広告募集
帝政ローマ

はじめての三国志

menu

三国志の雑学

三国志の時代に活躍した兵士の逸話

この記事の所要時間: 235




 

三国志は将軍や軍師達が活躍していた時代ですが、

兵士達もしっかりと活躍しているのはご存知であると思います。

今回は合肥(がっぴ)新城攻防戦の時に包囲を破って救援軍に合肥の情報を伝えようとして

呉軍に捕まってしまった兵士についてご紹介したいと思います。

この兵士は呉軍に捕まってしまいますが、将軍並の勇気を持っている偉大な兵士でした。

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:【三国志あるある】懐かしい!と思った人は40代!昭和では当たり前だった三国志事情




合肥新城攻防戦

 

諸葛恪(しょかつかく)は前年東興(とうこう)で、

魏軍を大いに打ち砕いて大勝利を収めたことに気を良くし、

呉の宿願である合肥(がっぴ)新城へ大軍を率いて攻撃を行います。

この時魏軍は兵数がすくない状態でしたが、

合肥の守将である毌丘倹(かんきゅうけん)や文欽(ぶんきん)

張特(ちょうとく)らが奮戦したことによりなんとか持ちこたえることに成功します。

この戦いで合肥新城にこもっていた兵数の半分以上が死傷する厳しい戦でした。




勇気ある兵士その1

 

合肥新城の戦いは100日あまり続いた戦いでした。

この戦いで活躍したのは毌丘倹や文欽、張特らの活躍もありましたが、

合肥新城に篭城していたある兵士の活躍も見逃すことはできません。

合肥新城に篭城していた劉整(りゅうせい)と言う兵士は毌丘倹から

「救援軍に合肥新城の今の状態を教えてきてくれ」と命令を受けます。

劉整は幾重にも呉軍に包囲されている合肥新城をなんとか抜け出し、

救援軍に大将である司馬孚(しばふ)の元へたどり着くことに成功。

彼は合肥新城の様子をしっかりと司馬孚に伝えるとすぐに合肥新城へ向かいます。

しかし合肥新城を包囲していた呉軍に捕まってしまい尋問を受けてしまいます。

彼は呉軍の厳しい尋問に耐え抜き「俺は魏の国の兵士だ。

絶対に情報は喋らない。俺は死して魏国の鬼となってキサマらを追い払ってやる」と言い放ちます。

その結果、彼は殺害されてしまいます。

しかし兵士の中にもこのように勇気を持っていた人がいた事に驚きませんか。

 

勇気ある兵士その2

 

毌丘倹は劉整の他にも救援軍に合肥新城の状態を伝えるための使者を送っておりました。

その使者の名前を鄭(てい)と言います。

彼は司馬孚率いる救援軍の軍勢の元へたどり着くと合肥新城の状態を劉整と同じように報告し、

合肥新城への帰路を急ぎます。

しかし諸葛恪は合肥新城から抜け出した兵士の事を知っており、

合肥新城ヘ向かう場所に伏兵を設置して待ち構えておりました。

鄭はこの伏兵に捕まってしまい両手を縛られ合肥新城の前に連れてこられると呉軍の将校から

「救援軍は洛陽へ帰還したと言え」と言われます。

鄭はこの言葉に頷くと大声で「救援軍はもう目の前に近づいている。

呉軍なんかに負けずに頑張れ」と叫びます。

この声を聞いた魏軍の兵士は雄叫びを上げて士気は一気にあがります。

呉軍の将校はすぐに口を閉じさせて彼を殺害。

だが鄭の命懸けの叫びによって魏軍の士気は大いに上がり、

合肥新城を陥落させることができないまま魏軍の援軍到来を迎えてしまい、

呉軍は撤退することになります。

 

三国志ライター黒田レンの独り言

 

司馬師はこの話を聞くと彼ら兵士に恩賞として侯の位を追贈すると共に、

彼らの一族に「今後兵士として赴く必要はない。兵士の募兵名簿から彼らの名前を削れ」と

命令を下します。

実はこの話は日本にも似たような事がありました。

徳川軍が武田軍に城を包囲されたとき城外にこの状態を知らせるために城から脱出して、

徳川家康に城の状態を報告。

そしてこの兵はすぐに味方が待っている城へ帰還しようと試みるのですが、

途中で武田軍に捕まってしまい包囲中の城の前に引き出され、

「城内へ援軍は来ないと言え」と言われます。

しかし捕虜になった徳川の兵士は城へ向かって大声で

「援軍はもうすぐ来る!もうちょっとの辛抱だ」と叫びます。

すると合肥新城のように徳川の兵士は大いに士気が上がりますが、

捕虜になった兵は処断されてしまいます。

このはなしはほとんど一緒ですが、

三国志の話がパクられたわけではなく実際に起こったことでした。

兵士の面から見ると三国志の時代は国家に忠義を尽くしていたのは武将だけでなく、

兵士達にもあったことが伺えるエピソードですね。

 

参考文献 ちくま文芸文庫 正史三国志魏書1 今鷹真・井波律子著など

 

 

■記事の内容に関するお問い合わせ(誤植等のご報告など)はこちら

 

はじめての三国志:全記事一覧はこちら

関連記事:【三国志の素朴な疑問】呂布は何歳だったの?

関連記事:こんな立派な悪党は藏覇(ぞうは)ぐらい!鬼神呂布に勝ち曹操を感激させた漢の生涯

 

—古代中国の暮らしぶりがよくわかる—

 




 

黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 信長ジェラる?高松城水攻めからの甲州征伐の流れが完璧すぎる
  2. 始皇帝の息子、胡亥(こがい)ってどんな大馬鹿野郎だったの?
  3. 蜀漢が滅びたのは張飛達を祀らなかったから?
  4. 兵法三十六計(借屍還魂)の古今東西
  5. 91話:張飛の大手柄 蜀将の厳顔を味方にする
  6. 三国志は2つある!正史と演義二つの三国志の違いとは?
  7. 【三国志作家】伴野朗のとんだ災難、事実は小説より奇なり?
  8. 今と変わらない?三国志の時代の勤務評価表を紹介

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. 【意外】古代中国では犬やタヌキが鼠を捕っていた?
  2. 【政界の怪物】田中角栄が日本に残した功績って何?
  3. 馬謖は街亭の敗戦の後、何を画策したの?孔明を裏切る行為で憂え悲しむ
  4. 三国志 Three Kingdomsのここがすごい!スリーキングダムズを楽しむ3つのポイント
  5. 孔明の最期の晩餐は一体何を食べていたの?
  6. 【田疇の進言】烏桓討伐戦で曹操に助言したのは郭嘉だけではなかった!

三國志雑学

“広告募集"

はじめての三国志の書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

「はじめての三国志」のロゴが完成しました 三国最強であった魏はなぜ滅びることになったの?【曹操編】 後漢末から三国時代の世界情勢はどうなってたの? 【孔明涙目】パイセンの命令は絶対!『劉備軍』が想像以上に体育会系だった 秦の始皇帝ってどんな人だったの?幼少期編 韓当(かんとう)ってどんな人?程普と共に呉を支え続けた呉の勇将 【関羽の北伐】麋芳、士仁はなぜ関羽に嫌われてたの? 衝撃の新事実・・・諸葛孔明は実は二人いた!?

おすすめ記事

  1. 簫何(しょうか)とはどんな人?内政なら私にお任せ!影で劉邦を支え続けた漢の三傑の一人
  2. 孫策も憧れた「西楚覇王」項羽が残した伝説の戦いベスト3
  3. 権力者の重圧?酒癖の悪かった呉の孫権
  4. 【保存版】カッコいい!三国志の精鋭部隊を一挙紹介
  5. 三国天武とはどんなアプリゲーム?
  6. 劉淵(りゅうえん)とはどんな人?劉備の子孫と称して晋を崩壊に導いた匈奴の単于
  7. 『はじめての三国志』の楽しみ方~その1
  8. 神回『犬伏の別れ』の裏側、真田丸と韓信には深い関係性があった

はじさん企画

帝政ローマ
広告募集
特別企画


袁術祭り

異民族
諸子百家
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
PAGE TOP