『三国志』には色々な武器が出てくるけど、やっぱり鉄でできてたの?

2018年10月25日


 

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短剣

 

三国志』といえば魅力的な武将の多さがよく語られますが、

近年では武将が持つ武器も

ゲームなどでよく取り上げられることによって

多くの人々の注目を集めています。

 

特に有名なのは

関羽(かんう)が振るったという「青龍偃月刀(せいりゅうえんげつとう)」や

張飛(ちょうひ)が振り回していたという「蛇矛(じゃぼう)」あたりでしょう。

やはりカッコいい武器というものには

子どもから大人まで男心をくすぐられるものですね。

 

ところで、三国時代の武将たちが使っていた武器は

私たちが想像するような

鉄でできたピカピカでカッコいいものだったのでしょうか?

はたまた、鉄ではなく

他の素材でできていたのでしょうか?

その真相に迫っていきたいと思います。

 

関連記事:三国志の武器はどこが製造していた?武器を製造する考工令とは

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監修者

ishihara masamitsu(石原 昌光)kawauso編集長

kawauso 編集長(石原 昌光)

「はじめての三国志」にライターとして参画後、歴史に関する深い知識を活かし活動する編集者・ライター。現在は、日本史から世界史まで幅広いジャンルの記事を1万本以上手がける編集長に。故郷沖縄の歴史に関する勉強会を開催するなどして地域を盛り上げる活動にも精力的に取り組んでいる。FM局FMコザやFMうるまにてラジオパーソナリティを務める他、紙媒体やwebメディアでの掲載多数。大手ゲーム事業の企画立案・監修やセミナーの講師を務めるなど活躍中。

コンテンツ制作責任者

おとぼけ

おとぼけ(田畑 雄貴)

PC関連プロダクトデザイン企業のEC運営を担当。並行してインテリア・雑貨のECを立ち上げ後、2014年2月「GMOインターネット株式会社」を通じて事業売却。その後、「はじめての三国志」を創設。戦略設計から実行までの知見を得るためにBtoBプラットフォーム会社、SEOコンサルティング会社にてWEBディレクターとして従事。現在はコンテンツ制作責任者として「わかるたのしさ」を実感して頂けることを大切にコンテンツ制作を行っている。キーワード設計からコンテンツ編集までを取り仕切るディレクションを担当。


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最初に生み出された金属の武器は銅製だった

 

そもそも文明と呼ばれるものが生まれる前から

人類は武器というものを生み出していました。

 

その武器は木の棒の先に石を付けたものだったり

大きな動物の骨を付けたものだったりしたようです。

それによって食料となる動物を

追い回して仕留めていたというわけですね。

 

しかし、文明が起こってからは、

金属というものが注目されるようになります。

中国で最初に注目された金属は銅でした

 

伝説の夏王朝の時代には、

銅を鋳る技術が発達していたらしく、

銅の矛や剣があったようです。

石や骨よりも薄く丈夫に、

好きな形にすることができるため

重宝されていたのでしょう。

 

 

 

青銅製の武器が登場

青銅製の戈の穂先Wikipedia

(画像:青銅製の戈の穂先Wikipedia)

 

しばらくは銅の武器が重宝されていたようですが、

皆さんもご存知の通り、

銅はとても錆びやすくて折れ曲がりやすく

けっこう(もろ)い金属です。

 

そんなわけで、

銅製の武器はお役御免となってしまいます。

では次に何が台頭してきたかといえば、

銅にスズを混ぜた合金である青銅です

 

実は10円玉も青銅でできています。

10円玉は時間が経つにつれて色がくすんでいきますが、

その硬さは変わりませんよね?

 

同じように、

青銅は武器としても

色こそ変わっても強度はそれほど劣化しないということで

周代以降しばらく流通していたようです。

 

古代中国・超科学の世界に挑戦する HMR

HMR  

ついに鉄の武器が製造されるように

ついに鉄の武器が製造されるように

 

春秋時代になると、

青銅よりも更に高い強度を誇る鉄が登場します

鉄といっても普及しはじめた頃の鉄は

それほど純度が高くなくありませんでした。

 

(すみ)が多く混ざっていたために硬いっちゃ硬いけれど、

バキンと折れやすいのが玉に瑕だったようです。

しかし、徐々に鉄から炭を取り除く技術が発達し、

より純度の高い鉄が作られるようになっていきました。

 

折れやすいという弱点が克服された鉄は

はじめは農機具として使われるようになったのですが、

当然、すぐに武器の材料として注目を浴びることになります。

 

そして、戦国時代には

鉄製の武器がみるみるうちに

普及していったのでした

 

 

漢代に製鉄技術が更に発達

漢代に製鉄技術が更に発達

 

戦国時代を終わらせた秦朝(しんちょう)では、

鉄の生産を司る鉄官という官庁が置かれ、

秦朝の後に興った漢朝にも

その仕組みは引き継がれました。

 

前漢時代には50近くの鉄官が

中国全土に置かれていたそうです。

漢王朝は鉄の生産を独占することによって

多くの利益を得て財政を安定させることに成功します。

 

しかし、このことによって

商売上がったり状態になってしまった

商人たちがブチギレ。

 

武帝(ぶてい)の死後には国VS商人の

激しいバトルが繰り広げられたそうな。

ちなみにこのときの激論が記録されたのが

塩鉄論(えんてつろん)』という書物なので、

気になる方は是非手に取ってみてください。

 

後漢代にもなると

巨大な製鉄炉が作られるようになり、

更に鎚でトンテンカントンテンカンと

叩きまくって鍛えることによって

より純度の高い丈夫な鉄を作り出す技術が確立されます。

 

この時すでに製鉄技術は現代のものと

ほぼ変わらないレベルにまで達していたと言います

ヨーロッパ諸国より千数百年以上も先駆けて

中国では質の高い鉄が流通していたというのですから

本当に驚かされるばかりです。

   

 

三国時代には鉄製の強くてカッコいい武器がたくさん作られていた…はず!

三国志時代の兵士

 

動乱の三国時代に入ると、

鉄の技術が更に向上したというような記録は

パッタリ見られなくなってしまうのですが、

その頃にはきっと純度の高い丈夫な鉄でできた武器が

世の武人たちの手に行きわたっていたことでしょう。

 

三国時代の武将たちが振るっていた武器は

少なくとも「カッコいい武将が乗り回していた馬は

実はポニーサイズだった」というような

残念な代物ではなかったはず。

 

関羽の青龍刀や張飛の蛇矛は

三国志演義』の創作物ですが、

関羽も張飛もそれらに負けず劣らずカッコいい武器を

携えて戦場を駆け回っていたのではないでしょうか。

 

三国志ライターchopsticksの独り言

三国志ライターchopsticksの独り言

 

鉄の産出量が豊富だった蜀では

漢朝と同様に鉄の専売に力を入れていたようです。

鉄が豊富だった蜀では武器を作ることにも

力を注いでいたのではないでしょうか。

 

武器の歴史を調べてみるのも面白そうですね。

 

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民間伝承の三国志

 
 
 

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