

そして龐涓率いる魏軍が馬陵に到着すると、目の前に大きな木がありました。

周りは薄暗くなっており、木に何か書いてあるようですが、暗くて読めませんでした。

そこで龐涓は木に書いてある文字を読もうとして火を灯したその瞬間、

斉軍の弓による一斉射撃が火に向かって行われます。

この攻撃によって龐涓は亡くなってしまうのですが、亡くなる間際に彼は

「豎子に名を成せり」と叫んでから亡くなります。

この意味は「小僧!!貴様に名を上げさせることになるとは」と叫んでから亡くなってしまうのです。

 

春秋戦国時代ライター黒田レンの独り言

 

「豎子に名を成せり」と残した龐涓も歴史に名を残すことになりますが、

永遠のライバルの孫臏に敗北したことは相当悔しかったのでしょう。

もし彼が孫臏を騙すことなく魏王に仕えさせていれば、

魏の国は大いに覇者としての地位を絶対的なものにしていたこと間違えないでしょう。

当時の魏は商鞅(しょうおう)や呉起を手放しており、孫臏・商鞅・呉起の内誰かを登用していれば、

かなり戦国時代も変わっていたことでしょう。

「今回の春秋戦国時代のお話はこれでおしまいにゃ。

次回もまたはじめての三国志でお会いしましょう。

それじゃあまたにゃ~」

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:【意外と知らない?】孫子の兵法を読んだ偉人達!曹操やビルゲイツも愛読、人生や経営に役立つ名言が詰まった兵法書

関連記事:【孟徳新書】曹操の兵法書は敵の手に渡らなかったの?

 



よく読まれている記事

曹操01

 

よく読まれている記事:曹操を好きになってはいけない6つの理由

 

朝まで三国志

 

よく読まれている記事:朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ(笑) 第1部

kawauso 投壺

 

関連記事:三国時代の娯楽にはどのようなものがあったの?タイムスリップして当時の人に取材してみた

 

 

袁紹 曹操

 

よく読まれてる記事:【三国志if】もし袁紹が官渡の戦いで曹操に勝ってたらどうなってたの?

黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 【故郷を愛した英雄】曹操は故郷が大好きで仕方がなかった
  2. 曹操 生涯最大の苦戦 烏桓討伐|完結編
  3. たった26年の生涯を駆け抜けた小覇王・孫策
  4. 【官渡の戦い前哨戦】文醜はどうして敗北することになったの?
  5. 人材大好きの曹操が欲しがるほどに惚れた敵将は誰?
  6. 三国志時代の通信手段は何だったの?気になる三国時代の郵便事情
  7. 自称皇帝、袁術のトホホな部下列伝 Part.2
  8. 王昭儀列伝|曹操に最も寵愛された女性

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 【おんな城主・井伊直虎を見逃した方へ】第六話「初恋の分かれ道」の見どころ紹介
  2. 【衝撃の事実】赤壁の戦いに色をつける!袁術の音楽隊が大活躍していた!?
  3. 本拠地の兗州でクーデター発生!親友の裏切りにあった曹操
  4. 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース13記事【7/4〜7/10】
  5. 鄒氏|その美貌ゆえに破滅した悲劇の女性
  6. 曹操は女の敵なのかどうかを検証する・その4

三國志雑学

ピックアップ記事

おすすめ記事

諸葛亮孔明の軍事能力は実際に優れていたの?前編 はじめての三国志チャンネル 第2回目 – 袁術ってどんな人? 【002】 劉禅が読んだ韓非子ってどんな本? 諸葛孔明の発明|伝説肉まんから紙芝居まで? 軍師・龐統の名言から知る三国志の世界「人の国を伐ちて、以て歓を為すは、仁者の兵にあらざるなり」 【諸葛亮 vs 織田信長】戦争費用捻出法!あれやこれやの財源探し 三国志の時代に流行した超クールなスポーツ撃壌 【キングダム ネタバレ注意】秦・中華統一後、王賁(おうほん)は今後どうなる?

おすすめ記事

  1. 【おんな城主・井伊直虎を見逃した方へ】第九話「桶狭間に死す」の見どころ紹介
  2. 【シミルボン】これはヤバいよ!裏三国志 大流行したドラッグ五石散
  3. 黄権(こうけん)ってどんな人?劉備から絶大な信頼を得ていた人物
  4. 壮絶、血を吐きまくる三国志武将ランキング
  5. 【3分で分かる】光武帝・劉秀(りゅうしゅう)の華麗な生涯
  6. 劉備暗殺計画|甘露寺の婚儀と錦嚢の計 その2
  7. 蒙武(もうぶ)ってどんな人?親友、昌平君との戦いは回避不能!
  8. 集まれ曹操の25人の息子たち・その3

はじさん企画

袁術祭り
特別企画
異民族
諸子百家
春秋戦国時代
日常生活
はじめての三国志TV
PAGE TOP