【悲報】ついに夏侯惇が最弱劉備に負けてしまう!!


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夏侯惇

 

魏の重鎮として曹操(そうそう)の挙兵時代から付き従っていた夏侯惇(かこうとん)

あまり戦においてはぱっとする活躍をすることがありませんでしたが、

曹操からは絶大な信頼を得ており、各方面の司令官に任命されていました。

 

ですが夏侯惇はあの最弱の群雄劉備(りゅうび)に敗北してしまい、

魏の中で戦が一番弱い事実を突きつけられてしまうのです。

 

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劉備と夏侯惇が戦う経緯から紹介

劉備と夏侯惇が戦う経緯から紹介

 

夏侯惇は劉備と戦うことになるのですが、

どうして劉備と戦うことになったのでしょうか。

夏侯惇が劉備と戦うことになった経緯から紹介していきたいと思います。


曹操北上して袁家の残党討伐へ向かう

曹操北上して袁家の残党討伐へ向かう

 

曹操は官渡の戦いで袁紹(えんしょう)を打ち破り、

袁紹の息子達を河北から追い出して河北のほとんどを手に入れることに成功します。

 

しかし袁紹の息子達は河北から逃亡して鳥桓(うがん)の元へ逃亡。

曹操は河北の地を磐石に統治するため、

袁紹の息子達を討伐するべく鳥桓討伐へ出陣していくのでした。

このとき曹操は夏侯惇を留守を任せるのでした。

 

まだ漢王朝で消耗してるの?

まだ漢王朝で消耗しているの  

荊州へ逃亡した劉備

荊州へ逃亡した劉備

 

劉備は袁紹の陣営にいましたが、

袁紹が曹操に敗北したことを知ると急いで彼の元から離れて荊州の主・劉表(りゅうひょう)を頼って逃亡。

 

劉表は劉備を快く迎え入れて、

劉備がやってくると宴会を催して大いにもてなすのでした。

こうして劉備は劉表の元に落ち着くことになるのです

 

劉備は荊州に落ち着くと彼を慕って多くの人々が集まり、

人材や兵士がたくさん集まってくることになります。

 

劉備に嫉妬した劉表

劉備に嫉妬した劉表

 

劉表は劉備を快く迎え入れましたが、

劉備の人気がどんどん高まって

色々な人材や兵士達が彼の元へ終結してくるとだんだん苛々し始めてきます

 

そして劉表はついに劉備の人気に嫉妬して怒りメーターを振り切ってしまい、

劉備へ

「最近耳にしたのですが、

曹操軍が攻撃を仕掛けてくるようなそぶりを見せてきているそうです。

そこで劉備さんに曹操軍の攻撃が行われる前にこちらから攻撃してほしいと思うのですが、

どうでしょうか。」

と曹操軍へ攻撃を要請。

 

劉備は劉表の言葉を聞いてうなずくと

「了解しました。曹操軍を見事打ち破って見せましょう」

と言って出陣していくのでした。

 

防御を固めた夏侯惇

防御を固めた夏侯惇

 

夏侯惇は劉備が博望へ向かって進んでくることを知ると

軍勢を率いて博望へ向かって進んでいきます。

 

夏侯惇は博望へ到着するとしっかりと防御を固め、

劉備軍の攻撃を防ぐための準備を行うのでした。

 

劉備は夏侯惇がしっかりと防御を固めていることを知り、ある作戦を発動させます。

 

自陣に火をかけて撤退!!

 

劉備は夏侯惇が防御をしっかりと固めていることを知り、

自陣に火をつけて撤退していくのでした。

 

なぜ劉備は自陣に火をつけて撤退していくのか。

それは夏侯惇を防御を固めていた陣からおびき寄せるためでした。

この作戦は果たしてうまくいくのでしょうか。


劉備の罠に引っかかる

劉備の罠に引っかかる李典

 

夏侯惇は劉備が撤退していく様子を見ると

防御を固めた陣営を捨てて、劉備軍を追撃していくため出陣。

 

この時副将の李典(りてん)は夏侯惇へ

「劉備が撤退したのは罠の可能性があります。ここは様子を見ましょう」

とアドバイスします。

 

しかし夏侯惇は李典のアドバイスを採用しないで出陣。

劉備は夏侯惇が追撃してきたことを知り、

撤退する前に隠していた伏兵を使って追撃してくる夏侯惇の軍勢をボコボコに。

 

夏侯惇は劉備軍の伏兵にあってしまい、危機に陥ってしまいますが、

李典の救援軍が到着したおかげで何とか危機から逃れることに。

こうして夏侯惇は劉備に敗北して撤退していくことになるのでした。


  

 

三国志ライター黒田レンの独り言

三国志ライター黒田レンの独り言

 

劉備の前半生はほとんどの戦で負けてばかりでした

しかし夏侯惇は劉備よりも多くの戦に参加していることもありますが、

自ら軍勢を率いて参加した戦では劉備よりも多かったのではないのでしょうか。

 

それにもかかわらず劉備に敗北してしまったのは

夏侯惇が劉備よりも戦術面において下だったという証拠名のではないのでしょうか。

 

でも夏侯惇は曹操から絶大な信頼を受けているので、

特別な能力を持っているのかもしれませんね。

 

参考文献 【ちくま学芸文庫 正史三国志魏書】など

 

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