ログイン | 無料ユーザー登録


法正特集
徐庶


はじめての三国志

menu

戦国時代 (日本)

武田信玄の治水の成果、信玄堤は現在でも活きている!

徳川家康をボコボコにする武田信玄


はじめての三国志コメント機能バナー115-11_bnr1枠なし

武田信玄

 

みなさんは、山梨県甲斐市竜王にある信玄堤(しんげんづつみ)公園に行ったことはありますか?

この公園は、信玄堤沿いにあります。

信玄が作ってから400年以上の時が流れているにもかかわらず、今なお雄々しい姿をとどめている信玄堤。

当時植えられたケヤキやエノキの大木が今でも残っているその景色は訪れる人々の心に特別な感動をもたらしてくれるのです。

 

関連記事:【おんな城主・井伊直虎を見逃した方へ】第37話「武田が来たりて火を放つ」の見どころ紹介

関連記事:真紅の衝撃!山県、馬場、内藤、武田騎馬軍団、長篠に散る

 


 

20年かけて作られた信玄堤

黄河

 

信玄は治水工事においても手腕を発揮しました。

戦国大名にとって、自分の領土を拡大し、お米の収穫量を上げることは、自国を豊かにするためにとても重要なことだったのです。

しかし、甲斐は高い山に覆われ、水田地帯が少ない地域でした。

武田信玄が実権を握った翌年である1542年、甲斐の釜無川が大洪水となりました。

この洪水の被害は甚大であり、草木はすべて枯れてしまったそうです。

このとき、信玄はすぐに釜無川の治水に取り組みました。

 

しかし、現在とは違い、川の氾濫を防ぐ方法や、堤防を作る技術はまだ未熟であり、信玄堤が完成したのは1560年頃でした。

ちなみに、今では「信玄堤」という名前が一般的に知られていますが、この呼び方は、江戸時代後期から使われるようになったのです。

信玄の時代には、信玄堤ではなく、「竜王の川除(りゅうおうのかわよけ)」と呼ばれていたのだとか。

「竜王の川除」…なんだか、カッコイイ名前ですね。

 


 

水の勢いを削ぐ

水の勢いを削ぐ

 

信玄の治水事業は、①荒れる川の流れに逆らない、②石積みなどで流れをうまくコントロールする、

③水の勢いをそいで洪水を防ぐ、ということが特徴です。

また、釜無川ではひとつの大きな堤防を造るのではなく、小さな堤防を重なり合うように並べています。

理由は小さな堤防を積み重ねる事で、あまりにも大雨のときは水があふれ出させて、洪水の勢いを削いでいるのです。

これは、大きな一枚堤防で無理にせき止めようとせず、小さな堤防に何度もブチ当て水を少しずつ溢れさせて

「洪水の被害を最小限にしよう」という意図があります。

「信玄堤」は、完成後400年以上たった現在でも治水機能を果たしているのです。

 

激動の幕末維新を分かりやすく解説「はじめての幕末はじめての幕末

 

領民もうまく巻き込んだ制度で洪水の被害を未然に防ぐ

領民もうまく巻き込んだ制度で洪水の被害を未然に防ぐ

 

信玄堤のような治水施設は、長い時間をかけて作っても、完成したら「はい、終わり」というわけにはいきません。

むしろ、そこからがスタートで、洪水の被害を防いでいかなければなりません。

いくら甲斐を治める信玄が治水施設を作っても、領民の関心がなければ維持することはできないのです。

そこで、信玄は領民に管理を命じ、代わりに税を免除しました。

また浅間神社から信玄堤のある三社神社まで神輿が練り歩く水防祭りを盛大に行いました。

この水防祭りによって、領民の洪水への関心を薄れさせないようにしていたのです。

「自然災害は、忘れた頃にやってくる」といいますが、信玄は、人々が洪水による災害を忘れることがないように、あの手この手を使ったのです。


 

信玄のアイディアは江戸時代に役立った!

信玄のアイディアは江戸時代に役立った!

 

信玄が亡くなった後、天下人の徳川家康(とくがわいえやす)は釜無川の信玄堤を視察しています。

そして、信玄が決めたように、領民に管理を命じて、免税などの特権も同様に認めました。

つまり、家康が信玄のやり方を見習ったのです。


  

 

 

戦国時代ライター星野まなかの独り言

戦国時代ライター星野まなかの独り言

 

信玄が確立した治水事業は、江戸時代において急流の川における治水法の主流となり、盛んに行われた新田開発の助けとなりました。

さて、江戸幕府を開いた家康ですが、三方原の戦いでは信玄に敗北しています。

その信玄の治水技術や管理ノウハウを見習った家康は、いったいどのような気持ちだったのでしょう?

今となっては分かりませんが、心のどこかに、信玄に対しては頭が上がらない、という気持ちがあったのかもしれませんね。

 

関連記事:村上義清(むらかみよしきよ)とはどんな人?武田家キラーとしてその名を馳せた戦国武将

関連記事:山県昌景(やまがたまさかげ)とはどんな人?武田家四名臣の一人・赤備えを率いた戦国武将

 

【攘夷魂!テロに走ったサムライ達】
俺達尊攘派

 

関連記事

  1. 斎藤道三 明智光秀は斎藤道三がいなければ歴史に名前が刻まれなかった?その理…
  2. 漫画「センゴク」から見る小牧・長久手の戦い前哨戦
  3. 織田信長 織田信長を支えた津島神社の門前町・津島とは?
  4. 幕末 大砲発射 【徳川家康は大砲マニア】難攻不落の大阪城は大砲で落ちたって本当?…
  5. 豊臣秀吉 戦国時代 【センゴク】羽柴秀吉はどうやって関白に就任することができたの?
  6. 織田信長 戦国時代最大のミステリー・本能寺の変の謎に迫る!!
  7. セミナリオ(教会) 明智光秀はキリスト教嫌いだった?南蛮文化が流行していた織田家の関…
  8. 本多忠勝 本多忠勝はどんな最期を迎えるの?関ヶ原から最期まで分かりやすく解…

コメント

  • トラックバックは利用できません。

  • コメント (0)

  1. この記事へのコメントはありません。

CAPTCHA


google検索フォーム

過去記事を検索できます

ピックアップ記事

  1. キングダム26巻
  2. 呉の小覇王・孫策
  3. 趙雲
  4. 劉備の黒歴史
  5. 悪い顔をしている諸葛亮孔明
  6. 徳川家を守った篤姫
  7. 甘寧と凌統と呂蒙
  8. 尹夫人 曹操
  9. 劉備妻つかまる

おすすめ記事

  1. 魏延(ぎえん)ってどんな人?裏切り者?それとも忠義の士? 蜀の魏延
  2. 黄巾の乱ってどんな戦い?黄巾の乱を簡単に知ってみませんか? 黄巾の乱に巻き込まれる若し頃の程昱(ていいく)
  3. 三国時代の意識の高い役人たちが持ち歩いた七つ道具とは
  4. どうすれば蜀の二代目過保護な劉禅をしっかり教育できたの?
  5. キングダム590話最新ネタバレ「攻めの偏重」レビュー キングダム53巻
  6. 今と変わらない?三国志の時代の勤務評価表を紹介 夏侯淵

三國志雑学

  1. 孔明の罠
  2. 三国志に出てくる海賊達と甘寧
  3. 「ここにいるぞ!」と言いながら魏延を切る馬岱


“ながら三国志音声コンテンツ開始" “はじめての三国志コメント機能" “はじめての三国志150万PV" “はじめての三国志Youtubeチャンネル" “広告募集" “誤字・脱字・誤植などの報告フォーム"

はじめての三国志 書籍情報


著:kawauso 価格480円
※Kindle読み放題対応

ピックアップ記事

  1. 李カク、献帝
  2. 石川克世
  3. 三国志 象兵
  4. 曹植
  5. 劉備を警戒する陳羣
  6. 羊コと会話で盛り上がる辛憲英 羊祜
  7. 呪われている太史慈

おすすめ記事

【呉の猛将・太史慈】相手の隙をついて包囲網を突破:意外と知らない彼の知略エピソード 皇帝に就任した曹丕 禅譲とは何をするの?曹丕を例にわかりやすく解説 朝まで三国志 劉表 劉表(りゅうひょう)とはどんな人?肥沃な土地と膨大な兵力を保持しながら、華々しい活躍をしないで終わった荊州牧 呉の勢力を率いる孫策 孫策が生きていたら三国志はどうなったの? 【週間まとめ】はじめての三国志ニュース21記事【7/10〜7/16】 キングダム53巻 キングダム591話ネタバレ予想vol1「河了貂の秘策は王賁投入」 水滸伝の包道乙 仙人 キングダム615話ネタバレ予想「李牧ワープの種明かし」 曹幹 楊戯(ようぎ)とはどんな人?季漢輔臣賛を記して蜀の臣下を褒め称えた政治家

はじさん企画

“if三国志" 英雄の死因 “三国志とお金" “はじめての漢王朝" “はじめての列子" “はじめての諸子百家" “龍の少年" “読者の声" 袁術祭り
李傕祭り
帝政ローマ
広告募集
まだ漢王朝で消耗してるの?
HMR
ライフハック
君主論

ビジネス三国志

ながら三国志音声コンテンツ
春秋戦国時代
日常生活
曹操vs信長
架空戦記
ライセンシー
北伐
呂布vs項羽
英雄の武器 編集長日記
はじめての三国志TV
“曹操孟徳" “黄巾賊" “赤壁の戦い" “THE一騎打ち" “夷陵の戦い" “kawausoのぼやき記事" “よかミカンのブラック三国志" 英雄の墓特集 誤字・脱字・誤植などの報告フォーム はじめての三国志コメント機能
“水滸伝"

“三国志人物事典"

“はじめての三国志コメント機能"
PAGE TOP