広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?

はじめての三国志

menu

執筆者:黒田廉

【センゴク】戦国時代を揺るがす本能寺の変。秀吉はこの事件のせいでショックを受けて腑抜けになった!?

この記事の所要時間: 450




 

織田信長は長年の宿敵であった武田勝頼(たけだかつより)率いる武田家を滅亡させることに成功。

彼は滅亡したばかりの甲斐(かい)で織田家の諸将達へ武田家の領土を分割して与えた後、

東海道(とうかいどう)から安土へ帰還を果たします。

この時信長は初めて富士山を見たそうで大はしゃぎしたそうです。

彼は安土城へ戻ると武田家討伐に功績のあった徳川家康を呼び、

今までの功績を労うおもてなしを行うことにします。

信長は明智光秀に家康をおもてなしをするための宴会準備を命じます。

光秀は信長から家康をもてなす宴会の準備を行っている頃、

備中高松城(びっちゅうたかまつじょう)では、

羽柴秀吉と毛利家との間で和睦に向けて話し合いが行われておりました。

秀吉は信長がやってくることを毛利家へちらつかせて少しでもいい条件で、

毛利家と和睦するように交渉を行っていきます。

毛利家は信長がやってくる前に秀吉と和睦を結ばなければ、

高松城陥落だけでなく毛利家も滅亡する可能性があり焦っておりました。

そんな中ついに信長が秀吉を助けるために自ら軍勢を率いて出陣することが決まりますが、

秀吉の救援に向かうことができませんでした。

なぜ信長は秀吉を救援するための軍勢を派遣できなかったのか。

それは織田家ひいては戦国時代における大事件が勃発してしまったからです。

信長の身に大事件が起きたせいで秀吉は茫然自失となってしまい

腑抜け状態になってしまいます。

 

センゴクを100倍楽しむ全記事一覧はこちら

関連記事:秀吉&官兵衛、大助かり、湿地帯の高松城は簡単に水攻めできた?




高松城をめぐる外交

 

毛利家は総力を挙げて高松城救援に向かいますが、

高松城が水攻めによって水没している姿をみて救援が不可能であることを悟ります。

そのため毛利家は外交の達人である安国寺恵瓊(あんこくじえけい)を秀吉の元へ派遣し、

秀吉と和睦するための交渉を行わせます。

秀吉は黒田官兵衛(くろだかんべえ)と蜂須賀正勝(はちすかまさかつ)に

毛利家との外交を任せることにします。

毛利家との外交を任された官兵衛と正勝は恵瓊と会見。

毛利家は秀吉と和睦をする条件として「備中(びっちゅう)・備後(ひご)、美作(みまさか)、

伯耆(ほうき)、出雲(いずも)の五カ国の割譲をする代わりに、

高松城の城主以下将兵達の生命を安堵してもらいたい」と

要求してきます。

しかし官兵衛は秀吉に恵瓊の出した条件に対してお伺いを立てると反対し、

「最低でも五カ国。さらに高松城の城主の命はもらわなければダメだ。」と提案。

官兵衛は秀吉の意見を恵瓊に伝えると彼は「承知しました。

とりあえず輝元(てるもと)様、

吉川(きっかわ)・小早川(こばやかわ)様の三人に提案してきます。」と

述べて去っていきます。

恵瓊は秀吉が示した条件を三人に提案しますが、

三人は「高松城・城主清水宗治(しみずむねはる)の命だけは、

絶対に助けなければならない」と恵瓊に訴えます。

こうして恵瓊は再度官兵衛と正勝の下に行き、

毛利・織田の和睦の条件を交渉しに行くのでした。

毛利家と羽柴家で和睦交渉が行われている最中、

ついに戦国の覇者が動き始めることになります。




家康を労う

 

信長は武田家の征伐が完了した後、

徳川家康を安土城に呼んで長年の功績を労うための宴会を催しておりました。

信長は明智光秀に家康をもてなす準備を行わせます。

光秀は信長の命令を受けると各地の美味な食材をかき集めて、

料理をさせると共に宴会場の準備を行います。

そして信長は光秀の用意周到な準備に満足し、

家康が来ると宴会の式場で大いに彼をおもてなしします。

こうして家康をもてなす会は大成功に終わろうとしていました。

しかし秀吉の使者がやってきたことによって事態は急変することになります。

 

本能寺に駐屯

 

信長の元に一人の使者がやってきます。

その使者は秀吉の手紙を持っておりました。

秀吉が信長へ宛てた手紙の内容は

「大殿様。是非大殿自ら援軍を率いて来てくだされ。」との内容でした。

信長は秀吉のこの手紙をみて苦笑いし「わかった。

すぐに支度して向かうゆえ待っておれ」と使者へ向かって言い放つと光秀を呼んで

「すぐに秀吉の元へ向かえ」と命令を下します。

信長は家康へ「家康殿。申し訳ない。うちの猿がどうしても援軍を欲しいと言ってくるので、

ちょっと高松城へ行ってくることになってしまいました。

家康殿には大変申し訳ないと思っております」と謝罪。

家康は「とんでもない。此度は非常に気持ちが行き届いたおもてなしを受けました」と

言って信長の元を去っていくことにします。

信長は家康が去った後、

親衛隊を率いて本能寺(ほんのうじ)へ向かいこの地で軍勢が揃うのを待つことにします。

 

「俺。信長殺すからよろしく」by光秀

 

光秀は領地である亀山城(かめやまじょう)へ到着するとすぐに軍勢を出陣。

彼は出陣後途中で軍勢を合流させていき一万三千程の軍勢に拡大します。

彼は中国地方と京都へ向かう分岐点である沓掛(くつかけ)に到着。

すると重臣達を招いて「おれ。信長殺すからよろしく!!」と述べます。

光秀の重臣である斎藤利三(さいとうとしみつ)、明智光春(あけちみつはる)らは驚き、

信長を殺害しないほうがいいのではないかと説得。

しかし光秀の決意は固く彼らの意見を受け入れることはありませんでした。

重臣達は光秀の決意が固いことを知り、

覚悟を決めて信長を冊がするべく軍勢を京都へ向けて進軍を行っていきます。

 

我が敵は本能寺にあり!!

 

光秀は京都に到着すると兵士達が不審な行動を取ったら斬り捨てるように命令。

そして本能寺に到着すると光秀は「我が敵は本能寺にあり!!いざ攻撃を開始せよ」と

号令を下します。

こうして光秀の軍勢は本能寺へ総攻撃をかけます。

信長は外がうるさくて起きると森蘭丸(もりらんまる)を呼んで

「外がうるさいぞ」と述べます。

すると蘭丸は「明智の桔梗紋が外にたなびいております。

光秀様ご謀反かと」と信長に語ります。

信長は蘭丸の言葉を聞くと諦めたように「是非に及ばず」と述べたそうです。

その後信長は自ら弓矢をもって明智軍に攻撃し数名を倒します。

弓の弦が切れると槍をもって奮戦。

しかしたった数百人程度しかいない軍勢では明智軍の猛攻を支えることができず、

信長の親衛隊は次々と討ち取られていきます。

信長は「最早これまで!!」と叫ぶと本能寺の奥深くに入り、

自ら寺に火をかけて亡くなってしまいます。

こうして尾張(おわり)の大うつけから戦国の覇者にまで成り上がった織田信長は、

亡くなることになります。

 

和睦成立

 

秀吉は信長が本能寺で光秀の軍勢に敗北して自害していた頃、

毛利家の外交を担っている安国寺恵瓊と羽柴家の外交を任せれている

官兵衛と正勝の努力によってついに毛利・羽柴の和睦交渉が成立することになります。

毛利家と羽柴家が和睦する際の内容は「毛利家の領土三カ国(備中・美作・伯耆)を割譲。

そして高松城の城主・清水宗治を自害させること」で決着がつきます。

こうして和睦交渉が成立した時、秀吉のもとへ一人の使者がやってきます。

その使者は秀吉へ「明智光秀様が謀反を起こして、

信長様を討ち取ったとのよし」と伝えます。

秀吉はこの言葉を聞いても何を言っているのかさっぱりわかりませんでした。

秀吉と一緒に使者の内容を聞いていた羽柴秀長(はしばひでなが)は使者を別室に移して、

ねぎらうように命令。

秀吉は信長死すの報告に呆然自失となってしまい腑抜けになってしまい、

次にどのような行動を取ればいいのかわからなくなってしまうのでした。

 

戦国史ライター黒田レンの一人ごと

 

明智光秀の謀反によって織田信長は亡くなってしまいます。

秀吉はショックのあまり立ち直れなくなってしまいます。

さてここで戦国最大の謎の一つ「光秀がどうして信長に謀反を起こしたのか」

その原因は一体何なのであったのか。

次回は光秀が織田信長に謀反を起こした動機について調べてみたいと思います。

 

参考文献 PHP新書 明智光秀 小山田哲男著など

 

関連記事:天才軍師・黒田官兵衛の最後の戦いまで神ってる

関連記事:金ケ崎の退却戦ってなに?秀吉の名前が一躍知れ渡ることになる退却戦

 




 

黒田廉(くろだれん)

黒田廉(くろだれん)

投稿者の記事一覧

横山三国志を読んだことがきっかけで三国志が好きになりました。
その後の日本史・中国史を学びました。
またいろいろな歴史小説を読んでおります。
現在はまっている歴史小説は宮城谷昌光氏の劉邦です。

歴史人物:

張遼、孟嘗君、張作霖など

何か一言:

今年も頑張ってはじさん盛り上げていくにゃー!!

関連記事

  1. 【正史三国志から見る】謀反人にされてしまった魏延は本当に反逆する…
  2. 徐晃の戦い方が素晴らしすぎる!前漢の周亜夫の武勇に匹敵するほどの…
  3. 【マイナー武将列伝】賈詡は有名だけどご主人の張繍って誰?
  4. 反信長包囲網に参加した諸将の動きを徹底紹介!
  5. 武田信玄の駿河侵攻戦はどうやって攻略をしたの?
  6. 曹操って孫子の兵法書を編集した人だけど兵法を使って戦ったことある…
  7. 真田丸の関ヶ原の戦いはすぐに終わったが、どうして西軍は負けたの?…
  8. 三国志演義の悪役・曹操のイメージを払拭した功労者達

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

おすすめ記事

  1. キングダム 518話 ネタバレ予想:王翦の秘策がついに明らかに・・
  2. 諸葛孔明と黄月英の間に生まれた子供達を一挙紹介!
  3. 72話:劉琦の恩返し、劉備江夏城へ入る
  4. 【三国志都市伝説】袁術は曹丕より先に禅譲を考えていた?
  5. 公孫瓚特集:悔しかったら雨を降らせてみろ・その2
  6. 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース15記事【5/1〜5/8】

三國志雑学

“広告募集"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

おすすめ記事

今と変わらない?三国志の時代の勤務評価表を紹介 播磨の豪族から出現した自信家・黒田孝高の誕生と初陣 【新事実】漢の時代の市場はヤンキーの溜まり場だった! 史上最強の交渉術を備えた縦横家ってどんな人? 再婚なんか当たり前?驚きの三国志の再婚事情とは? 【三国志の疑問】どうして宦官は消滅しなかったの? 三國志戦記とはどんなアプリゲーム? 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース18記事【5/15〜5/21】

おすすめ記事

  1. 【異説三国志】三顧の礼はホントはなかったかもしれない!
  2. 【はじ三の企画ができるまで〜制作の裏側少しだけ公開】
  3. 漢の飛将軍・李広の逸話「信念をもって行えばやれないことはない」
  4. 【龐煖の死】対趙攻略戦を地図で解説&大胆キングダム予想!
  5. 【センゴク】織田信長と伊勢・長島の一向一揆衆の戦いを解説するよ
  6. 卑弥呼はなぜ死んだの?卑弥呼の死の謎に迫る!
  7. 興収10億円突破!映画『関ヶ原』岡田准一の見どころと辛口批評するよ!
  8. 中国史上、最大の軍師は誰なの?孔明?司馬懿か?

はじさん企画

袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
編集長日記
はじめての三国志TV
PAGE TOP