呂布特集
if三国志




はじめての三国志

menu

三国志の雑学

三国時代の平兵士たちの給料は?戦死した場合遺族に補償はあったの?

陸遜の部下の兵士




タイムトラベル

 

社会で頑張っている皆さん、お疲れ様です。

 

特に家族を養うために

社会で戦っている皆さんは

本当にお疲れだと思います。

 

そんな皆さんの疲れた心を癒してくれるのが

三国志』ですよね。

 

数多くの個性豊かな武将たちが

戦場で華々しく活躍する姿を思い浮かべると

一時だけでも日頃の鬱憤(うっぷん)を忘れられるものです。

 

しかし、やはり『三国志』に描かれている時代にも

皆さんのように家族のために一生懸命生きている

名も無い人たちはたくさんいました。

 

平社員ならぬ平兵士として

戦場を駆け回っていた名もなき人々。

 

彼らは戦争に参加することで給料をもらい

皆さんのように大切な家族を養っていました。

 

しかし、下世話ながら気になるのはその給料。

 

彼らは一体どのくらい給料をもらっていたのでしょうか?

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:あなたが実際に兵士として戦場に行軍してみたらどれだけ大変なの?

関連記事:三国志の時代に活躍した兵士の逸話

 

 

お給料はお金ではなく現物支給

麦

 

生きるために必要な営みといえば「食べる」こと!

人々が兵士に志願するのも「食べる」ためです。

 

そのため、

兵士たちの給料は食料が現物支給されていました。

 

食料は麦などの穀物が主だったようですね。

 

勤務した日にだけ

退勤時に「お疲れさん」と食料が配られていたらしく、

有給休暇なんて制度は当然ありませんでした。

 

そのため

病気や怪我で休むということは

家族を養わなければならない

兵士には気軽にできませんでした。

 

 

もらえるのは1日分の穀物だけ?

走っている兵士

 

働きさえすれば

食料をもらうことができた平兵士たちですが、

もらえる食料はそれほど多くなかったようです。

 

張鵬一『晋令輯存(しんれいいぞん)』によると、

西晋時代に西域警護に当たっていた

兵士たちの給料は麦6升。

 

現代の基準では、

1升=約1.8Lと定義されていますが、

その当時の1升=0.3Lほどだったため、

実質的には1升(1.8L)しか

麦をもらえなかったようですね。

 

1升=10合なので、

大家族や食べ盛りの男子がいる家庭で愛用されている

大きな炊飯器いっぱいに炊ける量を想像すれば

丁度いいかもしれません。

 

しかし、支給される穀物には

おそらくもみ殻も付きっぱなしだったため、

その分実際に食べられる量は

少なくなっていたと考えられます。

 

そうすると、

夫婦2人でつつましく暮らしているような兵士にとっては

十分な量だったかもしれませんが、

子だくさんで家族が多い兵士たちにとっては

1日もつかもたないかという分量。

 

仕事が休みの日は

家族にご飯を食べさせることができないと

嘆く兵士もいたことでしょう。

 

はじめての三国志メモリーズ

三国志の武将に特化したデータベース「はじめての三国志メモリーズ」を開始しました

 

食料の不足分は略奪で補う!

食料の不足分は略奪で補う!

 

家族にひもじい思いをさせてばかりだった平兵士も

ただただひもじさに耐え忍んでいたわけではありません。

 

戦に出かけた際には

いつも略奪の機会を窺っていました。

 

通りがかる町や村で家々を襲って食料を奪い、

家族のために持ち帰っていたのです。

 

もちろん、

このような行為は褒められたことではありませんし、

軍規で取り締まる将軍もたくさんいました。

 

しかし、多くの平兵士たちは

自分の家族を養うために

必死で略奪行為に励んでいたようです。

 

一家の大黒柱の平兵士が死んだら家族は…?

 

様々な保険や保障が充実している現代では

一家の大黒柱が亡くなってしまっても

遺された家族たちの生活は保障されますよね。

 

しかし、三国時代にはそんなものがあるはずもなく、

大黒柱を失った家族は

子どもも大人も必死で働いて

食い扶持を稼いでいたようです。

 

それでも、

やはり大黒柱がいたときのような暮らしはできなくなってしまうので、

幼い子どもが栄養失調で死んでしまうといった

第二の悲劇が起こることもあったでしょう。

 

ただ、例外的に

その死後に家族の生活が保障されることもあったようです。

 

その代表的な例が、

かの有名な合肥(がっぴ)の戦いで活躍した決死隊。

 

張遼(ちょうりょう)

「死後に家族の生活を保障する」

と叫んだことによって

集まった800人あまりの兵たちの家族は

大黒柱を失っても

張遼の保護を受けて

何不自由ない生活をすることができたようですね。

 

三国志ライターchopsticksの独り言

三国志ライターchopsticksの独り言

 

今も昔も変わらず戦うお父さんは

大変な苦労をしていたようですね。

 

誰かにその名を知られることもなく

死んでいった平兵士たちですが、

彼らがいてくれたからこそ天下はめぐり、

命のバトンはつながれていったのでしょう。

 

はじめての三国志全記事一覧はこちら

関連記事:【シミルボン】兵士達の心のオアシス、軍市とはどんなモノだったの?

関連記事:【シミルボン】三国志の裏側:使い捨てられる兵士はどこからやってきたのか?

 

【蜀のマイナー武将列伝】
魏のマイナー武将列伝

 




chopsticks

chopsticks

投稿者の記事一覧

清朝考証学を勉強中。
銭大昕の史学考証が専門。
片田舎で隠者さながらの晴耕雨読の日々を満喫中。

好きな歴史人物:
諸葛亮、陶淵明、銭大昕

何か一言:
皆さんのお役に立てるような情報を発信できればと思っています。
どうぞよろしくお願いいたします。

関連記事

  1. 【曹操死す】卞皇后の一番辛くて長い日々
  2. 張飛の男気人生 張飛の男気人生に痺れる!これぞ三国一!一騎当万の豪傑
  3. 暴君・董卓は実は名将軍としての資質があった!?
  4. 沮授はなぜか話を聞いてもらえない…主君に恵まれなかった人生
  5. 勝負下着の参考に!三国時代の下着ってどんなのだったの?
  6. 司馬懿仲達 司馬懿は屯田のおかげで曹魏を乗っ取れた?理由に迫る!
  7. [ビジネス三国志]自分用のキャッチコピーを造り人脈を広げる
  8. 孔明 軍師 軍師ってどんな職業なの? <三国志豆知識>

google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

  1. はじめての三国志 画像準備中
  2. 黒田官兵衛
  3. 趙雲子龍

おすすめ記事

  1. 関羽の死後、その一族はどうなったの?龐会に一族を抹殺される悲運な一族 関羽と関索
  2. 鍾毓(しょういく)の進言が的確すぎる!曹叡や曹爽に撤退の進言をした魏の臣
  3. 韓綜ってどんな人?孫権がブチギレた韓当の放蕩息子の生涯 韓綜
  4. 【意外】日本人のほうが三国志を原文で読めるって知ってた? 李儒と三国志
  5. 赤兎馬はどうして名馬?呂布の相棒の嘘のようなホントの話 赤兎馬
  6. 「高平陵の乱」を蜀の丞相の費禕はどう評価したの?蜀から見る魏のクーデター 費禕

三國志雑学

  1. 幕末 魏呉蜀 書物
  2. 諸葛一族
  3. 関羽
“はじめての三国志150万PV" はじめての三国志コミュニティ総合トピック
“広告募集"

はじめての三国志 書籍情報

朝まで三国志 三国志最強のワルは誰だ (桃園出版 三国舎)

著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

  1. 銅雀台の建造記念パーティーを行う曹操
  2. 豊臣秀吉 戦国時代
  3. ヨイショをする曹操
  4. 三国夢幻演義バナー 龍の少年
  5. 三国志の英雄(魏 呉 蜀)

おすすめ記事

月照はどんな人?西郷どん最愛のお坊さん? 【井伊直虎の細腕城主一代記】婚期を逃した戦国女の意地とプライド 曹操と劉備 曹操と劉備ではどっちの武力が上?究極の個人対決 『まだ漢王朝で消耗してるの?』の電子書籍出版のお知らせ 馬騰 馬騰(ばとう)とはどんな人?馬超のパパで知られる荒れ地の猛将 蜀馬に乗って戦場を駆け抜ける馬超 【潼関の戦い】どうすれば馬超は曹操に勝てたの? 韓当(かんとう) 韓当(かんとう)ってどんな人?程普と共に呉を支え続けた呉の勇将 沙摩柯 甘寧を討ち取った沙摩柯とは?夷陵の戦いで突如として現れた胡王

はじさん企画

“if三国志" 英雄の死因 “三国志とお金" “はじめての漢王朝" “はじめての列子" “はじめての諸子百家" “龍の少年" “読者の声" 袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
英雄の武器 編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志" 英雄の墓特集
“西遊記"

“三国志人物事典"

PAGE TOP